シエンの戦士
数百年の昔。
ドルエド国は、隣接する国家同盟に攻められ窮地に陥っていた。
その時すでに各領主は、それぞれ逃げ出したり、寝返ったりしていた。
城に篭り、側近の数人でドルエド国王を守っている状況だった。
そこへ、寝返った領主たちが攻め込んでくる、という報せが届いた。
ドルエド国王は「もうだめだろう」と、諦めを浮かべていた。
周囲の国をまとめ大国とまで呼ばれたドルエドも、またさらに強大となった国々に負けていくのだろう。
(仲間内に裏切られるような国では、どこからも助けなど来ないだろう)
「滅びるべき国だったのかもしれん」
いくつもの小国を吸収し膨れ上がった大国は、内部を治めることができず、いずれにしろ自壊していたかもしれない。
死を決意したドルエド国王と、最後まで共を誓う側近達。
「姫だけでも逃してやりたかった」
まだ若い娘に死を選ばせる。それは何より国王を苦しめた。
「私も共にドルエドの王族として死にましょう。その覚悟は生まれた時よりできています」
涙を流しながらも、国王を気遣い微笑みを浮かべる気丈な娘。王城内は死への荘厳とした空気が満ちていた。
わあぁぁぁ!!!
戦の声が上がった。これが最期になる。
国王達は城外の様子を眺めた。広いドルエドの土地。それが今全て敵地となった。
だがその窮地に、城の外から助けは来た。
馬に乗り武器を持った戦士の数はわずかに、五十。
ドルエド城を取り囲む敵は二千を超える。
しかし、その黒髪の集団は、ひるむことなく突っ込み、次々と敵を蹴散らしてゆく。圧倒的な強さ。
鍛えあげられ、訓練された統率力。
やがて、ほとんどの敵を散らしたところでリーダーらしき男が王の前へとやってきた。
「遅くなり、申し訳ございません。ご無事で何よりです。我らはシエンの戦士。かつての忠誠の元参じました」
ひざまずくリーダーに、次々と従う黒髪の戦士たち。
ドルエド国王はその姿に感服した。
多くの領主が反覆する中、古い約束のもとに助けにきた民。
多くのドルエド人からは種族が違うと、はじき者にされていたのに。
「そなた、名は何という?」
「シエンの玉城たましろでございます」
玉城、それはかつてのシエン王の名。
「そなたにシエンの領主を任ずる。また、貴族の位を与え、我が娘を娶らせよう」
それはドルエド国王からの最大の信頼の証。
「感謝いたします」
玉城は深々と頭を下げる。
「そして、ここに来た者達を騎士と認めよう」
黒髪の戦士達が一斉に頭を下げる。
それに満足し、王はさらに言った。
「そなたらはわたしの護衛として、王都で暮らすがよい。いくらでも贅沢をさせてやる」
しかし、玉城は首を振った。
「我らはドルエドの騎士にして、シエンの戦士。シエンの村に帰ります。 危急の際はいつでも、風の一陣になりはせ参じましょう」
彼らの働きから国王はそれを許した。
彼らはシエンの民だ。だからこそ、古い約束を守りドルエド国王を守りに来た。
その誇りを奪ってはならない。
そう思ったのだ。
そして時代は進み、近代的となったドルエド王城内、ドルエド国王の前には二人の男がいた。
男といっても、どちらもまだ若い。
一人は学者風で、細身の十八、九歳。
もう一人は大柄で、いかにも武人といった感じで、二十代前半。
この二人は、危うく隣国アルバドリスクとドルエドの大戦になるのを防いだのだ。
「どうだ? 最高の位とどんな物でも好きな褒美をやるぞ、私の側近となりこの王宮で暮らさんか?」
国王は優しい様子で二人に言った。
二人の男は互いに顔を見合わせると、突然、笑った。
「ふっ、はは」
「わっはっはっは」
そして、二人同時に国王に向き直る。
「お心は大変感謝いたします、ドルエド国王。しかし、我らには過ぎたもの」
学者風の男が言うと、今度は二人そろって口を開く。
「我らはドルエドの騎士にして、シエンの戦士。シエンの村に帰ります」
二人は深く頭を下げると、王の間を去って行った。
「くっくっくっく」
国王は笑っていた。
「歴史書につけよ。シエンの戦士は現在にも続いている、とな」
ドルエド国王はたいそう、愉快そうだった。




