10
いいのかな。そのまま、ハルくんを思い続けていて。
ぼちぼちと肝試しの終わったゼミ生たちが戻って来たので、優香さんはお疲れさま対応に行ってしまった。
……あれ? あれは、あずみ、だよね。
確か強引にチェンジして、ハルくんと肝試しのペアになってたはず。女子が少なめな上に、優香さんと私も抜けてるから男同士のペアもあって、上手く立ち回ってたのに。
なんで、あずみ、一人で帰ってきたんだろう? しかも、なんだか機嫌が悪そう。
あずみは優香さんと二言三言言葉を交わした後、ロビーにはとどまらず、おそらく自分のロッジへ帰って行った。
ハルくんは、帰ってきてないのかな?
居心地のいいソファから立ち上がって、ガラス張りの壁から外を見てみた。外が暗いと、ロビーの明かりが反射して近づかないとよく見えない。
ロビーは、ホテル正面から回り込んだ外庭に面していて、噴水がきらきらと色を変えながら湧き上がっているのが見える。その向こう、東屋の柱にもたれかかっているのは……。
ほとんど陰になっていても、この距離でも、わかるのが悔しいような。
私は、ホテルのロビーから外庭に出た。
噴水の向こうの東屋に近づくと、
「ハルくん」
と声をかけた。
「何してるの?」
言いながら少し距離を詰める。
振り向く前にハルくんは、持っていたケータイの照明を落とした。
「ちょっとね」
言葉を濁して逸らすのは、芹さんとのやり取りをしていたから? でも、いままでなら、そういうことをむしろはっきり教えてたのに。
引っ掛かりを覚えながらも、私は話題を転換して、
「あずみが、なんだか不機嫌そうだったけど」
さっきロビーで見た様子を伝えた。すると、
「ああ。ご期待に添えなかったからね」
と、ハルくんは皮肉気に言った。
「ご期待?」
「美緒には、わかんないかな」
聞くと、子ども扱いされた。なんとなくなら、わかるけど。
たぶん、あずみがハルくんに何らかのアプローチをして、上手くいかなかったってことでしょう?
「ちょっと前なら、受けてたかもしれないけどね」
ハルくんはそう言って、私を見た。
ちょっと前と、今とどう違うのか、よくわからないけど。
「あ、ハルくん」
私は、言い忘れていたことを、伝えるために来たんだった。
「ん?」
「さっきは、見つけてくれて、ありがとう」
「ああ」
ふっと、ハルくんが笑う。その笑顔が、胸に染みて。
「……お礼、ちゃんと言えてなかったから」
まぶしくて、目を逸らしながら言うと、
「律儀だね、美緒は」
とハルくんが呟いた。
陰の落ちる東屋から噴水のある明るい方へ、ハルくんがゆっくり移動したので、ついていく。
合宿も、今日で最後の夜。明日は、バスに乗って帰るだけだから。
ハルくんと一緒にいられる時間は、あと少しだけ。
そう思ったら。
「夏休みって、もう、会えない、よね」
声に出してしまってた。
「そうだね」
ハルくんが、濡れるのも構わず噴水に手をかざす。その手の上でライティングされた水飛沫が踊る。
たまたま入ったゼミがよく合同で交流している、それだけのこと。ハルくんと私の接点は、それだけだから。
「……会いたい、な」
こぼれた言葉は、噴水の水音に紛れてしまうほどの弱さ。
「美緒」
ハルくんは、聞こえていないふりで言う。
「女の子一人で、こんな暗い所に出てこない方がいいよ」
淡々と。
「また、迷っても困るし、ね?」
「そうじゃなくて。俺みたいには、行かない場合もあるし」
危ないよ、とハルくんは言うけど。他のひとなら、ここまで来ない。
なんだか少し悔しくて、
「ハルくんは、不自由してないから大丈夫なんでしょ」
と言い返すと、
「うん」
とさらりとかわされた。
「そろそろ、ロビーに戻ろうか」
ハルくんが促す。
イベントが終わったみんなが集まっている頃、かな。黙って出てきたから、優香さんや千裕も待っているかもしれない。
ロビーに戻ろうと歩きかけて、
「美緒」
ハルくんが、ふと立ち止まった。
「……電話していい?」
「え?」
「もし、声が聞きたくなったら」
断る理由は全然ない、けど。
驚く私にハルくんは、
「嘘。……しないから」
そう言って背中を向け、止まってしまった私を置いていった。
あわてて私もロビーに向かう。
そういうフェイントは、意地悪だよハルくん。
……期待して、待ってしまうから。
そうして、合宿最後の夜は終わり。
帰るばかりの三日目。
バスの座席は、行きと同じく指定制で。でも、千裕の隣に、なった。すると千裕は、
「ね、美緒。りょーすけと席変わってもらってもいい?」
と言う。
「うん、いーよ」
友達のためと思って、快く了承した。
「ありがと、美緒ちゃん」
りょーすけも嬉しそうに席を移動してきた。
ヒデ先輩も、さすがに席を変わるな! とまでは言いにくいようで。なぜって、帰りはちゃっかり自分も優香さんの隣をキープしているし。
じゃあ、私はりょーすけの席に……4Aだから、ここかな。
運転席の後ろ、前から四番目の窓際席。
その隣には、ハルくんがいた。