精霊付き遺産相続 8
〔精霊ですって?〕
コニーからの手紙は、そう始まっていた。
わたしは結局、彼女への手紙に精霊のことを書いてしまったのだ。彼女が送ってくれた友情あふれる七枚にも及ぶ手紙に見合う返事をしようとしたら、触れないままでは済ませられなかったのだ。わたしも自分の話を誰かに聞いてほしかったのだろう。
危険はないのか、恐ろしい目に遭っていないか、彼女は心から心配してくれていた。夜、屋敷のどこかから奇妙な音が聞こえたりはしないか、廊下の先に影を見たことはないか、突然の嵐が起こったことはないか、肖像画の中の人物が消えていたことはないか、朝起きたらいつも同じ場所に血の跡が残っていることはないか、等々、具体的にあれこれと質問もしてくれていた。
返事ではわたしが平穏な生活を送っていることをくわしく語ってあげないといけないわ。
幸いなことにコニーが危惧したような怪奇現象は、今のところ本当に何も起きていなかった。この屋敷の精霊ミスター・ナイトレィは、住人を死ぬほど、あるいは本当に死んでしまうほど驚かせて幽霊人生を楽しむタイプではないようだった。幽霊といわず精霊だと自己紹介したのは、彼が本当に屋敷を守るために存在するものなのだと真面目に伝えようとしていたのかもしれない。
あれから、ミスター・ナイトレィと名乗った精霊はたびたびわたしの前に姿をあらわした。体の線にフィットした黒いコートとズボンに、ハットとステッキを手に持って。歓迎されているのだと、わたしは思うことにした。
あれは最初に出会った翌日の午後だった。彼の控え目ながら熱心な申し出をわたしが承諾すると、彼は屋敷の隅々を、庭の隅々を、少し足を伸ばしたところにある池では夏は泳ぎたければ泳いでもいいし釣りも楽しめることまで、細やかに説明しながら屋敷を丁寧に案内してくれた。
例えば、池の小島の東屋は、昔、当主の息子が心おきなくバンジョレレ(バンジョー・ウクレレ。楽器)の練習をするために特別に造られたものだ、とか。
それと一緒に、精霊は主人としてのわたしへの要望も口にした。
「アドベリーハウスは由緒ある屋敷です。しかし、それだけの歴史に見合う扱いを現在受けているとはいいがたい。あなたもお気づきでしょうが建物のあちらこちらに痛みも見受けられます」
修理や手入れを怠りなくやることも、館の主人の大事な務めなのだと、彼は伝えたいようだった。
「何もしないつもりはありませんけれど、でもすべてを管理するのは、わたし一人の手には余ります」
屋敷は一人で住むには大きすぎて、使わないことにした──つまり管理を諦めた部屋の方が遙かに多いくらいだし、庭だってその姿は自然の偉大なる生命力にゆだねたままなのだ。アドベリーハウスは本来貧乏な元メイドが持てる屋敷ではない。それがかなったのは、時代が変わってしまったからだ。貴族たちが没落して屋敷を手放し、労働者階級から新しい富裕層になった人々がそれを入手できる時代。
わたしの口調がずいぶんと淡泊なものだったためか、精霊は口をつぐんだ。真面目そうで、厳粛な表情はまったく揺るがないのに、彼がわたしの返事に少なからず驚き失望しているらしい空気が感じられた。
「確かにメイドだった方には屋敷の管理は難しいでしょう」
「そうね。財産なんてなにもない、こんな主人らしくない主人で残念だったわね」
「ああ、いえ、そういうつもりで言ったのではありません」
精霊は戸惑ったようだった。それがたとえ真実であってもあからさまに言っては人を不愉快にする。階級が劣る者にもプライドがあるのだ。彼はそれを思い出したのだろう。わたしだって、魅力的に相手の話をかわす洗練なんて、かけらも身につけていないけれど。
彼は案内を続けながらこの屋敷が長く素晴らしい歴史を持つのだと、それまでと態度を変えず丁寧に説明を加えていった。
「あなたはこの館がその歴史にふさわしい風格を維持し、つつがなく次代に残ることを希望してらっしゃるのね?」
「そのとおりです」
と彼はうなずいた。
彼の気持ちはよくわかったと思う。わたしだってこの屋敷を台なしにしたいとは思わないし、必要なことはできるだけやりたい。
でも、彼が満足するであろうほどの管理は明らかにわたしの財力が及ぶ範囲を越えていて、それは財力のわかりにわたしのやりがいか何かを奮い立たせ情熱を精一杯に傾けでもしなければ、──いえ、たとえ傾けたとしても、不可能だと思われた。
「やっぱりあなたのご期待に添うことは、わたし一人では難しいと思います」
両側に火を点けた蝋燭は、一時は明るくまわりを照らしても、長持ちせずに尽きるのだ。
「そのかわり、例えば暖炉の回りの装飾を切り売りなどはしないし、屋敷にあなたの承諾なくわたし好みの勝手な改変は加えません。わたしに今できるお約束はこれが精一杯です。これでいかがかしら」
じゅうぶんな歩み寄りだと思う。最後には彼もこの提案にうなずいてくれた。




