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会えない日も。
ただ、見ているだけの日々も。
隣で、話せる奇跡のような瞬間も。
ただ、好きで。
……ずっと、好きで。
いい加減、しつこいかな、って思うこともあるけど。それでも、どうにもならない。
告白してもないのに「あきらめて」と突き放され、しばらくはハルくんとの接点も少なくて、いつかは忘れられるだろうかと思ったり。
思いがけず好意を示してくれた人もいたのに、それがきっかけでハルくんへの気持ちを再認識してしまったり。
ゆらゆら、心の海の中で、浮き沈みはあるものの、変わらなく、ずっと。
―――ハルくんが、いる。
三回生になって私が登録したゼミは、民法の池田ゼミ。
いつも一緒にいたメンバーもそれぞれのゼミに分かれたけど、千裕だけは一緒だった。もともと選択科目のかぶりも多かったし、嗜好が似ているのかもしれない。
池田先生は、同じ民法系ゼミの松林先生と仲が良くて、月に一回は合同ゼミを開く。
過去の訴訟を一緒に調べたり、模擬裁判をしたり。別イベントで、裁判所見学に行ったり、傍聴したり。おまけに、親睦会と称した飲み会がしょっちゅうある。
その松林ゼミには、ハルくんが登録していて。
二回生の時よりずっと、会う機会が増えた。
それが、幸せなのかどうか、わからないけど。それでも、ハルくんの近くにいられることが純粋に嬉しくて。合同ゼミが楽しみだったりする。
近づく夏の足音が聞こえてきそうな、陽射しのきつい午後。
大学から一緒に出発した合同ゼミのメンバーたち。今日は、裁判所見学だ。
講義の一環とはいえ、もちろん引率もなく、教授たちはご自分の研究に忙しい。こういう時は、ばらばらと思い思いに話していたり、ゆるい感じで移動している。
電車の中で聞こえてきたのは、ハルくんと同じ松林ゼミの西井君との会話。
「なあ、先輩とは、近頃どうなんだ?」
「どう、って?」
先輩。たぶん、芹先輩のことだろう、ハルくんの彼女。新卒で、この春からはOLさんだ。
「あっちは、社会人だろ? 時間が合わないとか、いろいろ」
「んー、もともと、就活の時とかは間空いてたし。別に、変わらないけど?」
西井君の突っ込みに、ハルくんはあくまで淡々と答える。
「周りには年上の男がいっぱいいて、付き合いとかもあるだろうし、心配になんない?」
「そんなの、別に社会人だからどうこうって話じゃないだろ。時間なんか都合つく方が合わせればいいだけの話だし」
「くー。なんで、ハルはいっつも余裕なのかね」
「……そういうふうに見える?」
「そりゃ、ね。年上の彼女とも盤石そーだし」
聞くつもりはなくても。同じ車両の結構近い場所に立っていれば、耳に入ってしまう。
一瞬、ふとハルくんと目が合ったように感じたのは、気のせいだろうか。
「美緒、大丈夫?」
隣から小声で聞いてくる千裕。
平気だよと伝えるつもりで、私はにっこり笑って見せる。
ハルくんに、ずっと付き合ってる彼女がいるのは、わかってるから。
電車を降りて、裁判所まで川沿いの道を歩く。
まとまった人数がぞろぞろ。この歩道には日影がなくて、長く歩くのはつらいかな、そんなに遠くなくてよかったと日傘を忘れたことを後悔していたら。
すっと、隣から影が差す。
「美緒、こっち見すぎ」
ぼそりと上から降ってきたハルくんの声。
見上げると、逆光で表情がわからない。
「……自意識過剰」
私は、一応責めるように言ってみた。そんなに見てないと否定するために。
「そうかな」
「そうだよ」
なぜか黙って、そのまま隣を歩くハルくん。
「……芹さんと、上手くいってるみたいで、よかったね」
「もしかして、聞いてた?」
「聞こえてたの」
「……うん。聞かせようと思って」
ときどき。ハルくんは、こういう意地悪をする。
こんなに近いのに、これ以上近づくなって言われてるみたい。
「美緒、河田君が呼んでるよ?」
と、間のいいことに千裕が言う。河田君が、おいでおいでしている。
最近、何かと用事を頼まれるんだよね。今度はなんだろう。そう思って、河田君のいる方に向かう。
……あれ?
まぶしい。
もしかして、ハルくんが、隣で影を作ってくれてた?
振り返ると、もう他のメンバーと話しているハルくんがいて。そんな気遣いも、うやむやにしてしまっていた。
これだから。
いつまでも揺れてしまう。
「長谷川さん、前に法制史とってたって言ってたよね?」
という、河田君の言葉を聞きながら。
「オレ、今年とってるから、ノートくれない?」
私は、ハルくんの存在を、どうしても意識せずにはいられなかった。