精霊付き遺産相続 13
「リディア、あなたったら少し無防備が過ぎるわ。ああ、わたし今日中に帰らなくちゃいけないんだけど、あなたを一人にするのは心配になってきたわ」
精霊に時々食事を作ってもらい一緒に食べている話をコニーに打ち明けると、彼女は眉を曇らせ、女性家庭教師らしくちょっと叱るような表情になった。
まあ、わたしはコニーによほど心許なく思われていたんだわ。せっかくの休暇、ここへ来てわたしがちゃんとやっているか、自分の目で見ないと気が済まないほど。最後に別れた時のわたしは、それだけ沈んでいたのだ。
「ええ、もちろん、わたしもちゃんと気をつけているわ。彼は本当に百年か、もしかしたら二百年前から紳士をやっているような人、じゃないわね、精霊なの。だからって油断してなんかいないわ。わたしだってそこまでうかつじゃない。コニー、そんなに心配しないで。今までのところ、何も問題は起きていないでしょ?」
何もかもを彼に任せてしまっているわけではない。自分でやるべきことは自分でやっているし、自分で解決すべきことは自分で解決している。彼はこの屋敷の一部であって、わたしの一部ではない。それはちゃんとわかっているつもりだ。わたしが安心させるように微笑むと、コニーもすぐに気を取り直してくれた。
「ええ、そうね。あなたなら大丈夫だと信じているわ」
遅い午前をそんな風にコニーとおしゃべりをしていた間も、わたしは精霊があらわれることを期待していた。けれども残念ながら、彼はわたしたちの友情に遠慮しているのか、出てくれないようだった。昨日も一昨日もあらわれなかったし、今は人と会う気分ではないのかもしれない。
コニーも精霊の出現を期待していたようだ。話が途絶えた時に、唐突につぶやいた。
「彼、わたしのことを警戒しているのかしら」
残念というよりちょっと悔しそうにし、突然思い立つと、部屋の壁に下がる房飾りをひっぱった。この部屋は元々朝食室だったのかダム・ウエイター(食事を地下のキッチンから上げるためのホームエレベーター)があり、そのそばに、その房飾りはあった。屋敷の召使ホールで召使を呼ぶ呼び鈴が鳴ったはずだ。もちろん、召使はあらわれなかった。精霊があらわれることもなかった。
「駄目みたいね」
コニーが肩をすくめたので、
「だったら、先に庭を案内しましょうか?」
わたしは提案した。以前精霊に案内してもらった時に聞いた、庭のあちこちに隠された昔の住人たちの秘話も、いくつか語ってあげられるだろう。
「ええ、ぜひ。庭もとても広いようね。シャクナゲが咲いていたわ」
「そうなの。まずフォーマル・ガーデンから行きましょう」
わたしたちはエントランスホールへ向かった。
天気予報ではその日は一日雨が降ると言うことだったけれど、運のよいことに雨はまったく降らなかった。雲は多かったけれど、今から庭に出るにはちょうどよいくらいに日が差していた。
天気予報はちっとも当てにならない、予報はいつも前日や翌日の天気を言うばかりだ。と暖炉の前で湿ったコートを乾かしながらぼやいていたのは、グレッグソン家に遊びに来た奥様の兄のハリス叔父だったかしら。
ハリス叔父の訪問は、召使たちの間でとても歓迎されていた。お世話には少々手のかかる方だったけれど、心付け(チップ)の気前がよかったからだ。銀行家だからだろうとみんな言っていた。ジョージ伯父は、あいつは銀行に寝に行っていると揶揄っていたにしても。株で儲かった時の大盤振る舞いはいつまでも召使の間で語り継がれていた。ハリス叔父にもう一度あの幸運を。そして我々にもその配分を、と。
コニーはエントランスホールの真ん中から、はじめてそれを見るように大階段を見やった。ここに立つとなんとなく、そうしないでただ歩きすぎることはできないのだ。
「本当に広いわね」
わたしも今あらためて同じことを思った。エントランスホールとそこから続く大階段は、不必要なほど広大な空間だ。
「舞踏会が開けそう」
「その時は昔の貴族がシェークスピア劇の演出のようにこの階段から姿をあらわして、みんなの注目を浴びていたんでしょうね」
このエントランスホールはそうやって貴族が衆望を集める装置が必要だった頃のものなのだ。
「おかげでわたし、冬はできるだけ厚着をして湯たんぽを抱えて過ごさなくちゃならないんだわ」
この広さを暖めるには暖炉の暖房ではとうてい間に合わないし、きっと屋敷の中はそのほとんどの場所が外にいるのと変わらないくらいの気温だろう。
「昔の人は、どうやってそれに耐えていたのかしら」
「踊り狂うしかなさそうね」
わたしたちは小さく笑った。
「後で案内するけれど、二階にわたしの部屋を作ったの」
わたしは部屋の様子などをざっとコニーに語った。
故ヴィクトリア女王がお休みあそばされたようなタペストリーに飾られた 四柱式寝台は、以前はあったようだけれど、残念ながら今はないことだとか。
「実を言うと、わたしが使っている部屋って、さっきの居間と、二階の寝室と、地下のキッチンくらいなの」
本来ならばこういうお屋敷の部屋は、朝食室、食堂、客間、居間、寝室などなどと役割を分けられて使われているものだけれど、わたしはそのほとんどをさっきの居間、一部屋で済ませていた。それ以外の部屋部屋は、ほとんど封鎖しているのと同じなのだ。
「一人住まいですものね」
コニーはわたしの言わんとすることをすんなりと理解し、ごくあっさりとうなずいてくれた。
伝統にのっとった邸宅の住まい方とは。
ちゃんとした身分の方々の正しいやり方とは。
などと自分の知識を知っているだけすべて述べないと気が済まない人もいる。そしてわたしもその人の信じる常識に従うべきだ、と。でも、それはわたしの現実とは合わないし、だからわたしはわたしのやり方で工夫して、わたしなりにこの屋敷で心地よく暮らせる努力をしている。
そしてコニーはわたしのやり方をそのまま受け入れてくれた。
彼女とは友達になれる。わたしはこの時、確信した。
コニーとはぜひこれからも手紙をやりとりしたいし、今日のように遊びに来てもらいたいと、心から思った。もちろんわたしはそんなことはわざわざ口にしなかった。ただ、彼女も同じように思ってくれる瞬間があれば嬉しいと思うだけだ。
「精霊の部屋はどこかしら」
コニーが上の階を見上げて言った。
わたしも顔を上げ、あの精霊が人の目がないことを確認して、おもむろに壁の中に消える姿を想像した。それとも、わたしたちには見えない戸を開き、過去の陰の中へ消える姿を。屋敷のどこかに、彼だけが通れる通路があるのかもしれない。
「そういえば最初に会った時、彼は三階から下りてきたわ」
「では三階に何かがあるのかもしれないわよ。後で見てみたいわ」
「実はわたしも三階はまだあまり見ていないの」
コニーと一緒の屋敷探検は楽しそうだ。わたしたちはそんなことを話しながら外へ出た。
前庭を五歩も行かないうちだった。
ガッシャーン!
まったく突然に、背後で世にも恐ろしい、ものすごい音がとどろいた。




