15
後期授業が始まった。
ハルくんと出かけてから後の夏休みを、どんなふうに過ごしたのか、自分でも覚えていない。
ずっと泣いていたわけじゃないし、アルバイトにもちゃんと行った。残りの課題も何とか仕上げた。
でも、ただそれだけ。
「……美緒。どうしたの?」
私の顔を見た千裕が、開口一番で言った。
夏休みが明けて、初めてのゼミの日。今日は、池田ゼミ単独の日なので、ハルくんに会うこともない。
「えーと、ダイエット?」
私が適当に言うと、
「そんなわけないでしょ。この前会ってから、二週間も経ってないのに」
千裕が顔を険しくする。
そんなにどうしたの、って聞かれるほど、体重が落ちたわけでもないし。千裕が大袈裟なだけで。
千裕への返事に困っていたら、池田先生が、部屋に入ってきた。
「……ゼミ終わったら、話聞くから」
低くて否やを言わせない調子で千裕は言った。
ゼミが終わると、学内のカフェの隅っこの席を確保した私たち。
とりあえず、飲み物くらいは頼ませてもらえたけど、千裕はせっかちで。
「ハルと、何かあったの?」
と、ダイレクトに聞いてきた。
「なんで、そんな抜け殻みたいになってんの?」
抜け殻、って。
心配してくれているのは分かってる。だから、私は、ハルくんと会ったこと、芹さんと会ったこと、そして私とは付き合わないと言われたことを話した。
「なによ、それ!」
わけわかんない。ハルは何考えてんの?! と千裕が怒り出す。
「ハルくんに拒絶されるのも、もう二回目だし。いい加減、やめないと、って思うんだけど……」
「そうだよ、もう、すっぱり思い切って!!」
勢い込んで千裕は言うけど、
「でも……どうしたら、いいのか、わかんなくて」
やめられるくらいなら、こんなに辛くない。仕方なく、私が笑ってみせると、
「……ハル、絶対間違ってるよ。美緒に、こんな顔させるなんて」
千裕は、心底悔しそうに言ってくれたのだった。
千裕が、代わりに怒ってくれたり、心配してくれたりしたので、少し救われた。
泣いてるのかなんだかわからない、胸に沈んだ澱がたまるばかりの日々から、一歩だけ外へ出られそうな気がした。
「あきらめて」と言われ、「付き合えない」と言われ。
それでも、どうにもならない。
それでも、やっぱり。
ハルくんが。
ハルくんだけが……ずっと、好きで。
少し近づいたかと思うと、また突き放される、その繰り返しで。振り回されてばかり、なのに。
それでも、好きで、いる。
それなら。ずっと好きでいるしかない。
いつか、この気持ちが変わる日が来るのか、それはわからないけど。
私は、静かに心を決める。
ハルくん。
あきらめきれないから。
……好きで、いてもいいよね。
後期二回目のゼミの日。
終わった後に、宗純に引き留められた。
「急ぎじゃなかったら、少し話せないかな?」
と。あまり気は進まなかったけど、ゼミ生がみんないる中で断りにくく、千裕も引き止めてはくれなかったので、仕方なく宗純と部屋を出た。
あんまり時間取れないよ、と私は宗純に告げ、大学生協の横のスペースで立ち話。
四限目の後ということもあり、それほど人の出入りもない。
「美緒ちゃん、休み明けから元気ないね」
「そうかな?」
一時よりは、開き直ってきたので大丈夫なんだけど。
「……オレじゃ、だめ?」
合宿で断ったはずなんだけど。
「このところ見てたら、あんまり辛そうだから。オレだったら、絶対そんな顔させない」
食い下がるのも一つの強さなのかな。
「ごめん、やっぱり、無理」
私の答えは変わらないけど。
「じゃあ、気晴らしに。適当に使ってよ。美緒ちゃん、家遠いんだし、送り迎えとかするよ?」
明るく言う宗純。
「ありがとう。また、機会があったら、ね」
そう言って、私は話を切り上げた。
まっすぐに好意を向けられても、それでも、やっぱり、ほかのひとじゃダメなんだ。だから、私は宗純には応えられない。
今日は車で来たので送る、という宗純を断わって、一人で駅に向かう。
歩きながら、電車に揺られながら、気づいたことは。
私、まだ、想いを伝えていなかったな、ってこと。
ハルくんは態度でわかっているはずと、言葉では伝えていなかった。
ハルくんを、どれだけ好きか。
玉砕覚悟だし、すぐには無理かもしれないけど。ちゃんと伝えていないから、終われないのかもしれないと思う。
伝えたい。
ハルくんに。
あなたが好きです、と―――。