2020年エイプリルフール企画「花見」
こんな未来もありだった。
「ギレイの旅」のその後の話。現在「ギレイの旅」本編で掲載中の「愛里」と、この「花見」。
あり得たかもしれない未来の方です。
差出人: "千夜"
Subject:花見1
Date:Wed, 13 Feb 2008 10:54:44 +0900
儀礼と獅子が旅を終えてシエン村に戻ってから、数ヶ月が経っていた。
最近、儀礼が出てこない。
獅子は少し気になり儀礼の家に行った。
儀礼は、3ヶ月ほど前から自分で家を建て住んでいる。家事やなんかは手伝いを雇ってしているようだ。
儀礼は買い物にすら出てこない毎日。
もともと研究室にこもると何日も出て来ない奴だったが、村に戻って以来あまり体調が良くなかったのが気になる。
獅子が訪れた日の中でも、時には歩けなくなるほど、ふらふらになっていた。
何か、病気かなんかじゃないのだろうか?
儀礼は何かを隠している。獅子の感覚はそう言っていた。
儀礼がまだ実家に住んでころは、ちょくちょく結婚した白に会いに拓の家まで押しかけていた。
拓は人の嫁に近づくなっとか騒いでいたな、とそんな日を遠くに感じて懐かしむ。儀礼は従妹に会いに来て何が悪い、と笑っていた。
あいつらもなんだかんだで仲がいいよな。
そう思いながら、獅子は儀礼の家の戸を叩く。
「はい」と手伝いの人らしい人の良さそうなおばさんが顔を出した。
「儀礼に会いたいんだけど」
獅子が言うと、おばさんは、
「まぁ、いらっしゃい」 とうれしそうに笑い、獅子を招き入れた。
いい人みたいだな。
ほっと息を吐いて獅子は思う。
「儀礼さんは、昨日も遅くまで研究室にいらっしゃったからまだ寝てるのよ。よかったら起こしてくださる? 朝食も召しあがらないんでは体に悪いわ」
にこにこと笑いながら言うおばさん。
優しそうだが、しっかりしているらしい。
「わかりました」
獅子も笑い返すと、儀礼の部屋へ向かう。
コンコン
「儀礼、起きてるか? 入るぞ!」
ガチャガチャとノブを回すがしかし、扉には鍵がかかっている。
「ったく、儀礼! 起きろ! ドア壊すぞ!」
獅子が大声で言うと、ドアの向こうからもそもそと動く気配がした。
ふぁ~、と大あくびでもしていることだろう。
「ん~、何? こんな早くから」
眠そうに目を擦りながら儀礼は扉を開けた。
片方の青い瞳が寝ぼけたように獅子を見ている。
どうもこの目には慣れない。精霊が宿っているせいらしいが、アルバドリスクの事件以来、突然変わってしまったのだ。
似合わないとか、人に見えない精霊を見て虚空に焦点を合わせるからとか、そう言うのではなくて、ただ、儀礼は茶色い目。それが当然で、ナゼカ今は少し遠くなった気がするのだ。
儀礼がわざと人を避けている気もするのだが。
眠そうに片方の目をつぶったままの儀礼。
「起きろ」
とりあえず頭を軽く叩き文字通りたたき起こす。
「いて! 何するんだよ」
胸ポケットから色つきの眼鏡を取り出し、かける儀礼。
それを通すと、瞳の色はよくわからなくなる。
いつも儀礼は眼鏡をかけているから、青い瞳になれないのはこのせいもあるかもしれない。
「外、行くぞ」
獅子の言葉に、
「やだ」
子供の様に顔を背けて即答する儀礼。
「行~くぞ~」
儀礼の襟首を引っ張り、部屋から引きずり出す。
「い~や~だ~、まだ研究やりかけなんだ、最近は夜には引き上げるから」
放っておくと朝まで、いや何日も研究し続ける儀礼だ。珍しいを通り越してありえない。
「異常気象のマエブレカ……」
思わず口に出してしまった言葉に儀礼が睨んでくる。
「違うよ、僕が研究室から出て来るまで千穂さん、手伝いのおばちゃんが帰らないって言うから」
