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 いいのかな。そのまま、ハルくんを思い続けていて。


 ぼちぼちと肝試しの終わったゼミ生たちが戻って来たので、優香さんはお疲れさま対応に行ってしまった。

 ……あれ? あれは、あずみ、だよね。

 確か強引にチェンジして、ハルくんと肝試しのペアになってたはず。女子が少なめな上に、優香さんと私も抜けてるから男同士のペアもあって、上手く立ち回ってたのに。

 なんで、あずみ、一人で帰ってきたんだろう? しかも、なんだか機嫌が悪そう。

 あずみは優香さんと二言三言言葉を交わした後、ロビーにはとどまらず、おそらく自分のロッジへ帰って行った。

 ハルくんは、帰ってきてないのかな?

 居心地のいいソファから立ち上がって、ガラス張りの壁から外を見てみた。外が暗いと、ロビーの明かりが反射して近づかないとよく見えない。

 ロビーは、ホテル正面から回り込んだ外庭に面していて、噴水がきらきらと色を変えながら湧き上がっているのが見える。その向こう、東屋の柱にもたれかかっているのは……。

 ほとんど陰になっていても、この距離でも、わかるのが悔しいような。

 私は、ホテルのロビーから外庭に出た。

 噴水の向こうの東屋に近づくと、

「ハルくん」

と声をかけた。

「何してるの?」

言いながら少し距離を詰める。

 振り向く前にハルくんは、持っていたケータイの照明を落とした。

「ちょっとね」

言葉を濁して逸らすのは、芹さんとのやり取りをしていたから? でも、いままでなら、そういうことをむしろはっきり教えてたのに。

 引っ掛かりを覚えながらも、私は話題を転換して、 

「あずみが、なんだか不機嫌そうだったけど」

さっきロビーで見た様子を伝えた。すると、

「ああ。ご期待に添えなかったからね」

と、ハルくんは皮肉気に言った。

「ご期待?」

「美緒には、わかんないかな」

聞くと、子ども扱いされた。なんとなくなら、わかるけど。

 たぶん、あずみがハルくんに何らかのアプローチをして、上手くいかなかったってことでしょう?

「ちょっと前なら、受けてたかもしれないけどね」

ハルくんはそう言って、私を見た。

 ちょっと前と、今とどう違うのか、よくわからないけど。

「あ、ハルくん」

私は、言い忘れていたことを、伝えるために来たんだった。

「ん?」

「さっきは、見つけてくれて、ありがとう」

「ああ」

ふっと、ハルくんが笑う。その笑顔が、胸に染みて。

「……お礼、ちゃんと言えてなかったから」

まぶしくて、目を逸らしながら言うと、

「律儀だね、美緒は」

とハルくんが呟いた。

 陰の落ちる東屋から噴水のある明るい方へ、ハルくんがゆっくり移動したので、ついていく。

 合宿も、今日で最後の夜。明日は、バスに乗って帰るだけだから。

 ハルくんと一緒にいられる時間は、あと少しだけ。

 そう思ったら。

「夏休みって、もう、会えない、よね」

声に出してしまってた。

「そうだね」

ハルくんが、濡れるのも構わず噴水に手をかざす。その手の上でライティングされた水飛沫が踊る。

 たまたま入ったゼミがよく合同で交流している、それだけのこと。ハルくんと私の接点は、それだけだから。

「……会いたい、な」

こぼれた言葉は、噴水の水音に紛れてしまうほどの弱さ。

「美緒」

ハルくんは、聞こえていないふりで言う。

「女の子一人で、こんな暗い所に出てこない方がいいよ」

淡々と。

「また、迷っても困るし、ね?」

「そうじゃなくて。俺みたいには、行かない場合もあるし」

危ないよ、とハルくんは言うけど。他のひとなら、ここまで来ない。

 なんだか少し悔しくて、

「ハルくんは、不自由してないから大丈夫なんでしょ」

と言い返すと、

「うん」

とさらりとかわされた。

「そろそろ、ロビーに戻ろうか」

ハルくんが促す。

 イベントが終わったみんなが集まっている頃、かな。黙って出てきたから、優香さんや千裕も待っているかもしれない。

 ロビーに戻ろうと歩きかけて、

「美緒」

ハルくんが、ふと立ち止まった。

「……電話していい?」

「え?」

「もし、声が聞きたくなったら」

断る理由は全然ない、けど。

 驚く私にハルくんは、

「嘘。……しないから」

そう言って背中を向け、止まってしまった私を置いていった。

 あわてて私もロビーに向かう。

 そういうフェイントは、意地悪だよハルくん。

 ……期待して、待ってしまうから。



 そうして、合宿最後の夜は終わり。

 帰るばかりの三日目。

 バスの座席は、行きと同じく指定制で。でも、千裕の隣に、なった。すると千裕は、

「ね、美緒。りょーすけと席変わってもらってもいい?」

と言う。

「うん、いーよ」

友達のためと思って、快く了承した。

「ありがと、美緒ちゃん」

りょーすけも嬉しそうに席を移動してきた。

 ヒデ先輩も、さすがに席を変わるな! とまでは言いにくいようで。なぜって、帰りはちゃっかり自分も優香さんの隣をキープしているし。

 じゃあ、私はりょーすけの席に……4Aだから、ここかな。

 運転席の後ろ、前から四番目の窓際席。

 その隣には、ハルくんがいた。




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