精霊付き遺産相続 7
「この屋敷に棲む、精霊です」
アドベリーハウスへ来た初日、屋敷で対面した人物は、さらりと、でも重々しく、そう言った。わたしはその言葉の意味するところを飲み込むのにしばらく時間を要し、飲み込んだところで思わず小さな声を上げた。
「ぇぇ?」
彼は真剣に説明してくれた。
「この屋敷の精霊です。聞いたことはありませんか? 古い屋敷には精霊がいて、屋敷とそこに住む人間を守るのだと」
そんなおとぎ話を大真面目に言いながらすらりとした足を折り、ゆっくりと階段を下りてくる。
「幽霊屋敷ってことかしら?」
わたしは迷いながらも、通じない冗談に応じる時の的外れな感覚を感じていると含ませて問い返した。彼は小さく眉をしかめた。
「ああ、やはり信じていただけませんか」
彼は自分に向かって諦め混じりのため息を吐いた。自分の発言の重大な言い間違いに自分で落胆したかのようで、わたしは思わず気の毒になっていた。
「降霊会が流行っていたのはもう昔のことですから」
ヴィクトリア女王の治世の頃は、フォックス姉妹、ヘレナ・ベッチー、フォローレンス・クックなどなど、有名な霊媒師もいて、たとえばかのサー・アーサー・コナン・ドイルも霊の存在を信じ切っていたとか。でもそんな時代は過ぎたのだ。
とうとうその人はわたしと同じ段に立った。そして無言でわたしを見つめた。すっかり会話がとぎれていた。
自分が精霊であると主張するならば、ここはその主張を補完するべくもう少し詳しい解説を聞かせてくれる場面ではないだろうか。わたしはそれを期待して、彼を待っていた。けれども彼は無言だった。それでいてわたしをその黒い瞳でじっと見据えたまま、まなざしを逸らそうとしない。何か彼の心をとろかせるような言葉か、微笑みか、態度か、そういったものを期待されているような圧迫感を感じたけれど、わたしはどう応えるかなど初対面の相手では決めかね、気詰まりになってきてしまった。紳士と軽妙な会話をしろなどと、メイドに期待するものじゃないわ。
わたしは口を開いた。
「精霊というのは、お名前ではありませんよね?」
「もちろんです」
彼は即座に答えた。そして口をつぐむ。相変わらずまなざしはわたしから揺るがせないまま。
「では、あなたのことはなんとお呼びすればいいのでしょう?」
彼ははっと自分のうかつさにうろたえたようだったけれど、そこは紳士らしく醜態など見せず、
「失礼しました。フィッツウイリアム・ナイトレィと申します」
「ミスター・ナイトレィ」
「はい」
彼は小さくうなずいた。それまで彼がみせていた微笑みは、それを微笑みと呼んでよいものならば、儀礼的なものを時折口の端に浮かべるだけだったけれど、この時は自然な感情に従って微笑んだように見え、その素直な表情は意外に印象深くわたしの心に残った。
彼はどこかためらいながらも、とうとうもう一歩わたしの前に進み出て、言った。
「あなたがこのお屋敷の主人となられたからには、わたしもあなたの所有物ということです。わたしも精霊として時々姿をあらわすことになります。お見知りおき下さいますよう」
そして彼はとても折り目正しい、典型的な貴族の男性が淑女に対してするお辞儀をしてみせたのだった。




