第十二話 后妃候補たちの日常 前編
更新が遅くて申し訳ございません。
皇太子のお茶会の話は、前話でとりあえず終了し、今回は、
后妃候補達の日常生活の話
です。
1月24日、内容を加筆修正いたしました。
朝 7時
後宮に住まう后妃・妾妃 ( 后妃候補含む ) たちの一日は、この時刻からはじまる。
もっとも舞踏会や儀式などの行事で、前夜の就寝時刻が遅くなった時は起床時刻もそれにあわせて遅くなるのだが、それらの行事がなかった日は、体調不良でもない限りこの時刻に起床する。
レースの天蓋越しに差し込んでくる、柔らかな光の中、ブランカもまた、7時に目覚めた。
「 ん・・・うん・・・ 」
軽く身体を起こし、枕元に垂れている呼び鈴の紐を軽く引く。
チリ・・・チリリン・・・と心地よい音が、あたりに響いていく。
その音が止むか止まないかの間に、居間との境のドアが開いて。
侍女のアンナと、二人の召使・・・エレナとイレーネが入って来た。
エレナとイレーネは、持っていたお盆をサイドテーブルの上に置くと、エレナがレースの天蓋を開け、イレーナがベッド下にスリッパを揃える。
「 おはようございます、お嬢様 」
「 おはようございます、ブランカお嬢様 」
新皇帝の元に入内している后妃候補のブランカに 『 お嬢様 』 と、言う呼び方はおかしいかもしれないけれど・・・
正式な后妃・妾妃の任命を受けていない今、侍女や召使たちが 『 お妃様 』 と、呼ぶわけにはいかなかったのだ。
「 おはよう、アンナ、エレナ、イレーナ 」
ブランカは、そう声をかけると、身体をくるりとまわし、ベッドの端に腰掛けた格好になる。
そのままスリッパをはくと、アンナがお湯で湿らせたタオルを差し出す。
受け取ったブランカは、そのタオルで軽く顔を拭き、イレーナに渡した。
それを見計らって、エレナが
「 お嬢様、いつもの紅茶でございます 」
と、お盆に乗せた紅茶のカップを持ってくる。
「 ありがとう、エレナ。いい香り・・・ 美味しいわ 」
ブランカは紅茶を飲み干すと立ち上がり、居間とは別のドアの方に歩き出した。
そのドアの向こうには、洗面所と浴室、トイレがあるのだ。
しばしの後。
化粧部屋の中に、ブランカの姿があった。
ここで、夜の衣装のまま、後宮付きの女医の診察を受ける。
后妃・妾妃は、皇帝もしくは皇太子の後継者を産む事が一番大切なお役目であるため、女医の診察も聴診器を使った内科関係の診察の他に、
月のもの
の事も詳しく尋ねられ、女医の持っている専用のノートに記帳されていく。
診察を終えた女医が、ブランカの元から下がると、今度は着付けと化粧だ。
フェロル侯爵夫人が見守る中、近習のファナがドレスを着付けてくれる。
今日は午前中に、皇太子殿下のお出迎えに出なければならない。
そのため、普段よりも1ランク改まったドレスを身にまとう。
ブランカは衣装に関しては割りと淡白な性質だ。
だから、アンナとファナが相談して決めたドレスを、あれこれ言う事はほとんどない。
もっとも、全ての后妃候補がブランカのようではない。
噂話が好きで流行に敏感なパラカルボ侯爵令嬢のカロリーナや、悪趣味なほどの衣装道楽のヘタフェ男爵令嬢のソフィアなどは、侍女や近習が選んだ何着かのドレスの中から自分の身にまとう一着のドレスを選ぶのに、何度も脱いだり着たりを繰り返して。
長い時間をかけるようだ。
ドレスの着付けが終わると、今度は結髪と化粧だ。
ドレッサーの前に腰を降ろしたブランカに、ファナが床まで届く淡いブルーのケープを、ドレス全体が隠れるようにすっぽりとまとわせる。
アンナがブランカの後ろに回って髪を結いあげ、近習のテレサが化粧を施していく。
ブランカは、その名前のとおり ( ブランカには 『 白 』 という意味がある ) 、色白の肌をしていることと、どちらかと言うときつい香りが苦手であるため、白粉や香油は控えめだ。
テレサが施していく化粧にも、注文をつけることは滅多になかった。
これも、アビレス伯爵令嬢のコンスタシアあたりは、皇太子のお出迎えの時といえど、ほとんど化粧は施さないし、