儀礼は困ったような表情をしている。これはかなり優秀なお手伝いさんらしい。だらしない儀礼にはぴったりだ。
笑おうと思ったところで、ふと気付く。昨日は遅くまで研究室にいた、とおばさんは言っていた。
「おまえは、そんな遅くに女性を一人で家に帰すのか?!」
獅子が怒ると、儀礼はビクッとしたあと、あわてて言う。
「昨日は泊まってもらったよ。遅かったし。千穂さん子供も自立して、旦那さんは亡くなって一人暮らしだし」
Subject:花見2
Date:Wed, 13 Feb 2008 10:55:17 +0900
あの千穂さんと言う人は家に帰らなくても大丈夫らしい。
「ったく、ちゃんとした生活しろよな。でなきゃ自立したとは言えないぞ」
儀礼を引きずりながら獅子は居間まで連れてきた。
テーブルの上には朝食の支度がしてある。
「あらぁ、ありがとうございます。獅子さんもよかったら一緒にいただかない? 簡単な物ですけど」
おばさんが獅子に椅子をすすめる。
「いただきます」
と獅子は椅子に座る。
儀礼もおとなしく席についた。
「そんな調子で、儀礼さんを病院にも引っ張って行ってくれないかしら。あなた力ありそうですし」
おばさんが言う。
儀礼は目を見開いてブンブンと首を振る。
「どっか悪いんですか?」
そんな儀礼を無視して、獅子はおばさんに聞く。
「どこも、悪いとも言ってくれないんですよぉ。研究室に篭ってるって言っても、最近じゃ、半分はだるそうに伏せているのに」
おばさんが心配そうに儀礼を見ている。
明らかに不審に狼狽しだす儀礼。
伏せているのを見られてるとは思わなかった、といった所だろう。儀礼の研究室は昼間でも閉め切られている。
驚く儀礼におばさんは続ける。
「デッキの上で洗濯物を干してるとね、ちょうどカーテンの上の隙間から机が見えるのよ。儀礼さん、毎日そこに臥してるから私気になって」
獅子は儀礼を睨んだ。
「どうなんだ?」
重たい声に儀礼はすぐに答えられず視線を逸らし口をつぐむ。
「どっか悪いんだな?」
確認するように言う獅子に
「どこも……」
と、儀礼は目を反らした状態でやっとと言う様子でそれだけ答えた。
「嘘を、つくんじゃねぇ!」
獅子は歯を噛みしめるように唸り、テーブルをドンと叩く。
「はぁ、まあちょっと体調が悪かっただけだよ。研究も思うように進まなくて気力が低下しただけ」
ため息をついてから、ふわりと苦笑を浮かべて、儀礼は言い訳のように言い繕う。命に関わるようなことでもないし、ただだるいだけ、と。
儀礼は、そう口を動かしながら思考の下ではさらに一つため息を吐いていた。
(まさか、正直に話すわけにもいかない)
今の儀礼は2体の守護精霊のおかげで体が動いている状態だ。
1体は、元々母の守護聖霊で、儀礼自身が契約を結び直した水の精霊エリザベス。
もう1体は儀礼の従妹でもある白の守護精霊、シャーロットである。
精霊シャーロットが守護するのは契約の主の白であり、白が儀礼のそばにいなければシャーロットは儀礼の体から抜けていく。
(だからまともに動けない、なんて)
白は気に負って、必要もない責任を感じてしまうだろうし、優しい儀礼の周囲の人間達に、心配をかけてしまう。
(研究に没頭して、部屋から出てこない。それが僕らしいしなあ)
幸い、儀礼には働かなくても十分暮らしてゆけるお金もあるし、家の事をやってくれる人もいる。
「それだけなのか? それで歩けなくなるほど疲れたりするのか?!」
獅子は眼光を緩めていない。
「どうせ、僕は体力ないよ」
いじけたように、儀礼はテーブルの上を人差し指で引っ掻く。
余りに哀愁を垂れ流す儀礼に、獅子は納得はいかないものの、心配させまいとする儀礼の気持ちを尊重し、追求を飲み込む事にした。
