第十一話 皇太子のお茶会 --- コンスタシア編 ---
アビレス伯爵令嬢・コンスタシア視点での、皇太子主催のお茶会です
「 ふぁ・・・ 」
私は、鏡の前で近習の女に髪を結われながら、思わず欠伸をした。
あ、私はコンスタシア。
父は、この国の山岳地方に領地を持つ領主のアビレス伯爵。
そして、父が母との間にもうけた子供は、私一人。
私は一人娘ってことだ。
一人娘って言う事もあって、私は両親や祖父母から、さんざん甘やかされて育った。
刺繍や編み物といった、貴婦人の一般教養も勿論、教えられたんやけれど・・・
どういうわけか、私は家の中にいることよりも外が好き。
剣や狩り、遠乗りといった、貴公子のようなことが大好きやった。
それを両親も祖父母もとがめなかったから、私はますます外に出ては、木登りをしたり泥んこになって泥遊びをしたりと言うことが多くなっていた。
10歳前後になる頃には、いかつい顔をした家庭教師を巻いて、外に逃げ出して。
家庭教師を何度も困らせたものだ。
馬で駆け、風を感じていると・・・
なんだか屋敷の中に閉じこもってばかりいるのが、アホらしくなってしまうから。
だから、突然、父から
「 お前を新皇帝の元に入内させることにした 」
なんて、言われた日には、心底驚いたんや。
抵抗はしてみたけれど・・・決まったことは覆せなくて。
『 どうせ選ばれへんに決まっている 』
と、思って、後宮への入内試験も、いい加減な気持ちで受けたんやけど・・・
まさか、私が八人いる后妃候補の一人に選ばれるなんてね。
ほんまに、晴天の霹靂だったわ。
入内してから、今日までも大変だった。
だって、ここへ来てやることといえば、皇太子殿下が神殿へ礼拝にお見えになられた時のお出迎えくらいで。
後は、何もすることがないんやもん。
遠乗りは、一番に禁止されていた。
前庭を歩くのと、図書室に行くのはかまわないんやけれど、それ以外の場所に出かけようとしたら、一々女官長の許可を得なければならへん。
うぅ・・・
退屈で仕方がない。
で、近習の女と、侍女のモニクの目を盗んでは、こっそり庭の木によじ登ったり、窓の上に隠れたりしていたんだけど・・・
そんなときには決まって女官のモルトレス侯爵夫人に見つかって。
夕食前に、散々お小言を言われてしまうんや。
誰がちくってるんやろ???
不思議や。
だから、本当は今日の
皇太子殿下主催のお茶会
なんてのにも、出席したくはなかったんや。
けど、モルトレス侯爵夫人とモニクが、あの手この手で説得するもんやから・・・
今も退屈で仕方がない中、支度を整えている。
さて、私の支度も整って、お茶会が開かれる『 天の宮殿 』の、音楽室に到着した時。
扉の前で、ひと悶着が起きていた。
なんでも、皇太子殿下直々のご命令で、お茶会の出席を禁じられた令嬢の一人が、お付きの女官と共に現れて。
「 中に入れて!! 」
と、騒いでいるらしい。
面倒なことに巻き込まれるのは嫌だったからね。
扉から少し離れた場所で、モルトレス侯爵夫人と一緒に待っていたんだけど・・・
興奮ししいるらしい、甲高いキィキィ声が、こっちまで聞こえてくるんだ。
挙句、無理やり中に入ろうとして女官達と一触即発になって。
駆けつけてきた姫騎士達によって取り押さえられた令嬢は、キィキイ声でわけのわからないことをわめきながら、姫騎士達に両腕を抱えられるような格好で、どこかへと連れて行かれていた。
「 あのようなお方を見ると・・・コンスタシア様は、まともだと感じてしまいますわ 」
モルトレス侯爵夫人、聞こえないように小声で言ったつもりでしょうが、ちゃんと私には聞こえていますから。
はい。
お茶会は・・・皇太子殿下のお出ましと共に、和やかな雰囲気で始まった。
始まる前に、扉の前であったひと悶着が嘘のようだ。
「 でね、その時、どこそのの子爵家の執事が・・・」
「 まぁ・・・それでその執事さんは、どうなりましたの? 」
「 それがねぇ・・・ 」
カロリーナ嬢が、面白おかしく噂話をしているのを、皇太子殿下と他の令嬢方が、相槌を打ちながら聞いている。
私も、
これも社交辞令の一つ・・・
と、欠伸を噛み殺しながら聞いていたのだが・・・
だんだん退屈の限界に来てしまった。
ふと、テラスの方を見ると、外はとてもいいお天気で。
そろそろ紅葉し始めた木々が、柔らかな風に揺れている。
皇太子殿下の方を見ると、殿下は4人の令嬢方に取り囲まれていて、とても私が入っていけるような雰囲気ではない。
ん????
