13
ハルくんと、約束をした日。
待ち合わせ場所に向かう途中も、気持ちは落ち着かない。
ハルくんに会える。ただ純粋に嬉しくて、それだけで一杯になる私と。欲張りになる私と、怖くてたまらない私。
千裕は、たぶん、チャンスだよと言いたかったのかな。それで、ハルくんが彼女と別れたことを教えてくれたんだろう。
でも。
もう、二年近く前になる。初めてハルくんと出かけた日、あの時も、ハルくんは彼女と別れたばかりだった。それは、芹さんと、つきあう前のこと。
私の気持ちを知ってたはずのハルくんなのに、私とは、つきあうっていう選択肢はなかった。
ゼミ合宿の二日目の夜、優香さんは、私のことを別格だと言ってくれたけど。ハルくんにとって、対象外ってことかもしれない。
だけど、会いたい。
ただ、会いたいのに、怖い。
それでも、身なりにはすごく気を遣った。
合宿中は、行き帰りを除いて、ほぼTシャツにトレパン状態だったし。少しでも良く見せたいって気持ちが、約束をした日からずっと着ていくものを迷わせた。
迷ったあげくに、無難な格好になってしまった気がするけど。
ミルクティー色のシフォンのワンピースに、白のUVカーディガン、白のサンダル。絡みやすいから、大抵はまとめていることの多い長い髪も、今日は頑張ってブローして下ろしてきた。
待ち合わせは、海岸線の湊駅改札を出てすぐの地下広場。広場の真ん中では光と音のなるパネルの床が色を変え、不思議なホログラムを作っている。
約束した時間の少し前について、あたりを見渡すと。
JRから広場に降りてくるエスカレーターの横に、ハルくんは立っていた。
遠くても、やっぱりわかる。
定番の白いシャツとジーンズ。あっさりした普通の格好が、帰って目を引く抜群のスタイル。ほら、道行く人も、ちらりと目を奪われている。
近づきかけて、私は立ち止まってしまった。
……なんて、声をかけたらいいんだろう?
気配を察したのか、ハルくんがこっちを向く。
「美緒、おはよう」
少し目を細めて言うハルくん。ああ、そっか。
「おはよう」
それでよかったんだ。
どきどきしながら、ハルくんのそばに行く。初めての、待ち合わせ。
約束して、二人で会う。それがこんなに、嬉しい。
「美緒、髪おろしてるの、珍しいね」
そう言って、ハルくんが、髪の先を指でとかす。
「なんか、いいにおい」
びっくりして固まってしまった。
……あの、しょっぱなから、ナニ? えーと、会ったばっかりで、なんでこんな近くで髪触られてるの!?
「美緒?」
「……ハイ」
「なに、その反応」
今にも吹き出しそうなハルくん。
「なに、って、ハルくんがいきなり……」
きっと私、真っ赤になってる。
「ああ。免疫ないんだったよね、ごめんごめん」
からかってる! 絶対面白がってる!
私の憤りを無視して、ハルくんは自然に私の手を取る。
「行こうか」
手をつないだまま、歩き出す。
胸の奥が、きゅうっと鳴って。心だけ、走り出しそう。
「は、ハルくん、手……」
私の、いっぱいいっぱいの抗議も、
「今日は、お世話したお礼のはずだけど?」
しれっとハルくんに却下される。
「だから、今日は。できるだけセーブはするけど、遠慮しない」
はああ? なに? なんなの、その宣言。
ハルくんは、よくわからない……。
そしてそのまま、映画館へ連れて行かれた。
ハルくんが見たいと言っていたサイバーサスペンス。お礼だからと強行してチケットは買わせてもらったけど、並んでいる間にハルくんは飲み物を買っておいてくれて。
「美緒、カフェオレでよかった?」
「あ、うん。ありがと。座席指定、ちょっと端になっちゃったけど……」
「いいよ、じゅーぶん」
ハルくんと並んで座る。合宿帰りのバスの中、みたい。
「美緒、また緊張してる?」
「そうでも、ない、かな」
答えると、ハルくんが、すごくやさしい目で笑う。
隣にハルくんがいて、物語に入っていけるかと心配だった。映画はテンポよく展開して、はらはらしながらも楽しめた。クレジットが終わるまで、隣を意識しないってことはなかったけど。
映画の後は、海の見えるショッピングモールでお昼を食べた。
食べながら、さっきの映画の話で会話はスムーズに進んだ。
それから、海に張り出した板張りのプロムナードを歩いて。
「あれ、乗ろうか」
と、突然ハルくんが指差した。
その先には、大きな観覧車。
「え、あの、ほんとに?」
「うん、行こう」
手を引かれて、来てしまった、観覧車の乗り場。
「はい、二人ね」
そのまま、ゴンドラの中へ。
「あ、れ? 美緒?」
……ごめんなさい、やっぱり無理!
でも、動き出したゴンドラは止まらないし。
「もしかして、観覧車、苦手?」
「……高いとこも、下が揺れるのも、ダメ!!」
怖くて。
怖くて、座席の上で体を縮めていると、
「そっか、ごめん」
正面にいたハルくんが立ち上がって隣へ移ってきた。
う、動いたら、もっと、揺れるじゃないの馬鹿――――。涙目でハルくんを睨み付けてやると、ふっと笑ったハルくんが、座ったまま私をふわりと抱きしめて。
それから、おでこに羽のように軽くキスをした。
「ほら、怖くない」
! ……! …………!




