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手紙  作者: ケヤキ
4/9

未来 1

 なんだか実感のわかない卒業式だったな、とイサメは教室の席に座って考えていた。

卒業式会場から退場した卒業生たちは各々の教室に戻り、最後のホームルームを行う。教師や保護者たちも後から教室に来るはずだが、まだその姿は見られない。教室を見回すと、泣いている女子の姿が目立った。男子は比較的いつもと変わらないように見える。これまで三年間の学校生活で見慣れた休み時間の光景に似ているが、皆の顔にはどこか寂しげな色が窺えた。

「もう卒業なんだね」

 そう言ってマコトはイサメの前の席に座る。

「そうだな」

 特になんでもないことのようにイサメは答えて、式場から退場する際にもらった花をぼんやりと見つめる。これを手渡してくれた名も知らぬ後輩は、とてもいい笑顔でおめでとうと声をかけてくれた。知らない人に祝福されるのは変な気分だ。

「寂しくなるなぁ」

「また会えるだろ」

「そうだけど、みんなバラバラで、しばらく会えなくなるんだよ」

 そう言われても、イサメには実感が湧かない。

 みんながそれぞれの場所へ離れていくことは理解しているのだが、それでも会おうと思えばすぐにまた会える。そんな感覚があった。

 やがて、教室に担任と保護者たちが入ってくると、しんみりとした最後のホームルームが始まった。担任は普段通りの様子だったが、クラス委員長からサプライズで色紙と花をもらうと涙ぐむ様子を見せて、生徒たちは惜しみない拍手を送った。

 そうして涙にあふれたホームルームも済み、皆で教室の黒板にチョークで思い思いのらくがきをする中、イサメも適当に書き加えて教室を出ると保健室に向かった。ドアには不在の札がかかっていたが、構わずにドアを開ける。

「ルウ?」

 呼びかけて、中にいるはずのルウの姿を探す。すると、カーテンで仕切られたベッドに気配がしたのでカーテンを開けてみると、ルウがこちらに背中を向けてベッドに座っていた。

「いるならいるって言えよ」

「……ごめん」

 振り向かないままルウは答えた。ルウの対面に回り込んで顔を覗き込んだイサメは、小さくため息をついた。

「目、真っ赤」

「見んなっ」

 片手で目を覆い、もう一方の手でイサメの目を覆ったルウは抗議の声を上げる。

「別に隠すことねぇだろ」

 ルウの手から逃れるように距離を取った。

「だって、目赤いもん」

「別に俺は気にしないし」

「私が気にするの!」

「あーはいはい」

 適当な返事をしてルウの頭を撫でた。

「子供扱いすんなっ」

「そんなつもりはねぇよ。泣きたいなら泣けばいいだろ。ほれ、泣け泣け」

「うぅ……」

 涙がぶり返してきたのか、涙が滲み始めた目をルウは咄嗟にハンカチで押えた。イサメはため息をついてルウの隣に腰を下ろす。

「……イサメって人の頭撫でるの好きなの?」

「そんなんじゃねぇよ。ただ、落ち着くかと思って」

「イサメが?」

「お前が」

「……ありがと」

 そのままルウはしばらくハンカチを顔から離さなかった。イサメは何も言わずにそのままルウが泣き止むのを待つ。廊下からはホームルームを終えて下校していく生徒たちの喧噪が聞こえてくる。イサメはそれをどこか遠いことのように聞いていた。

 しかし、その平穏な静寂は突然の訪問者によって破られた。

 遠慮容赦なしにドアが開け放たれる音が響いたかと思うと、ベッドを仕切るカーテンが引かれた。

「ルウ、そろそろ落ち着――」

 突然の訪問者は二人の姿を見て、言いかけた言葉を飲み込み、

「あー、えっと……お邪魔しました!」

 気まずそうに笑みを浮かべて脱兎の如く駆けていく後姿を見送り、イサメは呆れたように呟いた。

「馬鹿タツキ」




 気づくと祭囃子が聞こえてきていた。辺りはすっかり暗くなり、祭りを見に来た人で広場は溢れ返っている。連なった提灯の明かりが広場を囲んで、広場をぼんやりと照らしていた。そんな中でイサメは気づかないうちに足を止めて、並んでぶら下がる提灯をぼんやりと見つめていた。流れていく人波が迷惑そうにイサメを避けていく。

