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ギレイの旅 番外編  作者: 千夜
いち
26/52

危険な図書室

 シエン村の学校に図書室ができてから数日が経った。

儀礼はこの日も、本の整理を終えた後、誰も居ない図書室で好きなだけ読書の時間を満喫していた。

もともと、体を動かすのが好きなシエンの子供たち、図書室でじっと本を読むことは授業時間以外では耐えられなかったらしい。

読みたい子も、ほとんどが借りていって家で読む。

放課後に、学校に残ってまで本を読むのは儀礼ぐらいだったということだ。

誰もいない、日当たりのいい2階の図書室で、儀礼は出窓に腰掛けて本を読む。

本の白いページに日の光が反射して目が焼けるようだったが、なぜだかそれがくすぐったいほど嬉しくて、儀礼はそのまま何冊もの本を読み進めていた。


 しばらくして、図書室に利香が入ってきた。

校庭でボール遊びを始めた獅子達を待っている間、時間を潰そうと思って、利香はできたばかりの図書室を覗いてみることにしたのだ。

明るい光の差す暖かい空間、新しい木のにおい。わずかに通う春のそよ風。

そこは、利香にとって、とても素敵な場所に見えた。

本を読むことすらもったいないと感じるほど、その室内の雰囲気をもっと味わっていたいと思えた。

誰もいない、一人だけの特別な……。

しかし、そう思った利香の目に、先客がいた事が判明した。

出窓に腰掛けて本を読む見知った少年が一人。

まるで、美しい空間に溶け込んでいたかのように気配を感じなかった少年に、利香は驚く。

金色の光の差す窓辺に、レースのカーテンがふわりと揺れて、少年の背中に白い翼を想像させた。


 少年、儀礼に利香が入ってきたことに気付く様子はない。

儀礼の目がじっと見つめる膝の上で、次々と本のページがめくられていく。

時間を潰しに来た利香は、その場所を独り占めできなかったことを残念には感じなかった。

仲のいい友達がいた、と思って近寄っていく。

時々妬けてしまう程、利香の大好きな人とも仲のいい友人だけれど、その迷惑そうに歪められる表情に利香は安堵させられてもいた。

もし本当に儀礼が見た目通りの美少女だったなら、利香の心は醜くなっていたかもしれない。

違うからこそ、利香は安心して儀礼の友達でいられた。


「儀礼君、ここに居たんだ。私も了様たちが遊んでるから待ってる間に本を読もうと思って。」

にこにこと、利香は話しかけたが、儀礼からの返事はない。

利香のことを無視しているかのように、同じペースで本のページがめくられていく。

「……儀礼君?」

いつもなら、にっこりとして言葉を返す少年をいぶかしく思いながら、利香は眉をしかめてその顔を覗き込んだ。

そこにあったのは、文字を追う真剣な瞳。

利香は一瞬、射すくめられたような気がした。

いつもにこにこと微笑む幼い顔をした少年の、睨みつける様な、深い思慮の表情。

しかし、睨まれているのは利香ではなかった。儀礼の膝に乗る分厚い本。

それは外国の文字で書かれていて、見たことのある単語を見つけても、すぐにページがめくられてしまい、利香にその本の内容を理解するのは難しかった。


 本を読み解くことを諦め、利香はなんとなく、そのまま儀礼の観察を続けることにした。

視線を引き寄せる大きな目、美しい母親に似た整った顔立ち。

影になっていてもなお、利香たちシエンの村人よりも薄い瞳の色。

弱い日の光でさえも焼けてしまいそうな、陶器のように白い肌。

差し込む太陽の光を透かして、輝いているような金色の髪。

時折ピンク色の唇が小さく動き、利香には聞こえない音を紡いでいた。

ページをめくるのは白くて細い指。その長い指先が、儀礼の祖父の研究室で器用に機械を操る様子を利香は知っていた。

美しい宗教画を眺めているような気分になり、利香はそっと儀礼の隣りに腰掛ける。


 変わらず文字を追い続ける真剣な瞳。聞こえない音をつむぐ柔らかそうな唇。

赤ん坊の肌の様にきれいで、触り心地の良さそうな頬。

気付けば利香の唇が、その白い儀礼の頬に触れていた。

いつの間に、そこまで近付いていたのか、利香自身にもわからなかった。

その状況で、利香の思考は、一度止まった。

ゆっくりと、自分の体を儀礼から引き起こす利香。

自分の行動が、理解できなかった。

利香は今、何をしたのだろうか。

相手は、許婚の了でも、兄でも、赤ん坊でもなく、とっても可愛い女の子のような顔をしてはいるが、同じクラスの、男の子だ。


 しかし、儀礼の目は変わらず、真剣な瞳で膝の上の分厚い本を見つめていた。

「……利香ちゃん。」

ポツリと儀礼の口が動いたので、利香の体は思わず跳ね上がりそうになった。

「いい加減、僕のこと弟扱いするのやめなよ。」

平坦な声で言い、儀礼の手はまた本のページをめくりだす。

「おと、うと」

途切れ、途切れの音で、利香はその言葉を発した。

(弟。)

確かに、利香にとって儀礼という存在にはそれが一番当てはまっていた。

納得したように一人小さく頷いて、利香は窓辺から立ち上がる。

「ふふっ。私も何か本読もうっと。」

ひらりとスカートの裾を揺らして、利香は中学生向けの本が並ぶ棚に走った。


 儀礼はそれを視界の端で見送り、本をめくる手を止めた。

(なんでだろうな。)

クラス一、いや、学校一の美少女に頬にキスされて、嬉しいとか、色めいた感情よりも先に、「獅子と拓に殺される」という恐怖が儀礼の脳裏に浮かんだ。

(僕、どっかおかしいのかな? ……いや、危険回避も生存本能、か。)

はぁ、と深い溜息を吐き、儀礼は温かく、柔らかい感触の残る頬にそっと触れた。


儀礼、後ろ気を付けろ。その窓からは校庭が見える。

校庭では獅子達がボール遊びを……。

大丈夫、儀礼は今、生きている。見られなかったはずだ、きっと。

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