4人???
招かれているのは、私を入れて6人のはず
とすると・・・残りの一人は???
あたりを見回すと、いた。
令嬢方から離れた窓辺のピアノの前の椅子に、一人の令嬢が腰を降ろして、ピアノの蓋を開けようとしていた。
「 こんにちは 」
私は、その令嬢に気づかれないように、そっと近寄ると、ピアノの上に頬杖をつきながら話しかけた。
「 あ、こんにちは。コンスタシア様・・・でしたよね 」
「 あれ? うちの事、知っているの? 」
「 ええ・・・殿下のお出迎えの時、いつも私の右手に立たれますから 」
「 あ、そうだっけ? で、あなた、名前は? 」
「 パブロ・ホセ・デ・ウエスカが長女、ブランカにございます 」
ブランカ嬢は、椅子から立ち上がると、優雅にお辞儀をした。
私も思わず答礼をする。
その後、さっきと同じ格好になり
「 ウエスカ伯爵令嬢のブランカ様??? あの、変わり者の? っと、ごめんなさい 」
「 いいんです。私自身、変わり者だと自覚をしていますから。
それよりもコンスタシア様、確かご領地は、アノン神殿のお近くだと聞いていますが・・・ 」
「 アノン神殿、確かに近くだけど・・・知っているの? 」
「 ええ。一度一人旅をして、巡礼に行ったことがありますから 」
「 よく一人で行ったねぇ・・・でもうちも人の事、言えないか。
供の者を巻いた遠乗りのついでに、アノン神殿まで行ったことがあるからさ。
あの神殿、壁画が綺麗なんよね 」
「 そうそう、暁の神を描いた天井画がとても素敵で・・・ 」
私はいつしか、ブランカ嬢と、取り留めのない話をしていた。
話すうちに思ったことは、
ブランカ嬢が変わり者なんて、誰が言い始めたことなんだろう
って事。
確かに、時折答えは食い違うけれど・・・
歴史や文学、芸術に対する知識は、相当なものだ。
噂ばかりしているカロリーナ嬢と話しているよりも、よほど楽しい。
「 ねぇ、コンスタシア様 」
鍵盤の上に指を置きながら、ブランカ嬢が話しかけてきた。
「 私、コンスタシア様が殿下の第一后妃に選ばれたらいいなって、思っていますのよ 」
私は慌てて否定し
「 アホなこと言わんといて。うちこそ、ブランカ様みたいな方が、皇太子殿下にはふさわしいとおもっとるんやで。
それよか、なんか弾いてくれへんかなぁ・・・
ピアノ、弾けるんやろ? 」
私の頼みに、ブランカ嬢は笑顔で頷くと・・・
この国の人間ならば、誰もがよく知っている曲を奏で始めた。
コンスタシア嬢は、大阪言葉を喋っています。
貴族の間では、当然、きちんとした共通語が話されているとは思うのですが・・・
方言も残っていると言う設定で読んでくだされば、嬉しいです。