精霊付き遺産相続 6
〔親愛なるリディア、新しい生活はいかがですか?〕
コンスタンスからの手紙はそのように始まっていた。便せん七枚に、すみからすみまで花のようにきれいな文字がびっしりと綴られている。
コンスタンスはグレッグソン家の女性家庭教師だ。だからわたしの元同僚ともいえた。けれどもわたしがグレッグソン家でメイドをしていた頃、コンスタンスとわたしは七枚にも及ぶ手紙をやりとりするような親しい間柄ではまったくなかった。にもかかわらず、彼女からの手紙には、あらゆることが書かれていた。
わたしのことを心配しているから、近況を知らせてほしいこと。わたしのかわりに一人メイドが入ったこと。けれども新しいメイドはグレッグソン夫人のお気に召さなかったらしく、夫人はたびたび不満を漏らしていること。
そして、〔召使には教養や人格などないと考えられがちですが、あなたにはずっと知性を感じていました〕とコンスタンスは綴っていた。
その評価は(もちろんうれしいことではあるけれど)ともかく、彼女の心情は信じてよいように思えた。
彼女は経済的な理由で仕事を必要としているけれど、身分で言えば良家出身の女性家庭教師。召使の中でも別格の存在だ。比べてメイドは家の中で身分が下から数えた方が早いくらい下。メイドは命令をされる以外、主人やその家族と親しく口をきいたりは普通しないものだけれど、女性家庭教師は主人一家と旅行をしたり、食事に同席したりすることもあったし、彼女のお世話もメイドの仕事だった。
わたしたちメイドからすると、コンスタンスは同じ屋敷の中でこちらから話しかけてはいけない人種に属していた。親しい関係を築ける相手ではなかったのだ。
その彼女が、わたしがグレッグソン家を解雇された時、ただ一人同情的な態度を示してくれた。「これからどうされるの?」とわたしに話しかけてくれたのだ。
わたしが愚かだから解雇されるのだ、すべてわたしの責任なのだ、祖父が亡くなったのも莫大な遺産を相続する羽目になったのもわたしが愚かなるがゆえで、グレッグソン氏はわたしに当然の報いを受けさせたのだ。他の召使たちはわたしにそんな無言の視線をあてた。だいたいそう言う趣旨のことを直接わたしに言う者もいた。
昨日までは平凡で冴えない下っ端の召使だった者が、突然大出世してグレッグソン家で一番の財産持ちになったのだもの。彼らだっておもしろいはずはないし、あの子は馬鹿だから、と考えて自分自身をなだめる気持ちもわからなくはない。わかりたくないけれど。
だからといってそんな視線を浴びせられては力を落とす。わたしはコンスタンスの親切に救われた気持ちになった。
「これからのことはまだ何も決まってないわ。子供じゃないからダーバヴィル家に引き取られるわけではないし、働かないといけない。でも急なことだから」
その時は解雇を言い渡されたばかりで途方に暮れてもいたし、だからコンスタンスが女性向けの最近の仕事に電話交換局の交換手があると教えてくれたのには、心から感謝した。
わたしはずっと、女性家庭教師というのはお嬢様向けの気楽な仕事だと思っていた。子供に教える時に手元に忍ばせておける手軽な参考書が出版されていて、それに書いてあるとおりに授業をしていればいいのだ、と聞いたことがあったのだ。けれども今コンスタンスからの手紙を読みながら、女性家庭教師の立場はそれほど単純ではないのかもしれないと、はじめて彼女の状況に思いがおよんだ。
主人家族からすれば、男性の個人指導教師は客人扱いでも、女性の家庭教師はあくまでも召使。同等ではない。一方、召使側からすれば、やっぱり女性家庭教師は同等の召使ではない。メイドより遙かに主人一家に近い地位にいると思われているのだ。
だから召使たちは彼女を、主人一家に対するのと同じように、話しかけられたり何かを命じられたりする時以外は、できる限り距離を取っていた。こちらから近づくことは仕事上必要でもない限り絶対にしなかった。それが屋敷内の秩序だったからだ。
つまり、女性家庭教師からすると主人一家も召使も、どちらも対等の相手ではなく、彼女は屋敷の中で孤立していたのだ。そして子供相手の授業の他にはすることもなく、もてあました時間を潰すため、知り合いに片っ端から手紙を書いているのだろう。
読みながら、わたしは彼女に同情を覚えはじめてもいた。
コンスタンスはまさしく前世紀のお嬢様だ。ほとんどの財産を失った没落下級地主階級の出なのだ。爵位はないと言うだけで、元々は北イングランドに相当の地所を持っていたという噂だった。彼女はそんな出自にふさわしい、前世紀に好まれた種類の、薄弱とした美が結晶化したかのような容姿と不幸な境遇がつくる儚げな様子をまとう、多くの紳士諸氏がよろこんで救援の手を差しのべたくなる──というより、その無知さや意志の弱さにつけ込むタイプの女性の、典型的な一人だった。
世が世ならお嬢様として何不自由なく生きられただろうに、実際は生きていくためによその家庭に雇われ住み込みで働かなくてはならない。グレッグソン家では窓辺でほっと寂しくため息をつく彼女の姿を、わたしは何度も見かけた。ほっそりとした肩や腰のやわらかな曲線が、彼女の薄幸さを強調し、より印象深い絵画にしていた。わたしなんかが隣に立っては、その絵がだいなしになってしまうような。
たぶん、彼女こそ、わたしが今住むこのお屋敷を相続するのにふさわしい女性だったのではないかと思うくらいだ。何よりも彼女を不幸にしているのは、彼女が自分の境遇を受け入れがたいものだと感じていることだと思う。彼女は自分を助けてくれる王子様があらわれるのを待ちこがれて狭苦しい不幸の花園に立ちつくしているかに見えるのだ。コンスタンスは不運に立ち向かうには神経が弱々しく、人生をつらそうに生きている。
そしてコンスタンスはわたしへの手紙の中で、これからも友人でいてほしいと懇願していた。これからはコニーと呼んでほしいと。
呼べというのなら、遠慮なくコニーと呼ぼうと思う。
けれども、友人!
