第九話 それは、秋の神殿で その三
「 ・・・・好きなのか? 」
急に聞こえてきた声に、ブランカはビクリと体を震わせると、口を軽くあけたまま声のした方を見た。
声の方向にいたのは、アルフォンソ皇太子。
神官長を従えて、微笑んでいた。
「 こ・・・皇太子殿下!! 」
慌ててブランカは、ドレスのスカートに手を当て、軽く広げてお辞儀をする。
「 こちらへおいでだとは露知らず・・・申し訳ございませんでした 」
謝るブランカを見たアルフォンソ皇太子は、クスリと笑い
「 謝罪などいらぬ、顔を上げよ。
ブランカ嬢・・・だったな? そなたは、私の后妃候補の一人の。
それよりもそなた、その女神が好きなのか? 」
「 え??? はい・・・ 」
そっと顔を上げると、ブランカはアルフォンソ皇太子の問いに、ビクリと背筋を伸ばしつつ答える。
「 ふふふ・・・そんなにかしこまらなくとも・・・。
そなた、さっきからずっと、このステンドグラスを見つめていただろう?
そんなにこのステンドグラスが好きか? 」
「 好きかと聞かれましても・・・最初は、歴史的興味から、このステンドグラスを見つめていたのです 」
「 歴史的・・・興味? 」
「 はい。
このステンドグラスは、この神殿が建立されたとき、時の皇帝パブロ・レオン二世陛下の勅願によって作られた物と聞いております。
あの・・・女神の周りに咲くコスモスの花に使われている色ガラスは、当時の技術の粋を集めたもので・・・現在の技術では、なかなか作ることが出来ない品だとも 」
アルフォンソ皇太子は、背後に立つ神官長に、小声で
「 そうなのか? 」
と、尋ね、神官長は
「 左様でこざいます 」
と、応じる。
「 しかし・・・ 」
「 しかし? 」
「 このステンドグラスを見ているうちに・・・なんと申しますか、心が温かくなってしまって・・・
目が離せなくなってしまったのでございます 」
それを聞いたアルフォンソ皇太子は、何度となく頷いた。
自分もまた、このステンドグラスを見つめていると、ブランカと同じように心が温かくなって。
何故か、安心していくのを感じていたからだった。
しばらくの間、アルフォンソ皇太子とブランカは、時に神官長も交えて、秋の女神のステンドグラスについて語ったのち、分かれた。
が、ブランカと分かれた後、アルフォンソ皇太子がクスクス笑いながら
「 面白い女だ 」
と、つぶやき、神官長もまた
「 確かに・・・評判どおりの変わり者ではございますが・・・
歴史や美術に関する知識は、なかなかのものを持った后妃候補様でございますな 」
白い髯をこすりながら言ったのを・・・
ブランカは知らなかった。