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ギレイの旅 番外編  作者: 千夜
いち
31/52

儀礼が赤い髪の冒険者、ムーウェンさんを騙しちゃった 件

「ギレイの旅」7章『管理局ライセンス』直後の話です。

 儀礼がクリームに言い負かされた後のこと、研究室の扉がノックされた。


「はい。」

借主の儀礼が出れば、そこにいたのは赤い髪の冒険者。

獅子と共に『ヒガの殺人鬼』と戦った冒険者だが、儀礼はその戦闘に立ち会っていないので、面識はない。


「どなたですか?」

首を傾げて儀礼は尋ねる。

男は一瞬、戸惑ったように顔を赤くし、言葉を探す。

用があって来たはずなのに、と出て来ない声に慌てる。


「あ。さっきはありがとうございました、ムーウェンさん!」

獅子が、赤い髪の男に気付いて扉の前まで来て言う。

「儀礼、手を貸してくれた人だ。」

獅子の説明を聞き、儀礼は真っ直ぐに男に向き直る。

「そうなんだ。ありがとうございます。」

儀礼も頭を下げる。たった今、獅子を部下だと認識したところだ、おかしなことはないだろう。


「それよりも、ここにさっきの犯人を運び込んだって聞いた。どうするつもりなんだ?」

ムーウェンは視線を鋭くして部屋の中を見ようとする。

ヒガのいる簡易ベッドは部屋の奥にあるので、扉に一歩入らなければ内開きの扉が邪魔になって見えないはずだ。

「こちらで対処します。町の復興は責任を持って手を貸しますので、どうかご理解ください。」

儀礼は真剣な顔でムーウェンに伝える。


 クリームたちも獅子の後ろに並んで立っている。

一緒に戦ったメンバーがいることに、ムーウェンは少し安堵したようだった。

「あなたは?」

儀礼が誰であるのかを、ムーウェンが問う。

町を破壊した男の身柄を預かっている人間だ、気にするだろう。


 儀礼は一瞬考えるように自分の唇に指をあてる。

唇を撫でるその指の動きを、思わず目で追っていて、ムーウェンは焦ったように視線を逸らせた。

そんな些細な仕草など気にも留めず、儀礼は色付きの眼鏡を外す。


「黒獅子と共にいて、金髪、茶色い目、白い衣。お分かりいただけますでしょうか?」


意味深な笑みを浮かべて儀礼は男に問いかける。

ムーウェンの顔色が変わった。若干、青ざめたものに。


「今回は、私の部下が大変なご迷惑をおかけしました。多大な協力に深く感謝いたします。町への補償は可能な限りいたします。今回の落ち度は完全に当方にあります。」

儀礼が言えば、男は片眉を大きく上げ、いぶかしむように儀礼を見る。

「今回の事件は黒獅子を恨んでいる男の犯行だ。それに『蜃気楼』がどう関わっていると言うんだ。」

それから、男は少し儀礼から視線を逸らした。

「町長は頼りにならないし、ホリングワースの奴は連絡が取れないし。」

いらいらとしたようにムーウェンは言う。


 儀礼は体の緊張を必死でなだめる。

ホリングワースと言う名は聞いた気がした。儀礼が蹴り倒した男のことだ。

「ホリングワースさんはそのうち帰って来ると言う話ですよね、クガイさん。」

儀礼は後ろに立っているクガイに問いかける。

「ああ。実権を握る父親を引き摺り下ろして、当主になると言っていた。一週間もすればまとまるだろう。」

笑うようにクガイは言った。

「……え、それ僕、聞いてない。何でそんなことに。」

儀礼は頬を引きつらせる。


「バカ息子が実権を持つって? 大丈夫なのか?」

心配そうに眉をしかめるムーウェン。

「ダメ親父よりは見込みがありそうだったぞ。色々と人生を考え直したようだったしな。」

何か楽しそうにクガイは語る。

「そうか。お前には二度も治療をしてもらったんだったな。あらためて礼を言う。俺はムーウェン、感謝する。」

近付いてきたクガイに手を差し出し、ムーウェンは言った。

クガイはちょっと意外そうな顔でその差し出された手を見た。


