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その試練を耐え、僕らは戦場に行く

作者: クック先生


 遂に俺たちの国は、戦争なんて馬鹿げた事に首を突っ込む破目になった。

 相手は無法者の荒くれ国家だ。俺たちの国の資源や財産を狙っているのだそうな。開戦からこっち、俺たちの国を、いや世界の平和を守れよ若人と、テレビ・ラジオや街頭で著名人や政治家、軍の偉いさん達が声高に叫んでいる。

 別に彼等の為に戦争に行く気はさらさら無い。けれど自分達の国が危機に瀕しているんだ。

「男なら立ち上がるときだろう?」

 そんなジミーの誘いを受け、俺も軍隊とやらへ入隊する事を決めた。

 だが軍隊に入ると言っても、何事も順序と言うモノがある。いきなり素人が銃を持って前線に立つなんて事はありはしない。

 そう、まずは兵士養成学校で二ヶ月間、みっちりと軍人としての基礎を叩き込まれるのだ。

「どうせなら一番厳しい教官の下でしごかれたい」

 俺の提案に、ジミーも他の友人達も、望むところと愛国心に満ちた目で賛同してくれた。

「大丈夫、俺達なら無事卒業して最強の兵士になれるさ!」

 タフさが自慢のジミーはまるで意に介さず、強気に言う。

 だがいざフタを開けてみると、あまりの厳しさと、こんな筈ではという思いに、皆面食らってしまった。


「いいか豚共! 私がお前等蛆虫達の調教師、ナガマツ先任軍曹だ!ここではシャバの甘えた生活は一切出来ない。生物的最下層のお前等に、そんな権利は無いからだ! わかるな?」

「サー・イエス・サー」

「声が小さい! 金玉蹴り上げるぞ!」

「サー・イエス・サー!!」

 俺たちの教官軍曹殿は、年齢的にはまだ若い。だがその迫力たるや、なかなか鬼気迫るものがある。

「ここでの三週間は一分一秒たりと、貴様たちの私有時間はない! お菓子のつまみ食いやお昼寝、マスかきに至るまで全て禁止だ! そんなフニャチン野郎は即刻国に帰ってもらう、判ったなインポ共!」

「サー・イエス・サー!!」

 本当に厳しい教官殿だ、あまり関わりあいたくない。

 そう思った途端、俺は教官殿と目が合ってしまった。きっと教官殿は超能力でもあるのだろう。

「貴様、名前は?」

「サー、ゴロー・ロベルトでありますサー!!」

 俺は腹の底から声を出し答えた。だが教官殿はもっと大きな声で、俺を罵倒する。

「お前のような雌豚が何故私の訓練を受ける。家畜として調教されたい為か?」

「サー・前線へ出て敵を殺す為であります・サー!!」

「お前のような肥溜めに住むオカマ蛆虫がか!!」

「サー・そうであります・サー!!」

「お前はハーフだな。いいか、ハーフてのは概ね粗チンかデカマラのどっちかだ。お前はデカそうだから、今日からお前の名は『キャノン』だ! どうだ、いい名だろ。いいかキャノン、そのデカマラがふにゃふにゃになるまでしごき倒すから覚悟しとけ!」

 次々に繰り出される教官殿の罵詈雑言。30メートル四方のの訓練室内を、静寂と怒号が支配する。

 皆ピリピリと緊張しているのが手に取るように判る。特に右隣にいるマイケル。奴はこう言う類に弱い。次は自分の番ではないかと、落ち着きの無い表情を見せている。きっと心臓を派手にバクバク言わせているに違いない。