本当に具合が悪い時には、誰彼構わずそばに引き止める儀礼だ。その様子がないなら大丈夫だろう、と獅子は話を切り替える。
「今日は花見するんだ。シャーロと拓も来るってさ。礼一さんとエリさんと愛里も来るって。あとは道場のちびどもな。おまえも参加しろ。しばらく会ってないってシャーロもエリさんも言ってたぞ。顔くらい出せよ」
食事をしながら言う獅子に、儀礼は食べながら黙って聞いているようだ。
「まあ、いいわね。天気もいいしゆっくりしてらっしゃいな。そしたら私も儀礼さんのお部屋綺麗にしますから」
にこにこ顔でおばさんが言う。
「んー、わかったよ。顔出すだけな」
少し迷ってから儀礼は答えた。
朝食を終えると、獅子と儀礼は懐かしい学校へと向かう。
校庭は村人達の集まる花見ポイントだ。
儀礼は、それほど距離もないのに車で校庭に乗り入れた。
「お前なあ、校庭に車止めたら邪魔だろ、外に止めろよ」
ここまで車に並走してきた獅子がそう言うと、儀礼は早々とビニールシートに寝転がり、車に向かって声を出す。
「愛華、外で待っててね」
ふわりと暖かい風が流れた。
Subject:花見3
Date:Wed, 13 Feb 2008 10:55:51 +0900
儀礼の車はピッと電子音を発して動き出す。
人にぶつからないようちゃんと避け、門の外で止まる。
いつ見ても、無人の車とは思えない動きをする。
「儀礼君、そんなに調子悪いの?」
力なく寝転がった儀礼に、先に来ていた利香が心配そうに儀礼の顔を覗き込む。
「大丈夫だよ、眠いだけ。昨日遅くまで起きてたから」
微笑みながら儀礼は返す。
「利香ちゃんは大丈夫なの? 5月だっけ、待ち遠しいね」
利香の大きくなったお腹を見て、儀礼は優しく笑う。
その笑顔に安心したように利香も笑い返した。
「うん、順調に育ってるよ」
お腹を撫でながら利香が答える。
それから儀礼は空を見上げ、突然はっとしたように目を見開いた。
青い空に、白に近いピンクが埋めつくさんばかりに広がっている。
「桜か!」
今気付くまで、儀礼は淡い色合いから、今日は雲が多いななんてばかなことを思っていたのだ。
「何、今更。まさか儀礼君、桜に気付いてなかったの?」
冗談だと思ったのか楽しげに笑う利香。
儀礼は瞳に意識を集中させた。ぼやけた景色が、だんだんとはっきりしてきて空の水色と桜の鮮やかな色合いが映し出される。
さらに儀礼は右目をつぶった。
左の青い瞳は、枝から枝へ舞うように飛ぶ桜の精たちを捉える。華やかさにひかれてか、様々な精霊達も楽しそうに飛び回っている。
「綺麗だね」
自然の生み出す美しさに、目を奪われたまま儀礼は呟いた。
「うん、咲いてる桜も風に乗って降ってくる花びらも、綺麗だよね」
「そんなのつけてるから見えないんだろ、はずせよ」
獅子が儀礼の色つきの眼鏡をとりあげる。
「うわっ!」
阻止は間に合わず、眩しい光が儀礼の世界を鮮やかにする。
久しぶりに見る世界の色に、儀礼は両目を開いた。
獅子と利香が驚いた様子で儀礼の顔を覗き込む。
「儀礼君、目、どうしたの?」
片方だけ茶色く、片方が深い青の儀礼の瞳を見て二人は首を傾げている。
儀礼はあわてて右目を押さえる。
「どうもしないよ。精霊って不安定だからたまにこうなるんだ。目立つだろ、眼鏡返してよ」
獅子に手を伸ばすが、獅子は儀礼の眼鏡をポケットに入れてしまった。
儀礼は寝転がったまま視線だけで不満を訴える。
「……お前さ、俺らのために嘘ついてんの? 自分のために嘘ついてんの?」
獅子は真っ直ぐに視線を返していた。
(嘘を吐いているのは前提らしい)
獅子の言葉に儀礼は目を反らさぬように一瞬考える。
「自分で解決したいんだ」
獅子の目を見て真剣に、儀礼は今の気持ちを答えた。
ワー! キャー!
