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精霊付き遺産相続 14

 わたしたちは飛び上がって振り返り、言葉を失って顔を見合わせた。突然のわけのわからない恐怖にわたしたちは互いの体を寄せ合っていた。

「なに?」

 先に動いたのがどちらだったかわからない。けれど、とにかくわたしたちは我に返るとすぐさま引き返し、扉を開けた。音がしたのはそこからだったからだ。

 ホールの床にはところどころすり切れた、でも見事な年代物の絨毯が敷いてある。そのほぼ真ん中に、シャンデリアが潰れて転がっていた。壊れた残骸をホール中に散らばしている。埃が舞う中、飾りがまだ揺れていて、たった今恐ろしい出来事が起こったばかりなのだと教えていた。

「落ちたのね……」

 わたしは天井を見上げた。高い天井には、さっきまでシャンデリアをつり下げていた金具がちぎれて残されている。

「リディア……」

 どれくらい呆然としていたか、コニーがようやく口を開いた。

「精霊のしわざかもしれないわ」

 わたしを振り返る。

「彼、何かが気に入らないと伝えようとしているのかも。よけいな詮索(せんさく)はするなって警告だとか」

 まさか、とわたしは思ったし、彼女も真剣に信じ込んでいるわけではなかった。疑わしい可能性の中のもっとも可能性の低い馬鹿馬鹿しげな一つを口にしただけだ。わたしはちょっとだけ笑い、

「屋敷はあちこち痛んでいるから、ちゃんと補修しろって言いたいのよ」

 でないと、お客の紳士が身に迫った危機を逃れるため部屋の窓から逃亡を図り、立派で頑丈な雨樋パイプを伝って降りようとしたら、それは長年の風雨に痛んでいて、紳士を下へ振り落としてしまいました。──ということになりかねない。

 とはいえ「補修」と言ってしまってから、本当にこれは「屋敷の手入れをしてほしい」という精霊からのメッセージなのではないかという考えが、ふと胸をよぎった。

「少なくとも、落ちたのがわたしたちが外に出た後でよかったわ。わたしたち、直前にあの辺りでしばらく立ち話をしてたもの。あの時に事故が起こっていたら、下敷きになっていたかもしれない」

 とにかくわたしたちは散ったシャンデリアだった本体とその具材を拾い集め、とりあえずクローク・ルーム(エントランスにあるコートを脱ぎ収納する専用の小部屋)にすべてを押し込むことにした。

 金属の部分がすっかり歪んで折れてしまったところもあるようだから、もう修理は無理だろう。といってこのエントランスに見合うシャンデリアは、電話交換手のお給料ではとても入手できそうにない。別のもので間に合わせるしかない。シャンデリアは使っていなかったから──なにしろそれだけの蝋燭を点けたり消したりするのが大変──もともと暗い不自由をかこっていたので、今夜から暗くなって困ってしまうというわけではないけれど、精霊との約束がある。彼は納得してくれるかしら、とわたしは危惧した。

 彼の気に入らない改修はしないと約束していた。わたしに買えるものを彼が受け入れてくれるかは、まったくわからなかった。それともしばらく、それも結構長い期間、エントランスはシャンデリアなしで過ごすことになりそうだわ。見栄えがいよいよ劣ることになるけれど、仕方がない。


 わたしたちはあらためて庭に出たのだけれど、結局じゅうぶんな時間を過ごすことはできなかった。気が乗らなくなっていたし、空の一方に雨の気配が見え、さらに遠い庭へ足を伸ばしていて雨に降られるより、屋敷に戻る方を選んだからだ。

 エントランスホールでは天井の壊れたシャンデリアがあった箇所をなんとなく見上げてやはりあれは落ちたのだと思い、三階をうろついてみても精霊の痕跡(こんせき)は発見できず、わたしたちは何も手にせず大階段をのろのろと降りることになった。

「ねえ、リディア。わたし、あなたが精霊が棲んでいるって手紙で知らせてくれてからずっと、もしあなたが不安に駆られているようならお話するべきだと思っていたことがあるの。あなたが信じてくれるかどうかわからないけれど、わたし、以前、本当の幽霊屋敷で女性家庭教師(ガヴァネス)をしていたことがあるの」

「幽霊を見たの?」

 わたしは目を丸くしてたずねた。

「いいえ。夜中に恐ろしい叫び声を聞いたけれど、後になって声の正体は鷺だって教えてくれた人がいたわ。屋敷の裏の森に巣があって、そこには昔から鷺がたくさんいたそう」

「じゃあ、幽霊屋敷って言うのは、その鷺の声がバンシーか何かだと思われていたから?」

 言い伝えではバンシーの泣く声を聞くのは、誰かが死んだ、それとも死期が迫った時と言われている。不吉な声なのだ。

「屋敷の方々はずっともう何代にも渡ってその幽霊に悩ませられ続けてきたんだって、鷺のことなんか見向きもしないで、最後まで幽霊を信じて疑わなかったわ。あそこに棲んでいるのは、昔の戦で亡くなった先祖の幽霊なのだそう。お嬢様が子供の頃に、幽霊にもらったと言って先祖の宝石を見つけたこともあったそうなの。でも、わたしは、どうかしら。わからないわ」

 問いの答えがそこに落ちているかのように視線をこれからわたしたちが降りる階段の下の方へ投げていたコニーは、再び顔をわたしに戻して、

「わたし、その幽霊屋敷で、降霊会に出席したこともあるの。その時に、霊媒師のトリックを見破った教授がいらしたんだけど──」

 言いかけたまま、彼女は軽やかに階段を降りはじめた。

「メモをしてきたの。それをお渡しするわ」

 わたしたちは再びさっきの居間に戻った。コニーは自分のバッグの中を探し、

「その時の降霊会は、若様がアメリカへ遊びに行くための費用を大叔母様に出していただきたくて仕組んだものだったの。大叔母様はアメリカ行きに大反対だった。アメリカはヨーロッパのゴミ(だめ)だってよくおっしゃっていたから。でもあの一族は霊の存在を強く信じているの。まるで信仰のように。だから降霊会で霊が若様はアメリカへ向かう運命だと告げれば、大叔母様は絶対に霊のお告げに従って、若様に必要以上のお金を都合してただちに出立を命じるだろうと考えたのね」

 わたしはどんなトリックでそんなメッセージを(いもしない)霊に言わせるのだろうかと考えた。ウィジャ盤(霊界との交信を行うボードゲーム)かしら。後学のために知りたい気もする。

「これよ」

 コニーは手帳を取り出し、あらかじめ用意していたメモを抜いて、わたしに差し出した。

 A.ロバーツ博士。

 ケンブリッジ大学。

 そして住所。

(The)国心(Society)(for)研究(Psychical)協会( Research)に所属してらっしゃる、真剣に霊の研究をされている方よ。もしもの時は連絡をしてみて。きっと力になってくださるわ」

 連絡をするほどのことかどうかはわからなかった。けれどもわたしは彼女を安心させるためにも、そして自分自身、それが気休めにせよ、なにかしら安心への道を確保するためにも、感謝と一緒にメモを受け取った。


 その日の午後、精霊に会えないまま、乗る列車を持つコニーは名残を惜しみながらも、おそらく午前にコニーがここに乗り付けた時からずっと門の前でひたすら待っていたジョージ・バンクスさんのタックスメーター・キャブ(タクシー)に乗って、帰っていったのだった。

 コニーが以前勤めていたお屋敷の若様はその後、無事に大叔母様の援助を得てアメリカへ旅立てたのかどうかは、聞きそびれてしまった。

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