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手紙  作者: ケヤキ
6/9

未来 3

 海からの帰り道、タツキとマコトと別れたイサメはルウと一緒に帰路に着いた。辺りはすっかり暗くなり、数少ない街灯が点々と道を照らしている。

「別に送ってくれなくてもよかったのに」

 そう言いつつも、ルウは少し嬉しそうだ。

「どうせ家近いんだから、問題ねぇよ」

 一方のイサメの答えは素っ気ない。

「今日はありがとね」

「なんだよ、改まって」

「言いたかっただけ」

 ルウは照れたように笑って、イサメの手を取った。驚いてイサメはルウを見るが、ルウは足元に視線を落としたままだ。

「な、なんだよ……」

 気まずそうにしながらも、イサメはその手を振り払うようなことはしない。

「もう卒業しちゃったねーイサメは就職しちゃうし、なんか寂しいなー」

 いつもと変わらない口調で話すルウだが、その表情は冴えない。

「お前は大学だっけ?」

「うん、そうだよー」

「……」

 どこの大学に行くのか、と聞こうとしたが喉元まで出かかったその言葉は結局飲み込んだ。

受験の時から、ルウはイサメに進学先の話をしていなかった。ただ、遠くの大学に進学する、とそれだけ。タツキにも進学先については話していないようだった。イサメは気にしながらも、無理に聞こうとはしないまま卒業を迎えてしまった。

「マコトもタツキも進学でここを離れるんだよね。残るのはイサメだけかー」

「まぁ、俺は就職だし」

 イサメは進学ではなく就職を選んだ。実家から通える範囲に大学が存在しないため、進学するとしたら否応にも地元を離れることになる。それもこの地域では特に珍しいことではなく、イサメも同様に進学を考えていたのだが、進路を決めようとしていた高校三年の年に、イサメの両親は他界した。伯父夫婦が後見人として面倒を見てくれることになったが、進学のための資金援助まで甘える気にはなれなかった。両親が残してくれた家を手放すこともできず、妹を一人で残して進学する気にもなれなかった。

「……お前も離れるんだったな」

「うん。あ、離れてからメールとか電話とかしてね。もう携帯買ったんでしょ?」

「あぁ……でもまだ使い方がよくわかんなくて」

 そう言いながら、イサメはポケットから携帯電話を取り出した。

イサメが伯父夫婦から卒業祝い兼就職祝いでもらった、初めての携帯電話だった。今までは必要ないと思い持っていなかったが、就職するとなると入用になってくる。

「おぉー、さすが新品。傷がない!」

 感嘆の声を上げるルウに、イサメは呆れ顔で答えた。

「そんなすぐ傷つけるかよ。アドレスとか番号ってどこにあるんだ?」

「ちょっと貸して」

 立ち止まって携帯電話を受け取ったルウは、素早い動作で操作をし始めた。イサメは驚きながらそれを見つめる。

「早いな」

 思わず出た言葉に、ルウが笑って答えた。

「え、慣れればこれぐらいが普通だよー? あ、あったあった。ここのメニューのとこから」

 画面を見せてもらいながら、操作を簡単に教わる。

「赤外線通信?」

 イサメは聞きなれない言葉に眉根を寄せる。

「そう。それで番号とアドレスを簡単に相手の携帯に送れるんだよ。ここの黒いところを合わせてー送信って押して」

 言われるままにお互いの携帯電話を向かい合わせ、通信を行った。

「あ、イサメの番号とアドレス来たよー。おぉ、アドレス短い! シンプル!」

「考えるのが面倒だったんだよ」

「えへへーじゃあ私のも送るね。今度はイサメの方は、受信ってところ押して、同じように合わせるんだよー」

 言われたとおりにすると、ルウの番号とアドレスのデータが送られてきた。

「これ、どうしたらいいんだ?」

「登録ってところ押せばいいんだよ。そうすれば、電話帳に登録されるから、いちいち電話番号とかアドレス打ち込む必要ないんだよー」

「……便利だな」

 画面を眺めてただただ感心するイサメを見て、ルウはおかしそうに笑った。

「じゃあ後で二人にもイサメの送っておくね」

「二人?」

 イサメが首を傾げてルウを見ると、すでに携帯電話で何か作業を始めていた。どうやらメールを打っているようだ。

「タツキとマコト。もしかしてもう教えてた?」

「いや、まだだけど」

「じゃあ送っておくね」

 そう言ってすさまじいスピードで携帯を操り始めたルウを横目に見ながら、今し方登録したばかりのルウの電話帳をのろのろと開いた。伯父夫婦に次いで登録されたルウの番号を見て、イサメは小さく笑う。

「よーし、オッケー二人に送っておいたよー」

 早々に作業を終えたルウは嬉しそうに携帯電話を閉じた。

「あぁ、悪い」

「いいのいいのーところでイサメ、携帯に何か付けないの?」

「何かって?」

「ストラップだよー何か付けないの?」

 誕生日にくれたあのストラップのことを言っているのだろうか、とイサメは考えた。

球体に顔が書かれたファンシーなキャラクターのストラップなのだが、最近のルウのお気に入りらしい。携帯のストラップだけでなく鞄のキーホルダー、文房具などルウの周辺の至る所に点在している。男がそういう物をつけるのはどうかと思い、なんとなくお揃いというのも気恥かしいイサメは、もらったそのストラップを未開封のまま机の上に置いていた。