遠くから、子供のはしゃぐような声が聞こえて来た。
「ちびどもが来たか」
獅子が呟く。
その言葉通りに、獅子倉の道場に通う子供達が十数人、年齢もまちまちにやってくる。
1番後ろからは獅子の両親である重気とかなえが、ゆっくりと歩いてきていた。
「あ、儀礼君だ!」
見知った顔が走り込んでくる。
(やばい)
と思うが遅かった。
走る勢いに任せ、最後は地面を踏み切る子供達の足。ドスン、と重い衝撃が儀礼の腹に落ちる。
「ぐぅっ」
呻く儀礼。
「こらこらオマエラ、今日は儀礼は調子悪いから構うな」
しっしっと獅子が悪ガキどもを追い払う。
「はーい、師匠」
と獅子に答え、子供達は素直に儀礼の上から降りていった。
それでも儀礼はまだ呻いていた。腹に受けた衝撃が大きすぎたのか、目に涙が浮かんでいる。
「くそっ、効いた」
寝返りすら打てない。
「寝てると餌食だぞ。とりあえず起きとけ」
獅子が儀礼の腕を掴み体を起き上がらせる。その体に、抵抗感も起き上がろうとする力もまるでないのに気付く。
「儀礼?」
訝しむように儀礼の顔を覗いた獅子は、酷く顔色が悪い事に気が付いた。
「どうした!?」
慌てる獅子に儀礼は小さな声で答える。
「大丈夫。油断してたとこにやられたから、効いただけ。すぐ治まる」
しかし、そう言う儀礼の眉間には皺が寄り、瞼は固く閉じて開かない。
「病院行くぞ」
儀礼の腕を強く握った獅子の声は、怒っているようだった。
Subject:花見4
Date:Wed, 13 Feb 2008 10:56:54 +0900
「獅子~」
困ったような、甘えたような儀礼の声には緊迫感がない。
「大丈夫だって、ほらもう落ち着いた」
儀礼は、獅子の体を押し、距離を取ると自分で立ち上がる。
にっこりと、余裕を持って微笑んで見せる。
しかし、「うっ」と、再び呻き、儀礼は体を屈めた。痛むのか、右目を強く押さえている。
「っ、シャーロット」
ぽつりと呟くと、儀礼は左目で周囲を見回した。
「どうしたの、儀礼君」
心配そうな利香が、何故か儀礼の隣で涙ぐんでいる。
「平気、びっくりしただけ」
そういうと、儀礼は体を起こし、にぃっと笑う。
「全快だよ」
そう言った儀礼の瞳は両方とも深い青に変わっていた。
「シシー! リカー!」
元気そうな声と共に、校門の方から白と拓が歩いてきている。
「わあ、ギレイ君だ!」
儀礼に気付くと、白はパタパタと走り出した。
「白、久しぶり。元気だった? 拓にひどいことされてない?」
パチンと手を打ち合うと儀礼と白は笑い合った。背の違いはあれど、相変わらずよく似た姿の二人だ。
「いい加減、白って呼ぶな! 彼女の名はシャーロットだ」
ゴン、と後から来た拓が儀礼の頭を殴る。
「痛いよ、拓ちゃん。白のことは殴ってないだろうな」
儀礼が睨むと、拓は少し困ったような顔をする。
「するわけないだろ。お前はいつになったら俺を信用するんだ」
「拓ちゃんが会う度に殴らなくなったら」
ふん、と儀礼はそっぽを向く。
「ガキ……」
呆れた顔の拓。
「拓兄さん、今日は儀礼君、体悪いから叩いちゃいけないんだよ!」
走り回っていた子供達が来て、拓の服を引っ張る。
「遊んでー」「戦おー」と子供達。
「どっか悪いの? ギレイ君」
心配そうな顔になる白に儀礼は極上の笑みで返す。
「眠いだけ。もう治ったよ、白に会えたからね」
ボッと、音の聞こえそうな勢いで顔を赤くする白と利香含めた女の子達に、周囲がざわっと殺気立つ。
