第十二話 后妃候補たちの日常 後編
夕方 18時
アルフォンソは既に退出し、コンスタシアもモルトレス侯爵夫人と自分の居室に戻って、少しばかり時間が過ぎたこの時刻。
浴室の支度が整ったと、召使のエレナが知らせに来た。
居間で刺繍をしていたブランカは、その声に立ち上がると、
「 ありがとう。 エレナ。 すぐに行くわ 」
と、笑顔で浴室に向かう。
ちなみにブランカ付きの召使の役割だが、掃除は、『 お出迎え 』の時間に、召使全員で行うことになっているが、それ以外の仕事は週代わりのローテーションになっている。
今週は、エレナとイレーネが洗面や入浴、衣装と言った身の回りの雑事の係で、
エマとココが、食事やお茶の支度といった飲食関係の雑事の係である。
ブランカは、ゆったりと浴槽に浸かる。
心を静める効果があるカモミールのアロマオイルを少したらしてあるお湯は、リンゴによく似たいい香りがして。
心が休まるようだと、ブランカはいつも思う。
ある程度の時間が経つと、湯船から上がったブランカが、自らの身体を洗っている間に、イレーネがブランカの後ろに回って、ブランカの髪を洗う。
「 お嬢様、髪が・・・少し伸びたようでございますね 」
「 そう? 全く気がつかなかったわ。 イレーネ、いつもありがとう。 私の髪、量が少ないうえに少し癖があるから、洗うの大変なんじゃない? 」
「 そんなこと、ございませんわ。 とてもお美しい髪ですわよ 」
再び湯船に身を浸し、温まりながら、ブランカはイレーネを労った。
ブランカは・・・入浴を終える。
脱衣所で待ち構えていたエレナがブランカの身体をタオルで拭き、アンナとテレサが髪と肌、爪の手入れをする。
手入れが終わった頃を見計らって、ファナが現れ、ブランカに夜のドレスを着付ける。
夜のドレスは、皇帝陛下の 『 夜のお召し 』 がない限り、普段着とあまり変わらないシンプルなものだ。
髪もほどいたまま、後ろに軽く流しただけのものだ。
しかし、乾ききらない髪でドレスが濡れない様に・・・、
晩餐の時に髪が食器に入らないようにするために・・・
ドレスの背中には、少し厚めの生地で出来た、取り外しの利くマントのような飾りを取り付けていた。
20時 晩餐
フェロル侯爵夫人は、普段は通いで後宮につとめているため、この時刻には既に自分の屋敷・・・夫であるフェロル侯爵の元に帰宅している。
そのため晩餐は、エマとココの給仕の下、後宮に住み込みで使えているアンナとファナ、テレサの三人で取る。
( 召使のエレナとイレーネ、エマ、ココの四人は、ブランカたちの食事の後で召使の詰め所でとる )
晩餐のメニューも、朝食や昼食同様、後宮で暮らしている者たち・・・・上は后妃・妾妃から、下は台所の下働きや厩務員まで・・・全てが同じ物だ。
前菜にスープ、魚料理と肉料理、パン、 チーズ、焼き菓子、お茶
それに、18歳以上の者には お酒 がつく。
だ。
もっとも、食事の皿の数や内容は、それぞれの身分や立場、各自の好みによって勿論違う。
例えば后妃候補であるブランカのスープは二皿なのに、アンナやファナのスープは一皿だったり、テレサやファナのお酒はアルコール度数が低いものだったりといった具合だ。
その後。
就寝時刻の22時まで、ブランカたち后妃候補は、思い思いの時を過ごし・・・
22時に着替えてベッドに入るのだ。
しかし・・・これは、皇帝陛下の
『 夜のお召し 』
が、なかった場合の、夜の過ごし方である。
ブランカをはじめとした、后妃候補たちは、まだ一度も 『 夜のお召し 』 がないのだが・・・
『 夜のお召し 』
が、あった場合は、17時以降の過ごし方が全く違う。
皇帝陛下の 『 夜のお召し 』がある后妃・妾妃 ( 候補含む ) は、17時前後に 『 天の宮殿 』 からの『お召しがあった』ことを伝える女官を迎える。
その後、18時に、『 天の宮殿 』 から、迎えに来た女官の先導の元、女官と侍女を一人従え、回廊を通って 『 天の宮殿 』 に向かう。
宮殿の入り口で、自分付きの女官と侍女と別れた后妃・妾妃 ( 候補含む ) は、『 天の宮殿 』 付きの女官によって、先ず 『 織女の間 』と、呼ばれる、お相手の后妃・妾妃 ( 候補含む ) の控えの間に連れて行かれ、ここで女官長と晩餐をとる。
食事を終えると、しばし急速をとった後、浴室に連れて行かれ、係の侍女と召使によって身を清められる。
そして、その身一つに、一枚布で出来た 『 チュニック 』 と、呼ばれる衣装をまとわされ、22時に皇帝の寝所に導かれ・・・
皇帝と夜の秘め事となるのだった。