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ギレイの旅 番外編  作者: 千夜
いち
9/52

ワルツの言い分

「ギレイの旅」極北の研究室でワルツは護衛としての仕事を全うしていた。聞いてくれ、あたしの話を。

 ワルツの目の前にヤンが現れた。

移転魔法を自在に操るヤンが突然現れても、ワルツはもう驚かない。しかし、今のヤンの顔は蒼白だった。

「ワルツさん。ギレイさんを助けてくださぁぃぃ」

ヤンは泣きつくようにワルツの胸元に走りこんでくる。

うっ、うっ、としゃくりあげるヤンを落ち着かせ事情を聞く。

もし儀礼の身に危険が迫っているのだとしたらのんびりなどしていられない。


「アーデス様がぁ、ギレイさんを殺してしまいますぅ」

落ち着いたと思ったヤンが、それを言うとまたワルツの胸に顔を埋め泣き出してしまう。

「アーデスが殺すって、あれでも一応ギレイの護衛だろ。何が起こってるって?」

ワルツは状況が飲み込めず、がりがりと頭をかく。

「アーデス様が、ギレイさんに報告があるからと、呼びに行ったんです。アーデス様は、逃げられる前に連れて来いとおっしゃられたので、ギレイさんが後ろ向いてる間に、移転魔法でアーデス様の研究室にお送りしたんです」

濡れた瞳でワルツを見つめるヤン。自分のやったことの異常さに気付いていないようだ。

それはほぼ誘拐だ。


 普通の移転魔法は、ある程度魔力があったり、魔法が使える者ならば、他人が強制的に移転しようとしてもキャンセルをかけられたり、移転までの時間を大幅に遅らせたりできるものだが、どういうわけだか、ヤンの魔法はキャンセルがきかない。

ワルツは、ヤンの移転魔法の強制性を知っていた。


「それが、それが、アーデス様の研究室にトラップがっ」

言いながらヤンの瞳からは涙が溢れる。身内にここまで泣かれるリーダーとは一体何を仕掛けたと言うのか。

「アーデスの研究室にトラップがあるのはいつものことだろ。それがどう儀礼の命に関わるんだ? あいつならトラップぐらい切り抜けそうだろ」

本当に、儀礼は護衛のしがいのない護衛対象なのだ。まるきり護衛を頼らない。むしろ邪魔だとさえ言われそうだ。

「極北の方ですぅ」

涙で開かない目をヤンは両手で擦る。

「待てっ、お前、ギレイをあっちに連れてったのか!? フロアキュールでなく!?」

ワルツは思わずヤンの胸ぐらを掴む。ヤンはワルツの瞳を見つめカタカタと震える。

「いつも以上に、部屋中の物に仕掛けがありましたっ。スリッパの中に足を切るトラップが、毛布の中に腕を切り裂く魔法が、コートの中に鬼人を呼び出すものがっ」

すでに青を通り越し、土気色になりそうな顔で、ヤンがワルツの腕にすがる。

「わ、わたしではどうにもできませんん! お願いします。ギレイさんを助けてくださぁぃぃ」

「そりゃ、相当やばいじゃないか。何でそんなことになってんだ……?」

言いながら、ワルツはハンマーを背負う。しかし、万が一アーデスの気が触れていて、本気で戦闘になったりしたならば、アーデス個人の研究室でワルツ一人では勝ち目はない。


「天井には血止めの魔法が、部屋を取り囲む結界には即死阻止の呪が埋め込まれてましたぁ。本気です。アーデス様、本気でギレイさんの腕とか切り落とすつもりなんですぅぅぅぅ」

ヤンの言葉は途中から完全な泣き声に変わる。両手で顔を覆い隠し、床の上に膝から崩れ落ちる。

「待て、待て待て待てっ。アーデスに殺すつもりはないんだな?」

ワルツは焦りながらもヤンの手を顔から外し、確認するようにその瞳を覗き込む。

「うっ、ひっぐ、ないんです。ひっく。殺さないようにする仕掛けの方が多いんですっぅ。うぅ」

ぽろぽろと涙の流れる瞳でヤンは断言する。


「つまり、あれか」

ワルツは、氷の谷でアーデスが漏らした言葉を思い出す。すなわち、

「肉片の一つでも分析器にかけてみたくなった、と」

ひどく顔を歪ませて、ワルツは自分の口を覆うように手を当てる。

「ヤン。あたしを儀礼の所まで飛ばしてくれ。正規のルートじゃ入れない可能性があるだろ」

ワルツが言えば、ヤンは衣の袖で涙を拭い、呪文を唱え始める。

そうしてワルツは、ヤンのラチした儀礼の元へ飛んでいったのだった。




 ワルツはアーデスの研究室に到着し、ソファーの上で凍える儀礼を見つけた。

震えている。ガタガタと、その震えは寒さのためだけだろうか。

儀礼がトラップにかかるのを待っていたはずのアーデスは、儀礼の白衣を興味深く調べていた。

ワルツが来たことにすら大した関心を持たない様子。

あれで満足してくれるなら、その方がずっといいだろう。


 しかし、魔力を見る魔法で調べてみれば、アーデスの仕掛けたトラップはすべてそのまま、解除した様子はない。

「しょうがねぇ」

言って、ワルツは儀礼の体を抱きしめる。

予想通りひどく冷え切っている。手足などは感覚もなくなっているだろう。これなら切れても痛くはないが、本気でひどい奴だな。

ワルツはアーデスの背中を睨む。

「あったかーい」

儀礼が気持ち良さそうに目を閉じた。途端に、ワルツの体にも心地よい温度が流れてくる。


 ワルツの鎧は特別製だ。どんな暑さも寒さも快適な温度に変えてくれる。それはブリザードもドラゴンの炎も効かないのだが。

だがこんな、ぬるい湯に浸かっているような心地よい温かさは感じたことがなかった。

儀礼の体温が戻ってくれば、それがまた温かくて、儀礼の身代わりに、アーデスの仕掛けたトラップに魔力を奪われ続ける身としてはたまらなく心地よくて。

ほんの僅かずつではあるがワルツの魔力が回復していく。

もともと魔力量の多くないワルツはしばらくすれば魔力など切れてしまい、儀礼の精霊達の補助によって性能の高められた鎧に守られ、魔力回復のために眠りに落ちたのだった。



 目覚めればアーデスが目の前に居た。トラップのことは黙っとけよ、とその瞳が語る。

あはは、とワルツは硬い笑いを返すだけだった。

心の中に凍えるようなブリザードを感じ、ワルツは心地よい温もりを求めて再び儀礼に抱きついた。

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