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手紙  作者: ケヤキ
3/9

過去 3

 イサメの家へ帰宅した三人は、四枚の封筒をテーブルに並べて座っていた。

「ルウの封筒だけ、宛名があるね」

「……しかも俺たちの名前だ」

 帰宅途中にファミレスで昼食を済ませていた三人は、何気なく見たルウの封筒の宛名欄に、三人の名前が書かれていることに気づいた。不思議に思いながらもとりあえず帰宅した三人は、こうしてテーブルを囲んでいた。重苦しい沈黙が続き、日も傾いて夕日が差し込んで来た頃、

「開けてみる?」

 マコトが沈黙を破って尋ねた。イサメは少し考え込んでから、テーブルの上の封筒を取ってタツキに差し出した。

「……お前が読め」

「え?」

 タツキは呆けたように封筒とイサメの顔を交互に見やる。イサメは更に封筒をタツキの目の前に上げて、もう一度言った。

「お前が先に読め」

「……いいのかな?」

 タツキは躊躇いがちに口を開く。

「あたし、お葬式にも出てないし、入院の時だって何も知らないで、留学行ってたのに」

「問題ねぇよ、お前はルウの親友なんだから。読めよ」

 半ば押し付けられるようにして封筒を受け取ったタツキは、慎重に封を開け始めた。やや緊張した面持ちで、中から折り畳まれた便箋を取り出して開く。そして、静かに目を通し始めた。



 薄暗い部屋の中で、イサメは片膝に額を付けて項垂れていた。マコトが開けたドアから差し込んだ廊下の明かりが差し込み、イサメを照らす。マコトはすぐにドアを閉め、そのまま明かりをつけずにベッドに腰かけた。開けられた窓からそよそよと涼しい風が吹き込んでいて、窓際に置かれた蚊取り線香の匂いが風に乗って部屋中に漂っていた。

「ミノリちゃん、帰ってきたよ。二人はもう寝たって言っておいた」

「……悪い」

 イサメは顔を上げずに一言だけ返した。

「いいよ。そんな顔見せられないでしょ。タツキはイサメより酷かったけど」

「タツキは?」

「まだ起きてた。あまり平気そうじゃなかったけど」

「……おまえは何でそんな平気でいられんだよ」

「平気ってわけじゃないけど……なんとなく、気づいてたっていうか。だから、二人よりショックは小さいのかも」

 マコトの言葉にイサメは無言で顔を上げた。

「みんな進路が決まった頃、ルウの様子がおかしかったの、気づかなかった?」

「……全然」

 イサメの答えにマコトは苦笑した。

「彼氏なら気づいてると思ってたよ」

「……ごめん」

「謝ることじゃないよ。それに、ルウもイサメの前ではそんな様子見せなかったみたいだからね」

「お前、いつから気づいてたんだよ」

「変だなって思ったのは二月ぐらいから。何がってわけじゃないけど……何かが変だった」

 そこでイサメはマコトから視線を外し、赤く腫れたその目を伏せた。

「あの日、卒業式の日にルウが約束を言った時のこと、覚えてる?」

「……二十歳になったらみんなであの海に行こうって、あいつが言ったんだよな。手紙書いて、タイムカプセル代わりに埋めようって」

 イサメは俯いたままそれに答えた。

「卒業式が終わってから、みんなであの手紙を埋めに行ったね。バスに乗って、あの浜へ行って」

 当時を思い出したのか、マコトの顔には懐かしさと悲しさが混ざった複雑な表情が浮かぶ。

「……あいつ、わかっててあんな約束したんだよな。自分が、二十歳まで生きられないって……約束、守れないって」

 イサメの声がだんだんと震え始め、それ以上は言えなかった。

「わかってたから約束したんだと思う。僕は、そう思ってる」

 それからしばらく二人は何も言わずに、月明かりが差し込む部屋でじっと夜が明けるのを待っていた。




「じゃあ、お邪魔しました! また来るね!」

「テンションおかしいぞ、お前」

 朝を迎え、イサメとタツキはお互い一睡もしていない顔をつき合わせていた。イサメの後ろではマコトが苦笑しながら様子を見守っている。

「別にもう少しいてもいいんだぞ? そんな顔で帰って、親に心配させるだろ」

「平気平気! 気にしないの! あんたこそ酷い顔!」

 そう言ってイサメの顔を指差しながら笑うタツキに一瞬怒りが湧いたイサメだったが、タツキの顔を見てその怒りはなくなった。

「お前な……笑うのか泣くのか、どっちかにしろよ」

 タツキは言われて気づいたように目元を拭った。そして、赤く腫らした目で痛々しいぐらいに明るく笑う。

「泣いてないよ!」

「いや、お前今泣いて」

「泣いてない!」

「……」

 有無を言わさぬ様子のタツキに、イサメはため息をついてそれ以上は言わなかった。代わりにマコトが口を開く。

「手紙、本当に持っていかなくてもいいの?」

「……うん。あれはイサメが持ってるべきだと思う」

 朝になってからミノリを部活へ送った後、ルウの手紙をどうするのかについて三人で話し合った。朝になってイサメの顔を見たミノリが心配してなかなか家を出なかった為、話し合うまで時間を要したが。