「今のとこは……別に」

「そっかー」

 心なしか残念そうにルウは呟いた。イサメはしばらく考えた後、思い切って口を開いた。

「……今度、付ける」

「え?」

「お前からもらった……あれ、付ける」

「え! 本当!?」

 それを聞いて、ルウは弾かれたようにイサメを見た。

「あぁ、付ける」

「……無理しなくてもいいよ?」

「無理なんかしてねぇよ、別に」

「でも、どうして急に?」

 首を傾げるルウに、イサメはぼそぼそと答えた。

「その、それ見れば……離れててもお前と一緒に……いられるって思えるだろ」

「…………」

 ルウはしばらく何も言わずに、イサメを見上げていた。

イサメもしばらく何も言わずに、ルウから顔を背けていた。

 二人とも自然と足が止まり、どこかの草むらで鳴いているカエルの声がやけに大きく響いた。やがて沈黙に耐えかねてイサメはルウに向き直る。

「……イ、サメ」

 そこには顔を真っ赤にしたルウがいた。

「ああああの、わ、私はちょっとっていうか……すごく恥ずかしい! なんでそんなこと平然と言えるの! いや、嬉しいけど、すごく嬉しいけど……! 面と向かって言われると恥ずかしいよ! 顔熱い! 熱い!」

 自らの顔を両手で押さえて、ルウは早口で捲し立てた。それを見て、イサメは自分が今し方言ったことを脳内で反復し、ルウと同じように顔を赤くした。

「う、うるせぇな! そういうこと言うな! こっちだって恥ずかしいんだ!」

「恥ずかしいよー! 恥ずかしいよー!」

「わかったからそれ以上言うな!」

 顔を押さえながら叫ぶルウに、更に恥ずかしくなってイサメも堪らず叫んでいた。




「――メ? イサメ? ちょっと、大丈夫?」

 タツキの声にハッとなって顔を上げると、

「よかったー、反応ないからどうしたのかと思ったじゃん。どうかした? 具合でも悪い?」

 タツキが心配そうにイサメの顔を覗き込んでいた。

「……夢?」

 イサメは半ば呆然と呟いた。

「イサメ、大丈夫?」

「お兄ちゃん?」

 マコトとミノリも心配そうにイサメを見ていた。

「あれ、花火は?」

「え? もう終わったよ? 花火終わってから降りようかってマコトさんとタツキさんと話して、そしたらお兄ちゃん俯いたままで動かないから」

「……そうか」

「イサメ、やっぱり今日はもう帰りなよ」

「……そうする」

 ふらりと立ち上がり、イサメは歩き始めた。

「送っていくよ」

「別にいい。一人で帰れる」

「でも……」

 何か言おうとしたマコトに、イサメはため息をついてその先を遮った。

「今日は仕事だったし、眠いだけだ。家まで遠くないし、お前らもう少し祭りの屋台とか回って来いよ。俺は先に帰ってる」

「……わかった。なにかあったら携帯に電話かけてくれれば行くよ」

「あぁ、じゃあな」

 三人に手を振って、イサメは石段を降りていった。

「イサメ、大丈夫かな?」

 タツキはまだ不安そうにイサメの背中を見ていた。

「……一人にしておいてあげよう」

 マコトが小さく呟いた。ミノリはその言葉に首を傾げていたが、タツキは顔を曇らせて小さく頷いた。




 三人と別れたイサメは、家に辿り着くと自分の部屋へ入った。明かりもつけず、まっすぐに机へ向かう。机の引き出しの中にポケットの中の手紙を入れ、変わりに取り出したのは、ルウからもらったストラップだった。

 あの時、ルウと一緒に海から帰ったあの日、つけると言ってしばらく付けていたが、一度外したきり引き出しの中に入れたままだった。

卒業式の日からルウが死ぬまで付けていたストラップ。

一度捨てようとしたが結局捨てられず、引き出しの中にしまったまま目に入れないようにしていた。さきほど祭りの最中に神社で見た夢か幻かはわからないが、あのルウの姿を見てふとストラップの存在が気になった。

「俺も相当だな……あんな幻覚……見るなんて」

 ストラップを再び携帯電話にぶら下げて、すっかり傷がついてしまった携帯電話を見つめる。もう操作に迷うこともなくなったが、あの時ルウに教わりながら操作していたことが昨日のことのように思えた。

「……俺、忘れるつもりはないよ」

 イサメは揺れるストラップを見つめた。ストラップにぶら下がっているキャラクターが、微笑んでイサメを見つめていた。

「……忘れられるもんかよ」

 笑おうとしたが、顔が動いてはくれなかった。笑えるのは、まだ先のことになりそうだ。

「いつか……笑って見せるから」

 部屋で一人、イサメはストラップと携帯を握りしめて呟くと、静かに涙を流した。


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