 俺達が起きている間は常に、基礎体力作りと軍規の暗唱、身の回りの清掃・整理整頓に費やされる。

 まったくもって私有時間が無い。トイレに行くにも許可が必要だ。ちょっとでも遅いと、教官殿の口汚い罵声と挑発が皆を苦しめる。

 俺はいたって苦にはならなかった。が、同僚達が苦しむ姿を見る時、それがとても苦痛だった。

「俺達なら大丈夫さ、耐えてみせるぜ」

 そう言っていた仲間達も、日に日に弱音を吐いている。

『くそ! もうたまらねぇ』

 ジミーがシャワーの時間に小声で漏らしている。俺だってたまらないさ。

『なぁ、教官殿をやっちまうか?』

 なんて悪い相談も飛び交っている。だがそこは何とか冷静になれと、俺がなだめてまわった。

「誇り高いこの国の軍人になろうと言う者が、そんな恥ずかしい事をしようなんて考えるな」

 それはまるで、自分自身に言っているかのようだ。


 そんなある日、遂に懸念していた事が起こった。そいつはベイビーという渾名の色男だ。ベイビーフェイスだからと教官殿に付けられた名だ。だが奴は渾名の通り堪え性がない。それにその日の教官が、奴を執拗に弄り挑発したのも良くなかった。

「貴様のようなオカマ野郎が一番むかつくんだ!! きっとペニスもあるかないかわからん位のシロモノだろう!! そら、まだ腕立て伏せは百回しか出来てないぞ! 何を寝ている、さっさとやれ! この糞奴隷が! 早くしないとションベンぶっ掛けるぞ!」

 教官殿は激しい暴言に加え、バテて動けなくなったベイビーの頭を足で踏みにじる。

「おら立てブタ! この糞ブタ! 出来ないならご褒美はやらんぞ! 隅でマスでもかいてろ!」

 横たわるベイビーに仁王立ちではき捨てる教官殿。皆、静まり返り息を呑んだ。

「畜生、畜生! もう我慢できねぇよ!!」

 シャワーの時、奴は一人いきり立っていた。皆が言葉を掛けられないほどに。

 そしてその夜の事だ。おれは宿舎の歩哨に立っていた。

「誰だ! そこにいるのは」

 俺が向けた懐中電灯の明かりに照らし出された人影、そいつはベイビーだった。

「や、やぁ……キャノン。俺、もうだめだわ……すまない、見逃してくれ」

 そう言うと情けない笑顔だけを残して、奴はドアを閉め、いってしまった。

 俺はただ唇を噛むしか出来なかった。こんな時、ベイビーに……同僚に何もしてやれない自分が悔しかったからだ。


 だが俺達は何とか頑張った。二ヶ月間という長い地獄を耐え抜いたのだ。各人が一つの兵器となり、恐ろしく無慈悲な殺戮マシーンと化していた。

 もうどんな迷いも無い、どんな誘惑にも負けない、無感情なロボット……とは言いすぎか。けれど俺達は自分でも驚くほどの成長を遂げた。これも皆教官殿のお陰なのかもしれない。

 そんな明日で訓練も終わりを迎えるという日、俺は突然教官殿に呼び出された。

「サー・キャノン二等新兵入ります・サー!!」

 教官室の自分専用デスクで寛ぐナガマツ軍曹を初めて見た。リラックスした教官殿は、意外と優しい目をしている。

「キャノン新兵、貴様に言っておく事がある」

「サー・なんでありましょうか・サー!!」

 教官殿は俺を人差し指で呼び、こう告げた。

「貴様は優しすぎる。戦場ではそんな奴は役に立たん。無論その恩恵を受けた者もだ」

「サー・何のことでありましょうか……?」

 俺は心当たりがあった。だが、あえて知らぬフリを決め込んだのだ。

「フフッ、とぼけるな。貴様が歩哨に立った時、何人か自慰行為の為トイレに入ったのを見逃しただろう? ベイビーにジミーにマイケル……後は……まあいい。違うか?」

 教官殿はにやりと笑う。全てばれていた。

「サー……申し訳ありません・サー!!」

「本来なら懲罰の対象だが――まあいいさ。以上だ」

 それ以上何も言われなかった。意外だった、教官殿が初めて見せたやさしさだ。

 いや、それが本来の姿なのかもしれない。本当に俺達の事を鍛える為、今まで心を鬼にしていたのだろう。


 思えばこの二ヶ月間、俺にとって、とても有意義な時間だった。

 脳裏に焼きついた数々の思い出、いい土産が出来た。

 だが――教官殿が若く色っぽい女性でなく、マッチョなアニキだったら、もっと俺によしだったのに。


 あぁそれと、戦争はあちらさんの全面降伏で一週間前に終わった。




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