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「……美緒?」

やだ、ほんとに泣きそう。

 とりあえず、うつむいて、ハルくんから見えないように。

 会えなくなることが、残りの休みのひと月少し、たったそれだけ会えないことが、こんなに……。この三日で、私、すっかり贅沢に、なっちゃったのかな。

 何かあるたび、手を差し伸べてくれたハルくん。こんなの、合宿っていう非日常の夢みたいなものなのに。

 膝の上の両手に、ぎゅっと力を入れてみる。震えないようにって、律するのが精一杯。

 その時、

「……お礼、してもらおうかな」

と、静かな声で、ハルくんが言った。

「……え?」

「この合宿中、俺にお世話になったって思わない?」

……確かに、そうなんだけど。

 ハルくんは、そんな恩着せがましいキャラじゃないのに。私の気持ちを軽くしようとしてくれているとわかる。

「来月、見たいと思ってた映画が始まるから、お礼に連れてってくれる?」

やさしく言うハルくんに、私はうつむいたまま、うなずいたのだった。



 そうして、三日間のゼミ合宿が終わり、本格的に夏休みになった。

 遠距離通学をしてると、長期休暇ともなれば学内の友達とは会いにくくなってしまう。

 高校時代からの友達にしばらくぶりに会ったり、夏休み期間限定のバイトを入れたりしながら日々を過ごす。

 お盆が過ぎた頃、実家に帰っていた明日菜が下宿に戻ったというので、都香駅でいつもの四人が集まり、ランチに繰り出した。

「ひさしぶりー」

「合宿、どうだった?」

明日菜とさっちーは、ゼミこそ違うけれど大学入学以来の仲良しで。それから千裕と、私。

 おいしいと評判のオムライスの店に入って、久しぶりのおじゃべりに花を咲かせる。

「へええ、西井君か。千裕がねー」

明日菜は少しばかり意外そうに、でもにこにこと千裕の話を聞いていた。

 合宿の後、正式に付き合うようになったと千裕が報告したのだ。

「やっぱり、そういうイベントって、きっかけになりやすいよね」

さっちーも嬉しそうにうなずいている。

「それで、りょーすけから、聞いたんだけど……」

ちらりと私を見てから、千裕が話し出した。

 千裕の彼氏になったりょーすけは、この夏からハルくんのバイトしてる塾に講師として働き始めたという。同じ塾でもマンツーマン指導の担当をしてるハルくんとの接点は、ほとんどないらしいんだけど……。 

「たまたま、見ちゃったらしいのよね。ハルが、彼女と会ってるとこ」

 彼女が終業時間に合わせてバイト先まで来ても、別におかしいことじゃないだろう。

「でも、なんか、深刻な感じ? だったらしくて。それで、りょーすけもよせばいいのに、次にハルに会った時に、聞いたらしいの」

 私は何も言えず、口を挟めずにいる。

 冷静なさっちーはともかく、こういう話題が好きな明日菜は、それでそれでと千裕を促す。

「……別れた、って言ってたらしいよ」

「えー。それって、やっぱり環境ギャップ?」

明日菜は、芹さんが社会人で、ハルくんが学生だから、行き違ったのかと思ったようで。

「んー。ハルは、そういうの説明しないでしょ。でも、りょーすけは、今までと同じパターンだって」

「今までと同じ?」

「うん、彼女の方が、気持ちをもらえないってことに辛くなって、おしまい」

「えー、もう二年くらい付き合ってたんじゃなかったっけ?」

私がずっとハルくんだけを見てきたから、みんなハルくんが芹さんといつから付き合ってるのかを知っている。

「付き合ってても、好きとは限らない、か」

さっちーがぼそりと言う。

「逆に、そんなので、よく二年も続いたよね。彼女の方がすごい」

「……いつかは、って思ってたんじゃないかな」

ハルくんは、気持ちはくれなくても、やさしい。よく気がついて、してほしいことをしてくれる。だから、いつかは、って。

「……わかんなくもないけどね」

場が、なんとなくしんみりした。

「わかんないのは、藤崎だよ!」

と、明日菜。

「なんで好きじゃなくて、付き合うの?」

「そりゃあ、女子が放っておかないでしょ。あれだけ上等なの」

「に、したって!」

 ……ハルくんは、でも、好きになりたかったんだと思う。そんな気がした。

 芹さんは……疲れちゃったのかな? 一人で想い続けるのは、やっぱり辛いから。

「ごめん、美緒。よけいな情報だった?」

ずっと黙ってる私を、千裕は気にしたようで。

「ううん、そんなことない」

知らないよりは、いいのかもしれない。

 だけど、私は言えなかった。

 数日後に、ハルくんと会う約束があること。

 合宿の、お礼。ほんとにそんな機会があるのか、その場しのぎの慰めなんじゃ、と思っていた私にハルくんから連絡があって。

 約束を、したんだ――――。








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