「こら、人の妻を惑わすな!」
拓は儀礼の肩を肘置きがわりにしつつ、肘に体重を乗せていく。
「重い。弟っ、妹に言う位いいだろ」
「妹じゃないだろうが」
「従妹だろ同じようなもんだ」
いつものように言い合いになる二人に、周囲の気も緩んでいく。
儀礼の体調を気遣ってか、殴り合いにならないのはとても珍しい光景だったが。
「儀礼君が起きたー!」
子供達が跳ねて喜んでいる。
「ねぇ、またなんか見せてよ!」「なんかやって!」
儀礼は、色んな色の火を出したり、虹を作ったり、おもちゃを作ったりと、子供達には人気がある。特に、女の子からのアプローチはすごい。
「ごめんね、僕には愛華がいるから」
と笑顔で躱す儀礼に、大人達は言いたい。それは車だと。
男の子達からは、儀礼がいつも拓や獅子に殴られている所を見られているせいか、何故か不意打ちを喰らったり、突然に敵役を振られる事が多い。
それに白やエリには「金の髪と青い瞳綺麗!」なのに、儀礼には何故か「不気味~」とくる。
(この違いって何かなあ)
そう思っても、苦笑一つで許せる程度にしか儀礼は気にしていない。
悪口を言っても、叩いても、いじけはしても、相手をしてくれる上に本気で怒らない儀礼が、子供達に好かれていることを本人は気付いていない。
何より、その優しい笑顔が老若男女問わずにシエン村の人々を虜にしているのだ。
「お兄ちゃんだー!」
幼い声を上げ、金の髪に黒い瞳の少女が儀礼の足元に走り込んで来た。
「愛里~!! 大きくなったね、元気か?」
妹の姿に儀礼は顔を綻ばせる。
彼は絶対にシスコンダと、周囲の人々は認識している。「嫁にはやらない」とか言い出すタイプだよな、とか言われれば誰もが頷くだろう。
その儀礼は愛里を抱き上げて、小さなほっぺたに頬擦りをしている。
「愛里、もうすぐ3歳だよな、おめでとう」
ぎゅーっと小さな体を抱きしめる。
「あのね、あと、2回寝たらあいり3歳」
たどたどしく言う姿はなんとも可愛らしい。それにぷくぷくの手はちゃんと3の形を表せていない。
「愛里、早いよ父さんと母さんを置いていくな」
穏やかに笑いながら礼一が来る。
「父さん、久しぶり。ごめんね、なかなか帰らないで。元気だった?」
Subject:花見5
Date:Wed, 13 Feb 2008 10:57:25 +0900
儀礼の言葉に苦笑する礼一。
「自分の誕生日にも帰ってこないで、母さんも心配してたんだぞ。ちゃんとやってるのか?」
「はは、ごめんね。一応やってるよ」
引きつった笑顔の儀礼。礼一が撫でるように儀礼の頭に手を置く。
「団居先生、儀礼ちゃんとやってないよ。今日も倒れてた」
いたずら顔で言い付ける獅子に、儀礼の頭上の手に力が入っていく気がする。
「儀礼、本当か? 父さんに嘘つくのかお前は。そんな子に育てた覚えはないぞ」
笑顔のまま瞳の笑ってない父は怖い。小さい頃から世話になりっぱなしの儀礼は頭があがらない。
「やってるって。そりゃ、たまに夜更かしもするけど。千穂さんがいるから無茶はしてないって」
儀礼の言葉に礼一は強く頭をなでる。
「無理するなよ。いつでも帰って来ていいんだからな。その方が、愛里もエリも喜ぶんだ」
「うん。今度からちゃんと顔出すよ」
儀礼が言った。それは何か決意した顔でもある。
「儀礼」
ふわりと、エリが儀礼を抱きしめる。
儀礼に、白によく似た母親。暖かい優しさが儀礼を包む。
