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手紙  作者: ケヤキ
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未来 2

 海が見えてきた。

 バスから降りた四人は、潮風に押され気味になりながら浜辺へと歩き出す。先頭を歩くルウの手には、四人分の手紙が入ったクッキー缶があった。

「おーい、ルウ」

 少し後ろでタツキが叫んだ。そうでもしなければ、波の音にかき消されて離れたところにいるルウに声が届かない。

「何ー?」

「埋めるって言ってもさー、ここ砂より岩の方が多いよーどこに埋めるのー?」

 イサメは浜を見渡した。浜辺とはいっても、タツキのいうように砂場より岩場の方が多い。

「岩の下だよーこのあたり滅多に人来ないし、岩の下ならわざわざ掘り返さないでしょー」

 その言葉にマコトが尋ねた。

「岩の下って、どうやって岩退けるつもりー?」

「……えっと、イサメとマコトに頑張ってもらってー」

「お前な……」

 イサメが呆れてため息をつくと、ルウが足を止めた。

「ここだよー、人目につかなそうだし、いいと思わない?」

 ルウが指した先には、浜から突き出るように鎮座している大きな岩があった。三メートル程のその岩を支えるように周りに中小の岩が積み重なっている。見ると人の手でも動かせそうな小さな石が集まっている部分があった。

「ここの石を退かせばいいの?」

 マコトが尋ねると、ルウは頷いた。

「このぐらいなら大丈夫かなって思ったんだけど……どうかな?」

 少し不安そうなルウにイサメは何も言わずに、一番上にあった石を持ち上げて脇へ退けた。

「おぉ、イサメ力あるじゃん」

 タツキは面白そうにはしゃいだ声を上げた。

「これ、見た目ほど重くないぞ」

「手伝うよ」

 マコトも加わり、二人で小さな石を退かしていくと隙間が現れた。ちょうど、クッキー缶がすっぽり入るほどのスペースだ。

「二人ともありがとう。よかったーちゃんと入りそうだよ」

安心したようにルウは笑った。タツキも笑う。

「よかったね、ルウ」

「うん、じゃあ入れるね」

 ルウは岩の隙間にそっと缶を置いた。

「そのままでいいの? 袋とかあったほうがいいじゃない?」

「まぁ、大丈夫だろ。そんなに長く放置するわけじゃないしな」

 マコトの疑問に答えて、イサメは石を元に戻し始めた。マコトもそれを手伝い、クッキー缶はほとんど見えなくなった。

「じゃあ、二十歳になるまでちゃんと残ってますように」

 祈るようにルウは手を合わせた。まるで墓参りだ、とイサメはため息をつく。

「埋めるもん埋めたし、そろそろ戻るか」

 日は傾いて、辺り一面は茜色で彩られていた。水平線上に沈んでいく夕陽を見て、ルウは満足げに頷いた。

「うん! 次来る時は二十歳になってからだね。夏休みがいいかもね、お祭りあるし」

「そうだね。あ、お祭りの時は、またあそこに行ってみんなで花火見ようよ」

「うんうん。行きたい!」

 タツキとルウは笑って頷き合った。それぞれ海に背を向けて歩き出す。

「二十歳か……その時俺たち何してんだろうな」

 何気なく呟いたイサメの言葉に、

「みんな変わらないよ、きっと」

 マコトがそう答えて笑った。イサメは振り返って埋められた手紙のある場所を見る。次に来る時まで、そこが変わらず在ることを願った。




 気がつけば、花火は終わっていた。

 花火の記憶がない。いつの間に終わってしまったのか、とイサメは立ち上がった。石段まで歩み寄って麓を見下ろすと、まだ祭りの喧噪が聞こえてくる。

「なんだ、寝てたのか……俺? 悪い、マコト、今何時?」

返事はなかった。振り向くと、薄暗いそこに人影はある。確か、花火が始まる時にそこにはマコトが座っていたはずだった。

だが、マコトではない。その影は浴衣を着ているようだった。タツキかミノリかと考えたが、よく見ると浴衣の色が違う。タツキはオレンジ色で、ミノリは緑色の浴衣だったはずだ。その人影が着ているのは、水色の浴衣だった。

 不意にその人影がこちらを向いたように思った。イサメは何も言わずに、相手の反応を待つ。

「どうしたの?」

 聞き覚えのある声が耳に入る。

「なんで……お前……」

「どうしたの? イサメ」

「……なんで」

 それ以上は言葉が続かず、イサメはその場に立ち尽くした。だんだんと目が慣れてきて、相手の顔がはっきり見えるようになり、イサメは信じられない思いで目の前の光景に言葉を失う。

