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 バスに揺られる三時間余り。ハルくんの隣にいられるのは、嬉しいけど。

 りょーすけと席を変わった私を見て、ハルくんはなんだか複雑そうな顔をした。

「千裕が、りょーすけと変わって、って」

私が言い訳がましく言うと、

「ああ。そうなんだ」

と、なんでもないように言ってくれたけど。

 ……どうしよう。

 話せない。

 バスの座席って、こんなに近かったっけ?

 すぐ隣にハルくん。前に、車に乗せてもらった時より、ずっと近い。

 ちょっと身動きしただけで肘とか当たっちゃいそうだし。

 くっ、と小さな息が漏れる音がして、ハルくんが口元に手を当てて笑いをこらえてた。

「……なんでそんな緊張してんの」 

だって。

 でも、ハルくんの仕方ないなーって感じの笑顔が、やさしくて。ぽうっと見つめていたら、

「見るの禁止」

と、大きな手が私の頭をぐいっと逆に向かせた。

 少ししたら、ハルくんの手が離れたので、そうっとハルくんの様子をうかがうと、ハルくんは窓の外を見ていた。

 ずっと見ていたいけど、見るの禁止と言われたので、視線を前に戻す。

 えーと。でも、なんかすごく、不自然? っていうか……

「いいよ、もう」

「え?」

「隣にいたら、緊張する?」

「……うん」

正直なところを小さな声で答えた。

「美緒さ、昨日はあんなとこまで一人で来たくせに」

「昨日は、お礼が言いたかっただけで」

そばに行きたかったっていうのもあるけど。

「だろうね」

ハルくんは、何気にあきれ顔。

「とにかく、変な緊張伝染うつさないでくれる?」

あ、れ? ハルくんも緊張、してた?

「うつるの?」

「いーから。……なに、にこにこしてんの?」

「え、ハルくんも緊張とかするのかなって思って」

私が言うと、ハルくんは、

「……寝る」

と、窓の方を向いてしまった。

 機嫌、損ねちゃったかな。せっかく、隣にいられる時間なのに。

 このバスを降りたら、もう、こんなふうに話したり、なかなかできない。

 なのに。

 普通にいろいろ話せばよかったのに。残りの夏休み、どうするの、とか。でも、またもし、彼女の話とか出されたら、きつい、かな。

 ハルくんは窓辺に肘をついて、目を閉じている。

 ほんとに、寝ちゃった?

 起こしたら、ダメだよね。

 私がそんな葛藤を延々と繰り返している間に、バスは行程の半分ほどを消化し、高速のパーキングエリアで休憩タイムに入った。

「美緒、降りるよ?」

「あ、うん」

後ろから千裕が誘ってくれたので、バスを降りた。


 ヒデさんが十五分休憩って言ってたっけ。

 バスの外は、うだるような熱気。熱さ避けと涼みに、飲み物を買いに売店の中に入る。

「千裕、席、戻ったらダメかな?」

と、千裕に持ちかけると、

「どうして?」

怪訝そうに返されたので、バスが動き出してからの顛末を伝える。

「ハル、ほんとに寝てたの?」

「……わかんないけど」

ハルくんも後からバスを降りたんだろう、りょーすけとご当地グッズのあたりを回っているのが見えた。

「そのままで、もうちょっと頑張ったら? この合宿で、ハルもちょっと変わったみたいに思うんだけど」

千裕はそう言った。

 どうやら千裕には、席を元に戻すという選択肢はないらしい。

 隣にいられるのは、嬉しい。でも。

 頑張るっていっても、……もう嫌なんだ。一回生のあの時みたいに、一方的に突き放されるの。

 あきらめて、って。そんなふうに、シャットアウトされるのが怖い。

 ……だから、どうしていいかわからない。

 ずっと、見てるだけの恋。そんなのほんとに馬鹿みたいって思うけど。

 昨夜だって、精一杯の会いたいって気持ちを言葉にしてしまったけど、ハルくんには聞こえなかったふりをされたし。やっぱり、これ以上は望めないって、小さくなる私がいた。


 休憩が終了しバスに戻った。

 ハルくんは、もう先に戻っていた。

 なんだか話しづらくて、お互いに無言のまま、バスが動き出して。

 ハルくんは、窓の外を見てる。私は自分の膝に置いた両手を見ている。

 帰りのバスは、ヒデさんもイベントモードじゃないし、合宿のイベントの疲れもあってか寝てしまう人も多い。

 私は、ハルくんの隣じゃ寝るどころじゃないけど。

 通路を挟んで隣の席の二人、松林ゼミの男子と池田ゼミの男子も寝息を立て始めていて。バスの中全体がお休みモードだ。

「美緒は、寝ないの?」

小声で、ハルくんが言った。

「ハルくんは?」

「俺は、さっき寝たし。緊張しっぱなしじゃ、疲れない?」

疲れる、けど。私が答えないでいると、

「じゃあ、何か話してようか?」

と気遣ってくれた。

「美緒は、残りの休み、どうするの?」

「アルバイト、かな。それと、課題やらなきゃ。ハルくんは?」

「俺も、似たようなもんだよ」

そうして普通に話しだせば、会話はスムーズに続いた。

 私がやってるアルバイトの家庭教師先の生徒さんのこと、とか。ハルくんはマンツーマンの塾の講師をやってるそうで、苦労するところとか共通点があったり。

 真面目に、前期試験を行わなかった専門課程の教科から出た課題の話をしたり。

 好きな音楽とか、本とか、そういう話もして。

 休憩前のぎこちなさを払いのけて、後半はあっという間に過ぎた。もう、バスは高速も降りたし、もう少ししたら大学に着く。

 合宿も、終わる。

 そう思ったら、急に泣きそうになってきた。




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