「母さん。心配かけてごめんね」
儀礼の体の中で、精霊エリザベスが力を増すのがわかる。それはもとはエリの守護精霊だったからこそだ。今は儀礼の魂を繋ぎ止める契約精霊。
それと儀礼の中にはもう一体、所在に揺れる守護精霊シャーロットがいる。
こちらは今も白の守護精霊で、本来は白を守るためだけに存在している。
白のために死にかけた儀礼を助けるために、白の願いに答えて儀礼を助けてくれているのだ。
もちろん、それは存在を越えた働きで、白が儀礼のことを想っている限りは万全の力を儀礼に送れるが、そうでない時、基本的に精霊は白のもとに戻り、儀礼は体をまともに維持できなくなる。
それを儀礼は誰にも言わない。
自分の力が足りないばかりに、精霊シャーロットとの契約ができなかったからだ。
もっとも本来、守護精霊一体と契約できるだけでも超人的なのだが、儀礼はそこに気付いていない。
自力でなんとかしようと、日々精霊相手に自分の体を使い、研究している。
主に、自分の体の中に精霊を入れて、体を動かす補助にするのだ。
だが、王族の守護精霊になるほど強い精霊はそうそういないし、いたとしても協力はしてくれないだろう。
今、儀礼の身の周りで1番強い精霊は、いつも儀礼のそばにいた火の精霊フィオで、彼を憑けるとある程度は活動できるようになる。
ただし、瞳は茶から朱に変わり、持っている書類を焦がしてしまったりという副作用が存在する。
そして、やはりフィオでも長時間儀礼の体を保つことはできない。ちなみに、フィオは、エリと礼一が出会ったときに笑い転げていたあの精霊である。獅子の怒気に対抗してるうちにだんだんと成長して位を上げていったのだ。
(ま、一度は死んだんだから仕方ないよな)
儀礼はそう思っている。
例え、本当に死んだとしても、『水光源』の世話にはなりたくないとも。
「愛里の誕生日にはプレゼント持って帰るから」
笑って言う儀礼に安心したように微笑みを返すエリ。
「そうだ、お前、教師やらないか?」
唐突に言い出した礼一に、儀礼はキョトンと瞬きをする。
「え?」
「いいぞ、教師は。毎日子供ら見れるし、休みはあるし」
礼一は続ける。
「……」
それをただ見守る儀礼。
「お前は子供好きだし、頭いいし、絶対むいてる!」
言い切る礼一。
「父さん、今年も新しい人来なかったの?」
もはや呆れたように言う儀礼。
「う……、助けると思って、やってくれ儀礼」
父が儀礼の両肩に手をかけ頭を下げる。
シエン村には学校が一つ。教師は3人。一クラス3学年。
Subject:花見6
Date:Wed, 13 Feb 2008 10:57:54 +0900
とても良くはない状況だ。
毎年、町や教育科に申請を出すが、こんな田舎に来てくれる教師はなかなかいない。
礼一とエリが教師になる前は学校すら、町に行かなければなかった。
「考えてみるよ」
(今の体のままではできない)
そう思いながらも、父の頼みを無下にはできない。儀礼は悩みながら頷いた。
それから、しばし、食事や酒と子供達の声や話に花を咲かせる。
楽しい時間が続く中、儀礼はそっとその場を離れる。
校庭を出て森に少し入ると、周りには人がいなくなった。
「ふぅ」
儀礼は息をつく。しばらく静かな環境になれてしまっていたので、久しぶりにこの騒ぎは疲れる。
近くの桜の木に手をかけた時だった。
「退屈か?」
すぐそばで、低いけれど、穏やかな声がした。
「重気さん」