わたしはなんとなく彼女の気持ちを理解したと思った。
たぶん、高い地位にいながら──彼女は直系ではないにしても貴族の出だから本来の地位は高い。そしてわたしは今度のことで発覚したが、大金持ちのダーバヴィル家の人間だったのだ。そんな出自でありながら、共に自身で働かなければならない残念な境遇が、同じ種類の人間だという深い共感や親近感を生んだのだろう。
けれども、さっきも言ったように、コンスタンスは温室の中で育てられた薔薇。十九世紀のお嬢様だ。わたしみたいな野育ちの雑草(せめてよい香りのするハーブあたりと思いたい)とは違う。
「きっと今のわたしを知ったら、愕然とされるわ」
わたしは読み終わった手紙をたたんで封筒に戻し、モダンガールよろしくやっていた煙草を消し、かわりにグラスを取って、底に残っていたお酒を飲みほした。
煙草なんて、グレッグソン家の喫煙室にお客様が忘れていったケースから一本、心付け(チップ)がわりにいただくのは召使たちの常習、特に男性陣に人気があったのは高価なターキッシュ(煙草の銘柄)だったし、お酒だって、週末の夜にみんなと飲みに行くのはわたしたちのほとんど唯一の慰めだった。
お上品な方々はメイドの質も低下したと嘆かわしげだけれど。今時のメイドときたら。お決まりのフレーズ。賭けてもいいわ、百年前のメイドも同じことを言われていたって。
夜が更けていた。そろそろ寝た方がいいだろう。ベッドに入りながら、わたしはコンスタンス、いえ、コニーへの返事はどうしようかしらと考えた。
あなたに勧められた電話交換局の女性オペレーターの仕事を得ることが出来ました。これは書かなければならない。
多くのお金持ちの家に電話が普及した。そのためか、電話交換局で働く女性オペレーターはほとんど常時募集中だった。メイドの応募だったら以前の職場がどこだったかだとか、書いていただいた推薦状だとか身元保証人だとかをよくよく調べられるというのに、オペレーターの面接はごく簡単なものだった。
上流階級の方に不快感を与えない丁寧な話し方とある程度の正しい発音が出来るかを軽く確認されたら、即座に採用が決まった。そしてその日のうちに操作盤の前の背の高い椅子に座らせられ、ジャックの接続方法と受話器のあてがい方などを教えられ、仕事が始まっていた。
わたしはグレッグソン家では客間メイドも兼ねていたから、そこはちょっぴり有利だったようだ。来客のためにドアを開けたり、主人に取り次ぎをしたり、お客様の前に出ることの多い仕事だったから、紳士淑女に接するのにも多少は慣れていた。
オペレーターとメイドの違いは、メイドには食事とベッドがすべて主人によって用意されているけれどオペレーターはそうではなく、オペレーターのお給料は悪くないけれどメイドのお給料はないに等しい点だと思う。
共通点は年季の長い同僚が他人のプライベートまで仕切りたがる点や、仕事の合間に同僚たちとお茶を楽しむ時間もちょっぴりはあって、互いの気心が知れてくると仕事がスムーズに進むようになること。
オペレーターのお茶の時間のおしゃべりは、上流階級の方々がするものや召使仲間でやっていたものとまったく同じ、噂話。慣れてくればこれもよいお仕事だと思えた。
たとえ、
「何度同じことを言わせる。オウムじゃないんだ」
「何て言ったの? 聞こえないわ。はっきりおっしゃい」
「そんなにわめくものではありませんよ、あなた」
「では、君、よく聞きたまえ」
というような会話を一日中何度となく繰り返さなければならないとしても。
電報との区別がついていない人もよくいるし、個人の生活にずかずかと割り込む電話に強い不快感を持つ人もまだまだ多く、その不快感はだいたいオペレーターへ向けられる。
それはいいとして、精霊のことは……。
わたしは彼女には屋敷に精霊が棲んでいたなんて、言わない方がいいように思えた。




