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sweet edge ~ この胸の永遠  作者: 真織
夏から秋へ
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 えーと、今。何が……。

 ただただ呆然としていると、

「ほら、もう怖くなくなった。外、見てみる? けっこう壮観」

ハルくんは、至近距離で、そう言って笑った。

 ハルくんに抱きしめられたまま、恐る恐る外に視線を向けてみた。

 ゴンドラは天辺まであと少し、海と港と湾を取り巻く街が一望できる。

 午後の日差しに輝く海が、きらきらして。

「きれい……」

「だろ?」

ハルくんは、私から硬さが抜けるのを確認して、ゴンドラを揺らさないようそっと腕をほどいた。

 でも、今度は私の手を取って、指を絡める。

 ど、どうしよう、なんだかもう、どきどきしすぎてわけわかんなくなってきた。

 ハルくんが、今日はなんだかいつもと違う? 

「ハルくん」

呼びかけると、

「ん?」

応えるハルくんのふんわりしたやさしさが、なぜだかとても切なかった。


 ゴンドラの中では、ずっと手をつないでいて。

 観覧車を降りるときは、ハルくんが先に降りて手を引いてくれた。 

 なんだか、まるで、と、勘違いしそうになる。

 オープンカフェで飲み物をテイクアウトし、そのまま海沿いのプロムナードをゆっくりと歩く。ほんとに恋人同士みたいに、ときどき他愛ない話をしながら、ただのんびりと過ごして。

 時間がたつのはあっという間で、もう夕暮れが海を染めていた。

 もっと、一緒にいたいけど。すでにハルくんは、駅の方に向かって歩を進めていた。

 そして、プロムナードを過ぎ、ショッピングモールを通り抜けて、待ち合わせに使った地下広場が近づいてきて。

「お礼に、なったのかな?」

と、ハルくんに聞いてみる。

 もともと、会ってもらえた名目は「合宿中にお世話になったお礼」だったんだけど。結局、私は映画代しか払ってないし、完璧にハルくんにエスコートされてるし。

「うん、十分にね」

「だったら、よかった」

ハルくんが、そう言ってくれるなら。

 でも、「お礼」はこれでお終いになっちゃう。今度、は、ない。

 立ち止まったハルくんをじっと見上げると、ハルくんはふいっと視線を逸らした。

「美緒、俺……」

言い難そうにハルくんが言葉を紡ごうとした時だった。

「ハル!」

背中から声がかかって。

 振り向けば。

 そこにいたのは、芹さん、で。

「芹、なんで……?」

「取引先に、資料届けた帰りで。今日は直帰していいって言われてて……」

さらりと揺れるボブヘアにサマーニットとパンツスーツ。上着と鞄を手に持っている芹さんは、なんだかすごく大人の女の人に見えた。

 芹さんは、ちらりと私を見て、

「新しい彼女?」

と聞いた。

「違うよ」

「でも、これから付き合うんでしょ?」

芹さんは断定的に言う。

 やっぱり芹さんは、まだハルくんのこと……。なんだか芹さんの痛みがこっちにまで伝わってくるようで。

 そして、そんな芹さんに、ハルくんは、

「芹、誤解。美緒とは、付き合うつもりはないから」

ときっぱりと言った。


 ……そ、うだよね。

 やっぱり?

 うん、わかってたし。


 ハルくんから出たきっぱりした言葉が、胸に沈んでいく。


「……そうなの。でも、ハルが誰と付き合おうが、もう私には、関係ないんだったね。ごめんね、呼び止めて」

それだけ言い残して、泣きそうな顔で、芹さんは踵を返し去って行った。

「ハルくん」

私は、大丈夫だから。

「芹さん、追わなくていいの?」

「うん」

「でも……」

「別れたから」

それ以上私が言うのを遮るように、ハルくんは言い切った。

「付き合ってても、ハルは私のこと、見てないよね、って。けっこう続いた方だったんだけど」

自嘲的にハルくんは説明する。

「芹は、ずっと、やさしいふりを我慢してくれてた、ってこと」

「ハルくんは……、芹さんを好きじゃなかったの?」

「……なろうと、したんだけどね」

無理、だったんだ。

「しばらく、そういうの、やめようかと思って」

ハルくんは、何かを吹っ切るように少し声のトーンを上げた。

「付き合っても好きになれないんなら、仕方ないし。そろそろ、就活も本腰入れていった方がいいだろうし」

三回生の夏。確かに、私たちは将来にも向き合わないといけない時期にいて。

「美緒は、どうするの?」

「う、ん、……裁判所事務とか、考えてるけど」

「だったら、勉強?」

「うん」

いつの間にか、進路の話にすり替えられて。

「じゃあ、そろそろ」

「あ、うん、じゃあ」

「まだ早いから、送らなくていいよね?」

「うん、駅、そこだし」

私は海岸線に。ハルくんはここからJRだ。

 別々の帰り道。私がハルくんに背を向けた途端、

「美緒」

腕をとられて。

 泣きそうだから、振り向けない。

「美緒、こっち向いて」

なんで、そんなこと言うの。……無理だから。

 私がそのままの体勢でいると、ハルくんは、そっと手を離してくれた。

「……ごめん」

小声で言って、ハルくんはエスカレーターを上って行った。

  

 私とは、付き合うつもりはない。

 あそこまではっきり言われると、もう、どうしようもない、よね。ハルくんの、別格は、そういうこと。

 今日はすごく女の子扱いしてもらって、勘違いしそうになったけど。

 ハルくん流の、過ごし方だったってだけ、で。彼女と別れた、芹さんを好きになれなかった、そんなやるせなさを消そうとしていただけ、なんだよね。

 

 ……何度泣いたら。

 この気持ちが、消えるの、かな。



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