第十二話 后妃候補たちの日常 中編
13時ちょうど
ブランカの住まいの玄関に当たる扉がノックされ、本日の講師・・・主に宮廷や付属神殿での儀式と作法の講師をつとめているアローナ男爵夫人が現れた。
アンナに導かれ、アローナ男爵夫人が居間の中に入って来るのを見て、ブランカとコンスタシアは立ち上がり、軽く礼をしつつ出迎える。
「 二令嬢様、本日もよろしくお願いいたします 」
「 よろしくお願いいたします 」
簡単な挨拶を交わした後、ブランカとコンスタシア、アローナ男爵夫人の三人は椅子に腰掛ると、早速講義が始まった。
二人が講義を受けている間、フェロル侯爵夫人とモルトレス侯爵夫人は、玄関からのドアに近い場所に用意された椅子に座って。
講義の邪魔にならない程度の小声でおしゃべりをしつつ、講義の様子を見守っていた。
「 コンスタシア様ったら・・・もぅ・・・欠伸なんかなされて 」
「 無理はございませんわ。私だとて、昔、お作法の時間が退屈で退屈で・・・よく欠伸をして、家庭教師の先生から叱られておりましたもの 」
「 まぁ・・・フェロル侯爵夫人も・・・ですの? 実は私もですのよ 」
くすくす笑いつつ、見守っていると・・・
どうやら実技の方に移ったらしく、ブランカとコンスタシアはテーブルから少し離れた場所に立って。
「 それでは、さっき説明したとおり、神殿に入って祭壇に拝礼するまでのところをやってみて下さい 」
と、言うアローナ男爵夫人の言葉を受けて、前に進み出たり、跪いたり、お辞儀をしたりを繰り返していた。
15時少し前
そろそろ講義も終わりと言う時刻。
玄関に続く扉が、軽くノックの音を立てたかと思うと、アンナがひょっこり顔を出し
「 フェロル侯爵夫人様、ちょっと・・・ 」
と、呼んだ。
フェロル侯爵夫人は、モルトレス侯爵夫人に軽く会釈を交わした後、アンナのいる扉の向こうへと姿を消すとアンナを誰何する。
「 どうしたのです? アンナ? もうすぐ講義が終わるというのに・・・」
「 申し訳ございません。 侯爵夫人様。 実は、ただ今、皇太子殿下付きの女官の方が先触れにお見えになられまして。 15時5分過ぎに、皇太子殿下が、こちらへお渡りになられると・・・ 」
「 まぁ・・・皇太子殿下が??? 」
フェロル侯爵夫人は驚いた顔になった。
先日のお茶会から以降、皇太子殿下が、公務の暇を見繕って、后妃候補の住まいを尋ねはじめた事は皇太子付きの女官長であるクエンカ侯爵夫人から聞かされていたが・・・
ブランカの元を尋ねてくるのが今日、これからだとは、思ってもいなかったのだ。
「 アンナ、今日はアビレス伯爵令嬢様もこちらにおいでなのよ・・・ 」
「 実は・・・私、そのことを皇太子殿下付きの女官の方にお伝えいたしまして、日にちか時刻を変更していただこうと思ったのです。 が、皇太子殿下は、アビレス伯爵令嬢様とお付きの女官の方もご一緒で構わないと申されておいでだとかで・・・ 」
「 そう・・・それでは、仕方がないわね。 モルトレス侯爵夫人には私から話しておきますから、アンナ、あなたはエマとココにお茶の用意を整えるよう、申し付けて 」
「 かしこまりました 」
アンナが使用人用の通路に消えたことを確認した後、フェロル侯爵夫人は、軽く額に手を当てながら、居間へと戻っていった。
15時ちょうど
「 それでは、本日の講義はここまでにいたしましょう 」
と、言う、アローナ男爵夫人の言葉を合図に、講義は終わった。
男爵夫人はアンナに先導され、フェロル侯爵夫人の控えの間として使われている別室で、茶菓を振舞われるために居間を後にする。
その姿を見届けたコンスタシアが行儀も構わず伸びをし、ブランカは右手で首筋を揉み解しながら、コキコキ首をまわし始めた。
そこへ
「 ブランカ様 」
「 コンスタシア様 」
と、フェロル侯爵夫人とモルトレス侯爵夫人が姿を現した。