儀礼は振り返って声の主を見る。
「お前には感謝している」
頭上の桜の花を見ながら重気が言った。
黒鬼とまで言われた彼からは不似合いなその様子に儀礼は首を傾げる。
「僕は何もしてませんよ?」
そんな儀礼を見て、重気は旅から帰った時の彼らを思い出す。
重気は旅の過酷さを知っている。ましてや武に身を置く者ならば、必ずや通る道がある。戦い、人を傷つけ、そして。いつしか命を奪うこと。
重気はそうして生きてきた。だからそれを否定しないし、当然のことだと思っている。
今回旅に出て、息子の獅子倉了はそれを背負って帰ってくるだろうと思っていた。
だが、実際にそれを背負ってきたのは儀礼だった。それでも獅子はたしかに、それを背負う覚悟も心構えもできて帰って来た。
自分でその重みを持たずとも、その重みをしっかりと感じとっていたのだ。
そして儀礼は、その重みをしりながら、それを一切他人に感じさせていない。無視しているのでも、冷淡になったのでもなく。確かなその重みを受け止め、消化し、穏やかに体の中に包み込んでいる。
誰にでもできることではなく、さらにはできた人間がいるのかどうかもしらない。
「それでも、だ。お前がお前であることに俺は意味があると思う」
息子が背負うはずのものを、儀礼が代わりに背負って来た。その中身と重さをしっかりと獅子の心に刻み付けて。
「俺にできないことを儀礼、お前がした。俺はお前を尊敬するよ」
真摯に見つめる重気に、儀礼はさらに困惑する。何か重要なことを重気が言っているのはわかるが、何を示しているかがわからない。ましてや、世界の大物に尊敬するなどと言われてしまったのでは、心が浮ついてしまう。
「重気さんのが僕にできないことたくさんしてるじゃないですか。犯罪組織壊滅させたり、ランクAの魔物倒したり。あんなにたくさんの子供達を面倒見たり」
重気の道場にいる子供達。もちろん、この村の子供や、重気を慕ってきた人の子供もいるが、戦災や、魔物に襲われ孤児になった子を数人、引き取って育てている。
「あれの一因は俺にもあるからだ。それに、見てるのはかなえだしなぁ」
照れているのか、桜の木を見上げ、儀礼から視線を逸らした重気。
滅多に見る事のない光景になんだか得した気分になり、儀礼の顔に自然と笑みがもれる。
「それだ。お前はそのままでいろ」
ポンポンと少し強い力で儀礼の頭を叩き、重気は校庭へ戻っていく。
「なんだったんだろう」
撫でられた頭を押さえ、けれど悪い気はしない。
火の精霊が不思議そうに、去っていく重気の後ろ姿を見ている。ね、と儀礼は精霊と首を傾げ合った。
「こんなとこにいたのか」
重気が去ったのとは別の方向から獅子がやってきた。
「獅子はどうしたの?」
「お前探しに来たんだろ。またどっかで倒れてんじゃないかと思って」
怒っているように言う獅子。
獅子の怒気に挑むように炎を纏うのは、火の精霊フィオ。
Subject:花見7
Date:Wed, 13 Feb 2008 10:58:25 +0900
フィオの火の粉が儀礼の肌を焦がす。
苦笑すると儀礼はさりげなく火の精霊フィオを指で押し、体と距離を作る。
次に獅子に向き直って、微笑んだ。
「今は本当に平気だよ。なんなら確認する?」
いたずらっぽく笑うと儀礼は獅子に向かって走り出した。
「お! 久々だな」
にやりと笑うと獅子は、走り込んでくる儀礼の手刀を下にかわす。そのまましゃがみこみ片手を軸にし、儀礼に足払いをかける。儀礼は頭から後ろに跳び両手で地を突き離して獅子と距離を置く。