「はい、こうでしょ。」

儀礼はクガイが何かを言う前に、その手を握らせ握手させる。

ここでその手を払い、これ以上やっかいなことになったらどうするのか、と。

「ああ、すまない。俺はクガイだ。いつも裏方にいたんでな。表の挨拶に慣れていないようだ。」

自分が呆けていたことに、ようやく気付いたようで、クガイが苦笑しながら言った。

「なるほど。『蜃気楼』の影にいたんですね。それは大変そうだ。」

大きく納得したように頷いて、ムーウェンが言った。


 否定しようとしたクガイを、儀礼は服を引いて黙らせた。

これ以上ややこしくしてくれるな、と。

「あの男も僕が引き取ります。これから手続きをするところですが、今後一切、世間には迷惑をかけさせません。」

儀礼は、はっきりとムーウェンに説明する。


「しかし、あの男は強い! おとなしくしているとはとても思えない。それに、黒獅子を狙っているんだぞ。」

赤い髪の男に真剣に睨まれ、儀礼の目にはうっすらと涙がにじむ。

「いや、おいっ、どーしろって。……話もできないのかよ。」

困ったようにムーウェンは髪をかきむしる。

まさか、世間を騒がせる『Sランク』の人間が、こんな子供だとは思わなかっただろう。


「恨みに関しては、話し合いで解決しました。安全性に関しては私を信用してもらうしかありません。万が一、あの男が今回のような事を起こした時には、責任を持って彼の体内の爆弾を破裂させます。」

言いながら、儀礼はポケットから白い短いボールペンの様な物を取り出して見せた。

「このスイッチを押せば、ドカン、です。」

出っ張った丸っこいボタンに指をかけて、儀礼は言う。

回転式のペンの様に回せばロック解除で、ノック式のペンの様に上を押せば、スイッチONだ。


 男はそのスイッチを見る。

儀礼の言った言葉に、背後にいた者たちには緊張が走る。


((いつの間に仕掛けた。))と。


そして、それをやってしまいそうな少年だからこそ、不安になる。


((真実なのではないか。))と。


 ムーウェンは儀礼の顔と、その手を見比べる。

この話の信憑性を確認しているのだろう。

そして、男は素早く手を伸ばした。

儀礼に避ける暇を与えず、その手の上からスイッチを握り、儀礼の指ごとボタンを押した。


 結果は、何も起こらない。


シーンとした空気が室内を満たす。

クリームたちの安堵と、ムーウェンの怒り。


 しかし、儀礼は笑う。

「……3、2、1。」


 ヒューー!

という甲高い音が外から聞こえてきた。


 ドーーン! ヒューーン、ドドーーン!!


次々と、昼の空に花火が打ち上がる。

その鮮やかな花に咲き終わる気配がない。

「あーあ。新年には早いですよ。」

窓の外に打ち上がる花火を見て、儀礼はくすくすと笑う。

いたずらが成功した子供のような、けれど、相手を飲み込むような深淵な笑み。


「騙したな。」

低い声でムーウェンが儀礼を威圧する。

信用されなければならない場面で、儀礼は相手を騙した。

これで十分、ヒガの引き渡しの条件になってしまう。

しかし、儀礼はさらに口端を上げた。

「これが、その男の起爆スイッチ。こっちが、あなたの押したボタン。」

儀礼は左手を開いて白いスイッチを見せる。

右手で握っていたのは、いつの間にか筒の赤いボタンに替わっていた。


「ここで押せば、室内の者も私も、無事では済みません。そんな物をやすやすと人目にさらすと思いますか? 今の様な例もありますので。」

くすりと儀礼は意地悪く笑ってみせる。

「でも、どうなんだろうね。鍛えられた人間って、内部も強くなるのかな? 体内で爆発させたらどうなるんだろうね?」

くすくすと儀礼は笑い続ける。

楽しそうな笑いなのに、その瞳は真剣で、深い思慮がめぐっているのを読み取れる。

ムーウェンはその笑みに何か、薄ら寒いものを感じた。


 ゴンッ!