「 フェロル侯爵夫人・・・ 」
「 モルトレス侯爵夫人も、どないしたんや? 」
ブランカとコンスタシアは、揃って あれ? と、言う顔になる。
なぜなら、普段の講義の後、女官の両夫人は講師の方とともに別室に入って。
講義の報告の合間に他愛もない噂話なども交えながら、講師の方とともに茶菓を楽しんでいるはずだったからだ。
「 ブランカ様、コンスタシア様、先ほど皇太子殿下の先触れが参りまして。 間もなく皇太子殿下が、こちらへお渡りになられるそうでございます 」
「 ええ!!! 」
「 ほ・・・ほんま??? 」
二人はともに慌て始めた。
「 ど・・・どないしょ? う・・・うち、こんなドレスでええんやろか??? 」
「 それよりフェロル侯爵夫人、皇太子殿下にお出しするお茶とお菓子の支度は??? 」
「 コンスタシア様、ドレスの事でしたら大丈夫かと 」
「 ブランカ様、お茶とお菓子でしたら、アンナがエマとココに命じて、支度させております。とりあえず・・・お菓子はブランカ様とコンスタシア様のお好きな、チーズケーキと栗のクッキーを 」
「 ありがとう。フェロル侯爵夫人。あ・・・それと茶菓はバルコニーに運んでいたくよう、ココに命じていただけますか? 」
「 かしこまりました。では私どもはお出迎えに・・・ 」
フェロル侯爵夫人とモルトレス侯爵夫人が、一礼してから下がると、コンスタシアは不思議そうな顔をしながらブランカに尋ねた。
「 なぁ、ブランカ。 なんで、お茶とお菓子をバルコニーに・・・ 」
「 この部屋はさっきまで講義で使っていたし・・・、今日はこんなにお天気がいいんですもの。
たまには外で、皇太子殿下をおもてなしするのもいいかなって思って。 それに、バルコニー下の庭園ではそろそろ秋の花が見ごろだし・・・ 」
「 そないなもんかね・・・ 」
クスクス笑うブランカの横で、コンスタシアは頭の後ろに腕を組みながら、釈然としない顔をした。
15時5分
数人の女官や侍女とともに、アルフォンソ皇太子がブランカの住まいを訪れた。
急な皇太子の来訪とあって、ブランカとコンスタシアは、半ば緊張した笑顔で皇太子を迎える。
「 皇太子殿下、本日はようこそお渡り下さり、ありがとうございました 」
ブランカとコンスタシアは、ドレスのスカートを広げ、頭を深く下げつつ挨拶する。
「 急に来てしまって、すみませんでした。 ブランカ嬢、コンスタシア嬢 」
「 い・・・いえ・・・ 」
「 お茶会では、あまり話すことが出来なかったものですから・・・今日は、ゆっくりと話したくてね 」
にっこりと笑う皇太子に、ブランカとコンスタシアの緊張が、少しずつほぐれていく。
二人は、皇太子をバルコニーへと案内した。
バルコニーに据えられたテーブルの前の椅子に、三人は腰を降ろす。
秋風が・・・さらさらと三人の上を通り過ぎ、どこからか金木犀の香りが漂ってきた。
「 こちらでの暮らしには、もう慣れましたか? 」
「 あ・・・はい・・・ 」
「 慣れたといえば慣れたほうやと思うけれど・・・ここでの暮らしは窮屈で・・・ 」
召使のココが運んできて、アンナが給仕してくれた紅茶を一口、すすってから、コンスタシアがグチを言う。
「 コンスタシア様・・・ 」
ブランカが少し困った表情を見せると、アルフォンソは上機嫌で
「 いいのですよ、コンスタシア嬢。 ブランカ嬢も言葉を選ぶ必要はありません。私たちは・・・いずれ・・・ 」
「 はい・・・ 」
皇太子の言葉に、つい頬を赤らめるコンスタシアとブランカ。
それを見た皇太子は、笑顔のまま
「 確かに、コンスタシア嬢などから見れば、こちらの暮らしは窮屈かも知れませんね 」
「 私も、コンスタシア様のように、感じることがございますわ・・・ 」
「 ほぉ・・・どのような時に? 」
和やかな語らいの時間は・・・過ぎていった・・・