「イサメ? ちょっと、イサメ?」

 タツキの声に我に返って、イサメは視線を泳がせる。

「え……あぁ、何?」

「ぼーっとしちゃってどうしたの? はぐれたらどうすんの」

「……あぁ、悪い」

「お兄ちゃん、早く行こうよ」

 浴衣姿のタツキとミノリを見て、イサメは自分たちが祭りに来ているのだということを思い出した。そんなイサメを余所に、タツキとミノリはいちご飴を片手に先へ歩いていく。

「花火が始まるの何時だったっけ?」

「八時からです。でも、もう場所はほとんど取られてるはずなんで、今から行ってもいい場所ないかもしれませんよ」

「そうだよね! よし、じゃああそこ行こうよ、あそこ!」

「あそこ?」

「こっちこっち」

 タツキはミノリの手を取って下駄を鳴らしながら駆けて行く。

「おい、転ぶぞ」

「イサメも早く来なよー」

 笑いながら駆けていく二人の背中を見送り、イサメはため息をついて歩きだした。

「タツキ、元気でよかったね」

 弾かれるように横を見ると、駆けていく二人を微笑ましげに見つめるマコトがいた。突然現れたように隣に立つマコトに、イサメは目を見開いた。

「マコト……! お前、今までどこに?」

「え、ずっと隣にいたじゃない」

 マコトはキョトンとしてイサメを見返す。

「そ、そうか」

 マコトが隣にいることすら忘れていたほどぼんやりしていたのか、とイサメは戸惑う。

「イサメ、具合でも悪い?」

「別に。ただ……」

「ただ?」

「……思いだしてた。あいつのこと」

「……そっか」

 それ以上、マコトは何も言わずにタツキたちの後を追った。イサメは何気なくポケットに手を入れて、そこにあるものに気がつき、再び足を止めた。

「……ルウ」

 ポケットの中に入っている手紙の感触をその手に感じながら、イサメはマコトの後を追った。




「手紙?」

 卒業生の姿が多くみられるファミリーレストラン。卒業式の日、卒業式とホームルームが終わると、生徒は早々に強制下校させられるため、イサメたちは学校の近くのファミリーレストランに集まっていた。卒業生たちがそれぞれ学校を出た後、ファミリーレストランやカラオケなどに集まっているのは、毎年見られる光景となっている。

「そう、二十歳になったらあそこ行こうよ、夏休みに行った海。あそこにみんなで二十歳になった自分に手紙を書いて埋めようよ」

 そう言いだしたのは、まだ若干目元が赤いルウだった。目元さえ見なければ、先ほどまで号泣していたとは思えないほどの笑顔だ。

「お、それいいかも。みんなでやろうよ」

 話に乗ってきたのはタツキである。

「でもあの海って結構有名な海水浴場で、いろんな人も来るし、見つかっちゃうんじゃないの?」

 マコトの疑問にルウは、

「浜辺じゃなくて、反対側の岩場の方。あっちならほとんど人も来ないし、見つかりにくいと思うんだよね」

「そっか。でも、なんで二十歳? 二十歳なんてすぐだと思うけど?」

「いいの。二十歳って成人するってことなんだし、一つの区切りなんだから。その頃なら、みんな新しい生活にも慣れてるでしょ?」

「そっか。いいと思うよ」

 半ば気圧されたマコトだが、微笑んで頷いた。

「というわけで、全員賛成ね」

「俺には聞かないのかよ」

「え、嫌?」

 話を進められてイサメが不満げに口をはさむと、ルウは意外そうに首を傾げた。

「いや、別に嫌じゃないけど……」

「そう言ってくれると思った。イサメってなんだかんだ言っても乗ってくれるもん」

 満足気にルウは頷いて、鞄の中からファイルを取り出した。

「はい、じゃあこれね」

 ルウが皆に渡したのは、便箋と封筒だった。便箋の隅には何かわからないが球体のキャラクターが描かれている。同じようなキャラクターのストラップをもらったな、とイサメは便せんのキャラクターを見て思い出した。たしか誕生日にルウからもらったものだ。ルウの携帯には、色の違う同じキャラクターのストラップがしっかりぶら下がっている。