いつになく身軽な儀礼。
「今日は重りがないから」
獅子の疑問に気付いたのか、儀礼が服をつまみ言った。
「ああ、なんも持ってないのか。どうりで動きが違うと思った」
以前は服にいろいろ仕込んでいた儀礼だが、さすがに調子が悪くて、20キロほどある重い服は負担にしかならないのででやめていた。
儀礼から獅子に打ち込んでゆく。余裕の様相でかわしてゆく獅子。
たまに獅子が軽く打ち合わせてくる。それはまるで儀礼に稽古をつけているようだった。
そのまま10分ほど打ち合い、当然の如く儀礼が根をあげた。
「はぁ~! さすがにもう無理。やっぱり体力落ちてるな」
はぁ、はぁ、と苦しそうに息をつきながら儀礼が言う。
「たまにはうちに来て遊んでけよ。ちびどもにもいい影響になる。お前の戦い方は俺とも親父とも違うからな」
満足したようすで獅子が言う。あれだけやって息が上がってないのだから、やはり儀礼は子供扱いだろう。
「獅子は教えるのうまいよね。ちゃんと相手に合わせてさ」
桜の木に背中をあずけ、仰ぎぎみに儀礼は言う。
「ま、儀礼のおかげかな。最初の弟子だし?」
笑う獅子。
「何、それ。まだ有効なの? その設定。重気さんもいまだに僕のこと門下生扱いしてくれるしね」
嬉しそうに笑い、木に背中を滑らせて座り込む儀礼。
「まじでお前、ちゃんとやれば強くなると思うんだけどな。その気はないんだろ?」
目の前まで歩いて来た獅子に儀礼は頷く。
「ないよ。僕は研究者のが向いてるからね」
すぐ前の獅子を見上げて儀礼は笑う。
「教師になれよ、儀礼。絶対向いてるって。子供らも喜ぶぜ」
儀礼の目を見る獅子は真剣で、優しかった。
いろいろ心配かけてたらしい。
「シャーロは? 白のが向いてるんじゃない? 子供好きだし、学があるし」
「あれ、聞いてないのか? シャーロも4月から先生だぞ。マクロ先生が今年で引退したから」
獅子が言った言葉に儀礼が驚く。
確かに、マクロ先生は儀礼達が学生の頃からすでに歳だった。儀礼の祖父、修一郎のかわりに町から来てくれた先生だ。
「そっか、マクロ先生やめちゃったんだ。で、白が教師……」
いつの間にか世界が動いている。いくら儀礼が研究室にこもっていても。
「やれよ、儀礼。お前の夢が叶ったからって、人生終わったわけじゃないだろ。むしろこれからだし」
しゃがんで、儀礼に視線を合わせる獅子は兄の様な顔をしていた。
「獅子に諭されるとは思わなかったな」
苦笑する儀礼に笑う獅子。
この二日後、愛里の誕生日プレゼントを持ち、実家に訪れた儀礼は、父礼一に教師になることを告げる。
ちなみに、白が教師になったため、学校に行けば毎日会える事になり、儀礼の体調は心配なくなった。
それでも、それからしばらく後、儀礼は身体を動かす補助を精霊シャーロットがしている事を、周囲に打ち明けることになる。
守護精霊シャーロットが、現れたり消えたりしていた謎がわかり納得する白。そして、
「何故言わなかったんだ!」
と怒る獅子に
「知ったら拓ちゃん、白連れて引っ越すだろ」
等と答える儀礼。
頭に汗をたらしている拓は図星らしい。
ひと騒動あるのはそう、何ヶ月か後の話。
白が産休に入った頃の事だった。
読んでいただきありがとうございます。
この話で「ギレイの旅 番外編」を完結とさせていただきます。
お付き合いくださりありがとうございます。