 そこにいたのは、浴衣姿のルウだった。ルウは高校三年の夏、最後の祭りに行った時と同じ姿でそこにいた。

「もう、イサメ今日ボーっとしすぎじゃない? マコトが横歩いてるのにも気づいてなかったでしょ」

 どうしてそのことを知っているのか、とイサメは尋ねようとしたが口が動くばかりで言葉が出てこない。これは幻覚なのか、もしくは夢でも見ているのだろうか、とイサメは混乱する頭で考えていたが、ルウはそんなイサメに構わず続けた。

「せっかくみんなでお祭り来てるのに、楽しまないと損だよ」

「……でも、お前は」

「約束、守ってくれてありがとね」

 唐突なその言葉に、イサメは再び言葉を詰まらせた。

「私が言い出したのに、ごめんね。私だけ守れなくて。本当はわかってたんだ。私は、二十歳まで生きられないんだって。でも、生きられるって思いたかった。またみんなで……みんなと会えるって信じたかったから、約束したの」

 ルウは寂しそうに笑って、立ちあがった。

「私の我儘につき合わせちゃってごめんね。でも、嬉しかったよ。それに、みんな全然変わんないから、あの頃に戻ったみたいだった。見た目は、特にタツキなんかだいぶ変わっちゃったけど、でも……みんな変わってなかったね」

 下駄を鳴らしながら、ルウは石段へ歩み寄る。

「眺めいいよね、この場所。やっぱり花火見るならここだよねー」

 石段の上に立つと、祭りの会場が見下ろせた。提灯の明かりと屋台の明かりが連なって、夜の街を照らしていた。

「ルウ……」

「手紙、持っててくれたんだね」

 その言葉を聞いて、咄嗟にポケットに触れた。

「その手紙もだけど……イサメ、高校の時の手紙も全部持ってるよね」

「……捨てられるわけないだろ」

「ありがとう……でも、ずっと背負う必要はないよ」

 ルウは静かに言った。

「イサメ、あれから一度も笑ってないよね。昔からイサメって無愛想だったけどさ、みんなでいる時とか、私といた時は笑ってくれたでしょ?」

 イサメは何も言わずに俯いた。

 イサメは昔から笑うことが苦手だった。笑おうとしても、顔が引き攣ってうまく笑えない。悩んだ時期もあったが、結局は笑うことを諦めていた。それでも、マコトやタツキ、ルウといる時は、心なしか自然と笑えるようになっていった。

「私、イサメの笑った顔好きだよ」

 下駄を鳴らし、ルウはイサメにゆっくりと歩み寄った。

「私は、今みたいな顔をみんなにさせたくて手紙を書いたんじゃないよ。私のことは、忘れてほしかった。手紙は、最後のさよならのつもりだった」

 下駄の音がやけに大きく響く。遠くの祭りの喧騒は聞こえなくなっていた。

「タツキが言ってくれたよね。私は、みんなが泣いてるのなんて見たくない。それに……いつまでも今のままでいたら駄目だよ」

「でも……俺は、お前のこと気づけなかった」

 下駄が鳴る。

「それはそうだよ。私が言わなかったもん。だから、イサメが気づけなかったからって背負うことないんだよ? 私は、病気で死んだの。イサメのせいじゃない。誰のせいでもない」

 下駄が鳴る。

「……俺、お前に何もしてやれなかった」

「そうかな? 私は、たくさん楽しい時間をもらったよ。イサメに告白したのね、実は病気がわかった後だったんだ」

 下駄が鳴る。

「後悔したくなかったから、告白したの。駄目だと思ってた。でも、嬉しかったよ。イサメも好きだって言ってくれたから。付き合っていられたのは高校最後の一年だけだったけど、私はすごく楽しかったんだよ。マコトとタツキとも勉強頑張ったり海に行ったりして」

 下駄が鳴る。

「卒業した後、みんなに会えなくなっちゃったけど、みんなは時々メールをくれた。電話もしてくれた。みんなの……イサメの声が聞けたから、私は入院してても辛くなかったよ」

 下駄が鳴る。

「私、死ぬ時まで幸せだったよ」

 下駄の音が止んだ。

 気づくとルウが目の前に立っていて、イサメを見上げていた。

 嬉しそうに、寂しそうに、笑っていた。


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