「今ここで書いて、今日の内に埋めに行こうよ」

「ちょっと気が早いんじゃないか?」

「善は急げ、だよ。はいはい、みんな書いてー」

 三人に促すルウだが、ルウ自身には便箋がない。

「あれ、ルウは書かないの?」

 タツキが尋ねると、ルウは照れたように笑った。

「えへへ、昨日の内に書いてきちゃった!」

「本当に気が早いな、お前」

「ルウらしいね」

「まぁ、確かに」

 イサメとマコトが頷き合っていると、タツキが口をはさむ。

「ねー二人は何書く? あたしいまいちぴんとこないなー」

「何書くって言われても……」

「あ、内容は秘密にしててね。二十歳になったらお披露目だから」

「んー、わかったー」

 悩みながら便箋を少しずつ埋めていくタツキの目はいつになく真剣だった。一方、マコトはスラスラと便箋を悩むことなく埋めていく。そのまた一方で、イサメは完全に手が止まっていた。頬杖をついてくるくるとペンを回しつつ、便箋を睨んでいる。ルウはそんな三人を眺めながら、一人のんびりとスープバーを堪能していた。

 三人が手紙を書き始めてから二時間が経った頃、ようやくイサメの手紙が書き終わった。その時にはすでに、タツキとマコトは手紙を書き終えていた。

「あ、イサメ終わった?」

 ペンを置いて便箋を折り畳んだイサメに、ルウが尋ねた。

「あぁ、一応」

「遅いぞーイサメ」

 湯気の立つ紅茶にこれでもかと砂糖を入れながら、タツキは不満気に言った。イサメは、すでに紅茶ではないその液体をお前は飲むのかと本気で言いたかったが、黙っていた。

「悪かったな……こういうのは苦手なんだよ」

「まぁ、あたしも苦手だけどさ。それにしても時間かかったね」

 イサメの視線を余所に、すでに紅茶ではなくなった液体をタツキは何気ない顔で飲み始める。イサメは眉を顰めたが何も言わずに、すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。

「じゃあ、みんな書いたし、飲み終わったらそろそろ海行こうか」

 しばらくして、ルウがそう言って席を立った。

「ところで、埋めるって言っても、この手紙何かに入れたりとかはしなくていいの?」

 当然とも言えるマコトの問いに、ルウは得意げに笑って紙袋から何かを取り出した。

「じゃーん、こんなの用意しました!」

 それはクッキーの缶だった。

「それって、最近ルウがよく持ってきてたクッキーの?」

 タツキがクッキーの缶を受け取って尋ねた。最近、ルウがやたらとクッキーを配っていたのはこのためだったのか、とイサメはため息をついた。昼食の時間や放課後になると毎日のようにクッキーを友達に押し付けていた姿が思い出される。

「そうだよー、この為にお父さんが貰って来たクッキー譲ってもらったんだもん。お父さんあんまり食べ過ぎるなよってうるさいから、みんなに食べてもらおうと思って」

「いや、別に中身全部食べようとしなくても……」

 イサメが言いかけるが、その先は遮られた。

「いいのいいの! じゃあ行こう、早く行かないと帰りのバスがなくなるよ」

 ルウに急かされ会計を済ませた四人は、バス停へと向かい、ちょうど到着した海行きのバスに乗り込んだ。日が傾いて茜色に染まる街を、バスが悠々と海へ向かって走っていった。




 祭の喧噪を背中に受けながら、イサメたちは石段を上っていた。石段をのぼった先には小さな神社がある。ここの境内からは、祭りで打ち上げられる花火がよく見えるのだ。おまけに、祭りの会場からは少し離れた高台にあるので、滅多に人も来ない。まさに花火見物の穴場だった。

「ここ懐かしいなー全然変わんないや」

「まだここ離れて二年ぐらいだろ。そう変わらねえよ」

「でも懐かしいじゃん。高校の時みんなで来たよねー」

 タツキのみんなで、という言葉にイサメは一時口を噤み、

「……そうだな」

 と、短く答えた。

境内に腰掛け、四人は空を見上げる。雲ひとつない夜空に星が瞬いていた。遠くの祭り会場で、花火の打ち上げを知らせるアナウンスが聞こえてきた。

「あ、始まるね」

 マコトがアナウンスを聞いて呟いた。

「おーわくわくしてきたねー」

 うきうきした様子でタツキが笑う。

「今年の花火はどんなのが上がるんだろう。ね、お兄ちゃん」

「……去年のどんなのだっけ」

 それぞれ違った反応を示しながら、じっと花火が上がるのを待った。やがて遠くから音楽が流れ始め、夜空にひとつ、花火玉が舞い上がった。




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