「いつまでもふざけてんじゃ、ねぇ。」

楽しそうに笑っていた儀礼の頭を、獅子がはたいた。

「いたい。」

不満そうに儀礼は頬を膨らませる。

その一連の動作に、ムーウェンは目を丸くした。


 儀礼を押しのける様に後ろに送り、ムーウェンの前に獅子が進み出る。

「とにかく、その男が暴れることは二度とありません。その前に俺達が必ず止めますから。」

獅子は、周りにいるクガイやクリームを示して、ムーウェンの正面で言った。

真っ直ぐな黒獅子に、ムーウェンは頷く。

「わかった。お前がそう言うなら、任せよう。他の奴にも説明しておく。」

頷いた後、満足そうな笑みを浮かべて、ムーウェンは帰っていった。


「殴ることないじゃん。」

儀礼は目に涙を浮かべて獅子に言う。

「お前があの人のことからかうからだろ。いくらなんでも、趣味が悪い。」

「でも、あの人。ヒガさん殺そうとした……。」

目に涙を溜めたまま、儀礼は言う。


「お前の言ってるのがはったりだってわかったんだろ。だから押した。」

儀礼を睨むように獅子は言う。

「獅子、止めなかった。」

瞳を伏せて、儀礼は言う。

「お前が、人間の体にそんなことするわけないだろ。考えるのは、まぁ、じゃっかん本気っぽいけど?」

頬を引きつらせながらも、獅子は笑う。

「……もうちょい、非道っぽさが必要か。」

あごに手を当て、儀礼はぶつぶつと何かを考え始める。


「ああ、これだめだ。しばらく帰って来ねぇ。」

困ったように獅子は儀礼を見捨てる。

「それで、これからどうする? 解散でいいなら俺、外の片付け手伝ってくるぞ。」

窓から外をのぞき、たくさんの人が花火に気付いて外に出ているのが見えた。

その人たちが、荒れた町の様子に気付く。

人が、人を呼んで、参加する者が増える。


 今の花火は十分に町の人の気を引いた。外の様子を気付かせた。

無関心でいた者も、思わず外に出てしまうような、空を彩るたくさんの花火。

「どこまでが、あいつの考えだと思う?」

ぽつりと、クリームは言った。その目は、思考に落ちたままの儀礼に向けられていた。

「どこまでが、あいつの考えた未来なんだろうな。花火を打ち上げたら、人の気をひける。だが、それには打ち上げる準備をしてなきゃだめだろ? いつでも打ち上げられるようにしてたなら、なんで、あのタイミングで他の人間に押させた?」

眉をしかめ、必死に知恵を搾り出そうとしているかのようなクリームの表情。

「あんま考えてないんじゃねぇ? 絶対、いたずら気分だぜ。怒られるのが嫌だから、人のせいに出来る状況を作ってんだ。」

ぶつぶつと唱え続ける友人を見て、獅子は笑う。


「……ようするに、がきか?」

「ガキだ。」

クリームの問いかけに、獅子は頷く。


「俺の体に爆弾があるのか?」

ベッドに寝たままの、動けない男が問う。

「ない。」

獅子は即答する。

「そんなもん、仕掛ける時間なんてなかった。怪しい奴がいたらしいから、俺たち全員、儀礼の動きには注意してた。」

「それなら、あの花火も仕掛ける時間はなかったのではないか?」

花火の消えた空に視線を動かし、ヒガは言う。

「あれは元から儀礼の車についてる。」

笑うように獅子は言う。


「本当にやばいボタンには、透明なカバーがついてるんだ。それは間違っても押したらダメだ。いたずらでもダメだ。絶対な。」

言いながら、獅子は冷や汗を浮かせている。

「押したのか?」

クリームが聞く。

「本っ気でやばかった。」

ふしんな動きをする心臓を、蒼い顔で獅子は押さえた。

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