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ギレイの旅 番外編  作者: 千夜
いち
8/52

暗い部屋

「ギレイの旅」の極北の研究室へ、儀礼にヤンの迎えが来る。

 町についてすぐに儀礼は管理局に入り、研究室を借りた。

今日借りた部屋は暗室として使える地下。

窓がないため小さな換気口を通じて常時換気はされているが、じんめりとした湿度は仕方がない。

備え付けのランプは型が古く、小さな火がひどくたよりなかった。広さだけはあるので部屋の端の方になどまったく光が届いていない。


 半分物置として使われていたのか、作り付けの棚にはあまり使う人が居ないような道具や模型がほこりを被って並んでいる。

骨の足りない人体模型、何かわからない物のホルマリン漬け、錆び固まった古いナイフは手に持てば朽ちて粉になってしまいそうだ。


「……あれ? ここって、貸し出し用の研究室だよね?」

思わず口に出し、儀礼は廊下まで出て扉の表示を確認する。そこには間違いなく、「地下研究室1」と書かれている。

目で見て確認し、指差し確認し、布で擦って、汚れで文字が変わっていないか確認する。

それでも間違いなく、儀礼の借りた部屋だった。受付けで渡された鍵が合った時点で間違えたはずがないのだが。


「ここだよな。そうだよな。まったく、貸し出すなら掃除くらいして欲しいよ」

儀礼は部屋の隅にある掃除用ロッカーから鳥の羽で作られたはたきを取り出し、棚に並べられた貴重そうな物の掃除をする、つもりで思いっきり観察に走る。

手持ちのランプを近い棚に置き、いつの時代の作品か不明な金属板を持つ。つけられている装飾がガラスでできていることから、何かの模造品だと思われる。用途は不明。

 次に、たくさんの竹で作られた巻物。竹簡と呼ばれる物と思われ、書かれている文字は世界でも珍しい縦書きのようだ。しかし、墨が薄くなっていてこの暗がりではまともに読むことができない。

 次は、干草のようなもので編まれた服のようなもの。セットのようで、帽子と大きな靴のような物も一緒に置いてある。

 次には、骨の足りなくなってる人体模型。素材が……動物の骨でできているようだ。骨が足りないのではなく、人類では……見なかったことにし、儀礼はそれに落ちていた布をかぶせる。ほこりを被っていたようで大量の粉が舞う。


 ゲホッ、ごほごほっ……。

まともに吸い込んでしまい儀礼はしばらく咳き込んだ。あまりの苦しさに、瞑った目の前が一瞬真っ白になった気がする。

「あー苦しかった。本当に、どうしてこにんなになるまで放置してあるんだ」

出てきた涙を拭き、儀礼はその場を少し離れる。


 向かいの壁に並んでいたのは、天井から吊るされた2mはある翼竜と思しき干物ミイラ

その隣りに陶器でできた人形。それも、人が入れるほど大きい。人形の目には指の太さほどの穴が開いている。考えるのをやめ、儀礼はさらに隣りの物に意識を移す。

 陶器の人形ほどではないが、やはり大きな人形。全身を黒っぽい服に覆われているので、暗い部屋では全容を掴めないが、その白い顔は精巧に作られていて、丸い眼鏡の奥で目を閉じ、苦悶するかのような表情はまるで生きているのではと思えるほど……。


 そう思っていた儀礼の目の前で、人形が目を開いた。炎に照らし出された美しい黄緑色の瞳が儀礼を捉える。

「うっわぁ! ……って、ヤンさんか」

驚いて後ろに飛びのいた儀礼は早鐘のような心臓を押さえ安堵の息を吐く。

 その儀礼に抱きつくようにヤンが飛び出してくる。出てくる声は泣いているような震えたものだった。

「な、なんでこんな怖い所に居るんですかぁ。魔法で移転したらいきなりここで、私、私ぃ……ぅぅっ」

「移転したらって、なんでここに。僕の方が聞きたいよ」

肩に頬を寄せ泣きつくヤンに儀礼は戸惑う。震える姿が可愛いので、とりあえずヤンの背中に手を回し頭を撫でてみる。

 しばらくすると落ち着いたようで、ヤンは鼻をすすりながら目的の話を始める。

「アーデス様が、氷の谷の仕事がひと段落着いたので、報告したいとおっしゃってました。でも、ここで移転魔法したら、私、私ここに一人は嫌ですっ」


 突然理解できないことを言い、ヤンは儀礼の服を強く掴む。報告だけなら管理局を通して報告書を出してくれればそれで済むのに、どこに移転魔法の必要があるのか。

「大丈夫だよ、ヤンさん。魔法使わなければいいんだから」

儀礼はにっこりと笑ってヤンに自分の顔が見えるまで引き離す。きっとアーデスにうまいこと丸め込まれて来たのだろう、と儀礼は推測する。

「でも、どうして僕がここにいるってわかったの?」

儀礼は首を傾げる。あちこちにわざわざ偽の出没情報を流したり、親切を装い研究資金に困る低ランク研究員に儀礼の名で研究室を借りさせたりしているというのに。

「アーデス様が、ギレイさんはそろそろ地下にある部屋を借りるはずだと。網を張ってたらこちらの研究室にギレイさんの名前が出ました」

言いながら周りを見て、また怖くなったらしく、震えながら儀礼の肩に顔を埋めるヤン。


 どうやらこの場所をアーデスに読まれてしまったらしい。うまく切り返さなければ、儀礼はあの布を被った人体デハナイ模型の仲間にされてしまう。

とりあえず、この部屋にいる限りはヤンに飛ばされることはなさそうなので、身動きは取れないが何かいい方法を考える。


 考えようとしている儀礼の目の前でヤンが見つめてくる。レンズを通して見える、模様の美しい若草色の瞳。

抱きつくように儀礼に腕を回し、震えるように儀礼の服を掴み、涙に濡れた瞳で一人になりたくないと訴えかけながら見上げてくる。

窓のない暗い部屋。古いランプの小さな炎がゆらゆらと揺れ二人の影を壁や天井に映し出す。

「あの、ヤンさん。大丈夫だから、少し離れようよ」

儀礼はそっとヤンの肩を押してみる。細い肩が震えている。

「はっ、放したらギレイさん、逃げますっ」

逆効果だったようでヤンは余計に儀礼の服にはりついた。

「……わかりました。まず、ここから出ましょう。それから考えますからっ」

儀礼は目に涙を浮かべ、ヤンの腕を引くようにして扉へ向かう。

きっとアーデスはわざとヤンを一人で送り込んだのだ。ここで儀礼が何かすればきっと一生ネタにされる。

麻酔薬で眠らせても、痺れ薬を使っても。アーデス達はどんな言い訳も聞かず儀礼を犯罪者に仕立て上げるだろう。

犯罪者の人体実験を認めている国もある。このヤンがいる限りどこの国だって、侵入し放題なことだろう。


 儀礼は仕方なく扉を開ける。階段上から光が入り、廊下には歩くのに困らない明るさがあった。暗い部屋から出たので余計に明るく見える。

自分から安全な部屋を出てしまえば、そこはもうアーデスのトラップ地帯。儀礼の足元で白い陣が輝く。

白い光の柱は、遠く極北の地までを一瞬で飛んで行った。

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