「あたしは頭に刻み込んだから。それにね、いつまでもあの子のことで泣いてたらだめなんだよ。あの子は、そんなこと望んでない。もういっぱい泣いたから、あとは笑ってるよ」

「タツキ……」

「忘れるんじゃないから。でも、あたしたちはいつまでも今のままじゃいられないし、ね」

 タツキは帽子を目深に被って、踵を返した。キャリーがゴロゴロと音を立ててタツキについて行く。

「じゃあ、また! お盆にお祭りあるよね、みんなで行こうよ。ミノリちゃんも誘ってさ」

「別にいいけどよ、なんでミノリもなんだ?」

 イサメが尋ねると、タツキは振り返って首を傾げた。帽子で顔の半分が隠れてしまっていて、帽子の向こうの顔は二人にはわからない。

「何? ミノリちゃんが一緒だとだめなの?」

「そういうわけじゃねぇけどよ、あいつにも付き合いがあるだろ」

「え、もしかして……彼氏?」

 口元を緩ませてにやにやしながら言うタツキに、イサメは顔を引き攣らせた。

「違う、友達がいるだろって話だ」

「何ムキになってんの? あんたシスコンだったっけ?」

「お前……」

「ほらほら、タツキ。あんまりからかっちゃだめだよ」

 マコトが言うと、タツキは冗談よ、と言って手を振りながら歩きだした。

「じゃあお祭りの予定決まったら教えて。じゃあね!」

 残った二人は、やや小走り気味に駆けて行くタツキの背中を見送った。キャリーを引く音が遠ざかり、タツキの姿も見えなくなった頃、二人は家に入った。ドアを閉めると同時に、マコトが苦笑しながら口を開いた。

「やっぱり一睡もしてないとキツイね。タツキのテンションがどこから湧いてるのか不思議だよ」

「そうだな……俺に気遣って起きてることないぞ、休んでろよ」

「じゃあ、ちょっと休むよ。おやすみ」

大きな欠伸をして、マコトはイサメの部屋へ戻って行った。同じく一睡もしていないイサメは、寝ようかどうしようか迷ってしばらくその場に立ち尽くしていたが、ふと思い至って今朝までタツキに当てていた部屋に入った。布団は綺麗に畳まれ、テーブルの上にはあの手紙が置いてあった。封筒の上に便箋が折り畳まれてある。しばらくそれを見下ろしてから、その場に腰を下ろして手紙に手を伸ばした。

 昨夜、一度目を通した手紙。タツキからイサメ、そしてマコトに渡り、タツキに返ると、タツキはそのまま手紙と一緒に部屋に籠ってしまっていた。なので、イサメが手紙を読むのはこれで二度目だ。折り畳まれた便箋を開くその手が少し震えたが、そのまま静かに目を通す。懐かしい彼女の字が並んでいた。


 高校の頃、携帯電話を持っていなかった彼に彼女は手紙を書いていた。折り紙のように折り込んで作られた、ルーズリーフ一杯に綴った手紙。書かれているのは、他愛のないことばかりだった。

 授業が眠かったこと。

 テストの点数が下がってしまったこと。

 友達との話。

 今度遊びに行こうという誘い。

 本当になんでもないことばかりで、それでも彼にとっては微笑ましい物だった。

 隅まで読んで、彼は返事を返した。彼女のようにうまく折り込むことも、紙面の半分も書くことはできなかった。

 それでも、彼女は喜んで受け取ってくれた。

 そしてまた、一杯に書かれた手紙を彼女は彼に渡した。

 これが、彼にとっては当たり前の日常だった。


 毎日見ていた彼女の字、彼女の笑顔。

 手紙の字を読んでいると、自然とそんなことが思い出された。

「……っ」

 視界が滲んだ。彼女の字が歪んでいく。便箋を握る手が震え、端が皺になった。

「……ごめん」

 背中を丸めて便箋を握りしめ、イサメは震える声で小さく呟いた。

「……ごめん」

誰にも届くことのない謝罪の言葉を繰り返しながら、イサメは静かに泣き続けた。


 彼はまだ、笑うことができない。


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