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手紙  作者: ケヤキ
9/9

彼女 3

 家に帰りついたのはすっかり日も暮れた頃だった。みんなとついつい話し込んでしまい、気づけば時計は10時を示していた。今頃家にいる兄は怒っているだろうかと思いながら家に入ると、家の中は真っ暗でどの部屋も電気がついていないようだった。

「あれ?」

 寝るには早すぎる時間だし、私が帰ってくるのがわかっているのなら玄関の明かりはつけていてくれるはずだけど、僅かな明かりも見当たらない。手さぐりでスイッチを入れて玄関の明かりをつけると、その明かりを頼りに居間の電気をつけた。

 テーブルの上には私が兄に預けた荷物が置かれていた。卒業証書や保護者会からのお祝いの物、後輩からもらったお花や色紙の入った袋が無造作に置かれている。その隣には兄の鞄が同じように放り出されていた。

 やっぱり帰ってはいるみたいだけど、どこにいるんだろう。

 兄の部屋を覗いて見ても真っ暗だったし、お風呂も台所も見てみたけどやっぱり真っ暗だった。最後に両親の部屋に入って明かりをつけようと恐る恐る部屋に入ると、何かに躓いて転びそうになった。しゃがんで手で触れてみると、布の感触と何か柔らかい感触。電気をつけてみると、仏壇の前に横になって寝ている兄の姿があった。

「お兄ちゃん!?」

 びっくりして肩を揺すると、

「んー……」

 低い唸り声の返事があったので少し安心する。近づいてわかったけど、お酒臭い。

「どうしたの?」

「……担任が……保護者会、来いって。その後……なんか先生たちの飲み会……連れてかれた」

 反応が返って来たことを意外に思いながら、別れる時に先生に連れていかれてたのはそういうことだったのか、と私はため息をついてしまった。先生は知らずに誘ってしまったんだろうけど、はっきり断れない兄も人がいい。

 兄はお酒に弱い。

 二十歳になった時、会社の飲み会で二十歳になった記念と言ってお酒を飲まされた結果、一人で立てなくなるくらいに酔っぱらってしまったので、同僚の人に家まで送ってもらったことがある。それからは飲み会があってもほどほどで済ませてもらえるようになったらしいけど、ビール一杯でも相当酔っぱらうらしい。ここまで酔い潰れているのを見るのは久しぶりだった。

「どうやって帰って来たの?」

「……担任が、タクシー呼んで」

「じゃあ、家には一人で?」

「……んー」

 眠そうな返事をしてまた寝息をたて始めたので、慌てて揺り起こす。

「こんな恰好のまま寝ちゃダメでしょ! それに、仏壇の前で寝ないでよ、風邪ひくよ」

 スーツの上着もネクタイもそのままで寝ている兄に、私はそう声をかけながら、どうにかして上着を剥いでハンガーにかける。随分皺になってしまっているけど、起きたら自分でアイロンをかけるだろうと思ってそのまま壁にかけた。私がアイロンをかけたりしたら焦がしてしまうことは目に見えている。構造がよくわからないネクタイも時間をかけて外して、兄の手を引いて起き上がらせた。

「ほら、お兄ちゃん、起きて」

「……起きてる」

「起きてないじゃん」

 兄の両目はしっかりと閉じられたままだ。

「もう別にこのままでいいから、せめて部屋のベッドで寝なよ」

「……肩貸して」

「はいはい」

 兄は身長が高いから私が支えるには少し無理があるんだけど、なんとか支えて立たせると部屋まで運んだ。

 ほとんど引きずったけどこの際気にしないことにする。

 ベッドに放り出すようにして兄を寝かせて、私は一息ついた。大の大人を支えるのはさすがに疲れる。

「じゃあ、おやすみ」

「……ん……ミノリ」

 部屋を出ようとしたら呼び止められたので兄のベッドに歩み寄る。兄は目を開けていなかったけど一応意識はあるみたいで、私が来たのを感じたのか口を開いた。

「……言い忘れてた……卒業、おめでとう」

 そう言うとすぐに安らかな寝息が聞こえてきたので、呆れてしまった私は兄の体に毛布を掛けてあげて部屋を出た。

 居間に戻って座布団に腰を下ろすと、しんとした部屋の静寂を意識した。これから兄はこの静寂の中で暮らすのかと思うと、罪悪感が募る。

 高校を卒業して、私はこの春に家を出ることが決まっている。進学先は隣の県の大学で、寮で一人暮らしをすることになっているのだが、その結論が出るまで随分もめた。兄と同じように働くと言ってみたけれど、頑なに兄に反対され、学費のことを言ってみても貯金しているから大丈夫だと押し切られ、結局はアルバイトをしながらちゃんと大学を卒業する、という話で落ち着いた。兄はそれでも渋っていたけれど、これ以上私も譲る気はなかったので押し切った。いつまでも甘えていたら私もいつまでも成長できないし。

 正直なところを言うと、兄を一人にしたくないという気持ちがある。両親のことやルウさんのことで、兄はすごく無理をしていると感じていたし、私のことで気を遣わせているということも感じている。それに甘えてしまっていた私もいけなかったのだけど。

 兄には幸せになってもらいたい。

 私は膝を抱えたままため息をついて、そのまま畳にごろりと転がる。もう制服が皺になることを気にしなくてもいいんだな、と思い浮かんで、今更学校を卒業してしまった寂しさがこみ上げる。意味もなく膝を抱えたままごろごろと畳を転がった。

「あ……」

 転がった視線の先にあるものを見つけて、私は動きを止めた。兄の鞄からはみ出ているストラップを掴んで引き寄せる。

 出てきたのは、デジカメだった。

 そういえば、校門で撮った写真を見せてもらってない、と思い出して、私はいそいそと体を起こしてカメラの電源を入れた。データを見てみると、酔っぱらった様子の兄と担任の先生が写っている写真が最初に出てきた。

「うわぁ……」

 先生も結構出来上がっているみたいだし、兄のこれは半分寝てる。相当飲んだのかな。

気を取り直してデータを遡ると、目的の写真を見つけた。

「あっ」

 その写真から、私はしばらく目を離すことができなかった。

 校門の横に立っている私と兄の姿。制服姿で嬉しそうに笑う私と、スーツ姿で微笑んでいる兄が写真に写しだされていた。

「……なんだ、笑えるじゃん」

 写真の兄につられて私も笑ってしまった。

 デジカメの電源を切って鞄に戻すと、私はもう一度兄の部屋を覗いた。兄は変わらずベッドの上で眠っている。その寝顔を見ながら、写真の中の兄の笑顔を思い出していた。

 あの日見た、苦しそうな笑顔とは違う、とても優しい笑顔。

 兄が笑っている。

 ただそれだけのことなのに、こんなに嬉しい気持ちになれるなんて思わなかった。家を離れる不安が少しだけ薄らいだように感じる。

 兄はこれからも笑ってくれるだろうか。

 笑顔でいてくれるなら、それだけで私は嬉しい。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

また、このような拙い物語に長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。



過去編

2008.8 執筆

2012.5 修正

未来編

2008.11 執筆

2012.5 修正

彼女編

2012.6 執筆

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