精霊付き遺産相続 4
ベッドルームは二階より上と決めていた。問題はそれだと部屋がキッチンから遠くなること。手を洗う水場も食事を作るのも下の階だ。いっそのことキッチンとその続きの召使たちの仕事部屋で生活をする方が小回りがきくかしら、とも思ったけれど、上の階からの庭園の素晴らしい眺めは捨てがたい。
窓を開けたらいつでもそれが目に飛び込んでくるのだ。朝起きた時にそれを眺めた気分を想像してみよ。この世で味わえる最上の至福に違いない。
遠くまでうねってゆく野原、丘陵の起伏が折り重なっている地平、視界いっぱいの空に広がる夜明けや黄昏、生い茂る樹々には小鳥がいて囀り、庭園は花々であふれ、小道を少し行くと池もあって、水面がきらきらと輝いている。池の中央に浮かぶ小島には東屋もある。
女主人の気分を味わいたいなら、絶対上の階だわ。これは譲れない。たとえこの屋敷の女主人役と全召使役を、一人で同時にこなさなければならないのだとしても。それだけはもう決定事項だった。
エントランスホールのすみに少ない荷物を置くと、とにかくわたしは屋敷を見て回ることにした。自分の寝室、食堂室や居間を決めて行くのだ。こんなにたくさんあると、どの部屋がいいか決められないかも。寝室は時々移るのも楽しいかもしれないわ。
一階、二階、そして三階を見上げてみる。こういうお屋敷の場合、一階、主階、屋階と呼ぶべきかしら。
「こんなに広いと、掃除が大変だわ」
つぶやいて、はたと気づいたわたしは笑っていた。
「まあいやだ。わたしったら根がメイドだから、真っ先にそんなことを考えてしまうのね」
わたしがたった一人で掃除するなんて、この屋敷は広大すぎた。
部屋数を数えるのも、扉を開けるたびに出てくる部屋部屋に見入ってしまって途中で数を忘れ、最初から数え直すのも面倒になって放棄した。地方の良家どころではない、まさに本物の貴族のお屋敷だった。
でもダーバヴィル家はこんな屋敷を持つような貴族ではない。紳士や貴族というのは自分では仕事せず、地所から入る収入だけで優雅に暮らす人たちのことを言う。商人はいくらお金持ちでも自分で働くのだから格が下だと思われている。
もっとも、法律が変わった今は貴族といえば借金まみれで、住むところがないから先祖伝来の田舎屋敷に住んでいると言うにすぎず、体面の維持にかかる莫大な費用を受け持ってくれるだろう金持ちと結婚したがっているもの、そう、莫大な遺産の女相続人やアメリカ大富豪のお嬢さまは大歓迎、と言われているけれど。
ということは、ただのメイドは──そしてただの元メイドも、貴族や紳士が結婚相手に選ぼうとするこの世で最後の女性群ということね。その上わたしはお金のかかる田舎屋敷付き。あらまあ、なんて絶望的。
ダーバヴィル家がこの屋敷を所有しているのは、経済的に成功した証なのだろう。わたしはただ運良く──それとも運悪く──それを相続したのだ。
「メインの部屋以外は使わないようにするしかないわ」
うっかりすべての窓なんか開けていたら、夜寝る前に全部の窓を閉めて回るだけで、たぶん、一時間かかってしまう。少なくとも三十分は。
それでこの素晴らしいお屋敷が荒れてゆくとしても、わたしには手に負えないのだ。お屋敷にはこれも運命と諦めてもらうしかない。わたしの次はお金持ちで、屋敷を愛し、その維持にあらゆる努力と散財を惜しまない素晴らしい主人に恵まれることを、お屋敷のためにも心から祈るだけだ。
三階は時々、眺望を眺めにあがるだけと決めた。あとのことは暮らしのめどが立ち、生活に余裕ができてから考えよう。そんな日が来ればだけれど。
さて、では三階を今から見に行こうか、それともそれは明日にしようか迷った、その時だった。




