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九月の最終週。夏休みが明けて最初の合同ゼミでは、持ち寄った課題の判例で模擬裁判をした。
ヒデさんとかも合宿では弾けていたけど、こういう時はすごい。弁護側のみごとな主張を組み立てていて、検察側に譲らなかった。
そうしてゼミが終わると、やっぱり飲み会、で。大学近くの居酒屋になだれ込んだ。
もともとそんなに強くないし、失恋でお酒に逃げるってタイプでもなかった私なんだけど。
「美緒、飲み過ぎ」
例によって、隣のテーブルから気配りのきくハルくんが来て、そう言って私のグラスを取り上げようとしたから。
「こんなの、ジュースでしょ。ハルくんに止められる筋合いないもん」
私でも飲みやすい甘いカクテルは、アルコールキツいのもわかってて、私は意地になってグラスを空けた。
ハルくんは、それ以上言わずに引き下がってくれた。その後は、自分のテーブルで普通に和んでいる様子だった。
ハルくんとしばらくぶりに会って、でも、まともに話もできず、なんだか行き場のない気持ちがぐるぐるして。
知らない間に飲み過ぎていたのかもしれない。
「美緒、ちょっと大丈夫?」
「あー、うん。だいじょうぶ」
と千裕には答えたものの。
まずい、かも。足に力が入らない。
もう、そろそろお開きだし、いつもならここで千裕と抜けて、駅に向かうのに。
「え、もしかして、美緒、立てない?」
……う。おっしゃる通り……。
ここからだって家まで二時間、乗り換え三回は変わらない。駅まで千裕となんとか行けたとしても、その後は、一人だし。自分の馬鹿さに情けなくなってくる。
「美緒ちゃん、オレ、送るよ」
宗純が、立てない私のそばにきて、しゃがんでそう言った。
「もともと飲めないから、車、学校に置いてるし」
「そんなの悪いし」
足はとられていても、判断ができない状況じゃない私は、すぐに断った。それでなくても、遠い私の家まで車で行って帰ったら夜中になってしまう。
「美緒チャン、ここは甘えたら?」
池田ゼミ四回生の先輩が無責任に言う。同じゼミのメンバーは、この前のゼミで宗純が私を、話があるって引き留めたのを知っているし。
「はい、宗純、お持ち帰りー」
酔いもあって、囃すように言われた。
「ちゃんと送るから」
宗純は、ムキになって言い返す。
こんな状況で送ってもらったりとかは、すごく困る。しかも、宗純の気持ちに応えられない私が、それに甘えるのは抵抗があるし、そのうえ車で送ってもらうその間の時間、どう接すればいいのかわからないし。
すると、割り込むように、
「美緒、終電、何時?」
と、ハルくんの声がして。
「え、と。最後の乗り換えが十一時半くらいだったと……」
駅からタクシー拾う前提で、自宅近くの駅にたどり着く最終を告げる。
「だったら、逆算して十時過ぎまではオッケーだよね?」
「あ、うん」
「なら。美緒の酔いがさめるまで、この辺で時間つぶそうか」
すごくてきぱきと、ハルくんが決めてしまった。
「じゃあ、そういうことで」
って、ハルくんが私の腕を引っ張り、抱えるようにして立たせてくれた。
……えーと、そういうことって、なに?
「場所、移ろう。美緒、ちょっと頑張って」
寄りかかっていいからと、ハルくんは座敷から私を下ろした。
「あ、美緒、靴」
千裕が私の靴を取ってきてくれて。
「待って、オレも行く」
宗純が立ち上がり。
「面白そうだから、私も行くね?」
と、千裕が私の耳元でささやいた。千裕が来てくれる方が助かるけど、面白そうって……。
なんだかよくわからないままに、四人で、二次会に進むみんなと別れて。
足元がフワフワしてる。
「ごめん、千裕、そっち頼む」
とハルくんと千裕に挟まれて何とか足を運んだ先は、近くのファミレス。いつか、ハルくんのお姉さんと一緒に来たところだ。
宗純は、「ついてくるなら持って」と、千裕に私と千裕の鞄を持たされて、私たちの後からついてきた。
四人でテーブルを囲む。窓側、一番奥に私。隣にハルくんが座って、私と向かいあう位置に千裕、その横が宗純。
とりあえず、適当に飲み物を頼んで。
……微妙な空気。
誰もしゃべろうとしない。
「ああ、もう。しようがないなー」
千裕がふうと息を吐く。
「なんでこの状況なのかって、思わない?」
「美緒が、飲みすぎたからだろ」
ハルくんにしては珍しく、不機嫌を隠そうともしていない。
「俺、止めたんだけど?」
ちらりと視線を投げられ、それはその通りなので、私としては言い返せない。
「美緒のせい、なの?」
千裕は、挑発するようにハルくんに言った。
ハルくんが何か言うより先に、
「この頃、あんまり辛そうだから、見てらんないよ」
と宗純が聞こえよがしにつぶやく。
「だから、お持ち帰りしようって?」
「そんなこと、言ってないだろ」
……とげとげしい言葉の応酬に辛くなる。
「止めてもらってたのに、飲んだのは、私のせいだよ」
私はできるだけ明るく言った。なんだか、言葉が上滑りしているけど。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
謝ると、なんだよけいいたたまれない空気になってしまった。
「……美緒はね、そうやって自分に抱え込んじゃうから辛いんだよ」
千裕は、あきれたように言う。
「宗純は、美緒の気持ちを無視して押してばっかりって、どうなのよ。周りに知られたら、美緒だって困るんだから、その辺配慮が足りないし」
この際、と思ったのか千裕は言いたいことを言いだした。
「ハルは。もう、いい加減、はっきりして。言ってることと、やってることが、わけわかんないでしょ。美緒をどうしたいの?」