逆にオリウエラ伯爵令嬢のクリステイネは、白粉をやたら分厚くはたき、やれ頬紅だの口紅だのと、かなりの時間をついやすようだ。
それらの支度が全て整うと、居間で朝食。
朝食のメニューは、後宮で暮らしている者たち・・・・上は后妃・妾妃から、下は台所の下働きや厩務員まで・・・全てが同じ物だ。
パンに日替わりのスープ、日替わりの卵料理と、温かい肉料理のメインデッシュ、サラダ、コーヒーだ。
もっとも同じとはいえ、各自の好みに応じて料理の内容は少しだけ違っていて。
ブランカはキュウリが苦手・・・というか大嫌いなため、朝食のサラダにはキュウリが入っていなかった。
その後、洗面所で歯を磨き、テレサに化粧を直してもらうと、フェロル侯爵夫人をお供に、皇太子殿下のお出迎えに出かける。
お出迎えが終わると、ブランカは普段着に着替えた。
ファナが選んでくれる普段着は、アンナのアドバイスもあってか、いつもシンプルで動きやすいものだ。
化粧も軽く落としてから、しているかしていないかわからない程度の薄化粧に整える。
普段は、皇太子殿下のお出迎えを終えると、12時に昼食を取り、19時に夕食をとる他は、22時に寝室に入るまで、后妃候補たちは自由時間だ。
それぞれの后妃・妾妃、后妃候補は、思い思いの時を過ごす。
ブランカは大抵、アンナをお供に図書室に行って本を読んだり、アンナやフェロル侯爵夫人を含む召使たち全てを遠ざけて、居間で一人、刺繍や編み物をしたり、絵を描いたり、興が向けばピアノやハープを弾いたりして過ごす。
勿論、他の后妃候補たちのお茶会に招かれることもあるし、フェロル侯爵夫人の勧めで、自らお茶会を開くこともある。
また、女官や后妃・妾妃達 ( 后妃候補含む ) の、衣装の仕立てを一手に引き受ける 『 衣装部 』 や、装身具や化粧品、ハンカチなどの小間物の調達・製作を引き受けている 『 装飾部 』 に配属されている女官や召使たちを呼んで、衣装や装身具の新調や縫い直しを頼むこともある。
もっともブランカの場合は、滅多にドレスの新調や縫い直しを依頼しないので、衣装部の女官が訪れることはごく稀なのだが。
ヘタフェ男爵令嬢ソフィアやパラカルボ侯爵令嬢カロリーナなどは、ほとんど毎日のように衣装部の女官を呼んでいるようだし、ハエン子爵令嬢のローサとオリウエラ男爵令嬢クリステイネの元には、三日にあけず、装飾部の女官が出入りしていた。
そんな自由時間だったが、今日は違っていた。
昼食後の13時から、お后教育の講義を受ける日で、講師の方 ( 勿論、女性である ) が、訪れることになっているのだ。
以前はブランカ一人のみの、マンツーマンで受けていたお后教育の講義だが、皇太子のお茶会のときに親しくなったアビレス伯爵令嬢コンスタシア付きの女官モルトレス侯爵夫人から
「 コンスタシア様のためにも、どうかウエスカ伯爵令嬢様とご一緒にお后教育を受けさせて下さい 」
と、女官長を通じてフェロル侯爵夫人に申し入れがあり、フェロル侯爵夫人とブランカの双方が了承したため、一緒にお后教育を受けている。
どちらの住まいで講義を受けるかは、女官同士が取り決めたようで、ほぼ日替わりだ。
前回の講義はコンスタシアの住まいで受けたことから、今日は、ブランカの元にコンスタシアがやってきて。
ブランカの住まいでお后教育を受けることになっていた。
13時少し前
アビレス侯爵夫人をお供に、コンスタシアがブランカの元を訪れた。
簡単な挨拶を交わし、茶菓が供される。
その間に、アビレス侯爵夫人とフェロル侯爵夫人が、居間の中央に置かれたテーブルの上にペンやノートといった文房具を揃えていく。
「 今日の講義は・・・なんやったけ? 」
「 確か、収穫祭の時の儀式の説明と、神殿でのお作法でしたわ。
そうでしたよね? フェロル侯爵夫人? 」
「 ブランカ様、左様でございます 」
「 あー・・・また堅苦しいお作法かぁ・・・肩がこってしゃーないわ 」
「 これ!! コンスタシア様!! 」
いたずらっ子のように、コンスタシアはぺろりと舌をだした。