精霊付き遺産相続 11
ちょうどイレブンシス(午前十一時ごろのお茶)の時間だったので、彼女にはさっそく居間に落ち着いてもらい、お茶の用意を調え二人そろって椅子に座った。
わたしが客間兼居間兼食堂室として使っているこの部屋は、天井が高く、南側に縦に長い窓が並んでいて部屋を明るくしてくれている。日の光を楽しむ昼間向けの部屋で、ちょうど今頃からの時間を一番快適に過ごせる場所になっていた。
屋敷の調度品はほとんどすべて親戚に持ち去れていたけれど──この屋敷にかかる税金の支払いを工面するためらしいけれど、どうかしら──召使用の家具はいくつか残されていて、この部屋のテーブルや椅子はすべて召使の仕事部屋から運んだものだ。領主の館の居間に置くのに似つかわしい贅沢感には欠けるけれど、召使用でも古いお屋敷の物だからかいい感じに使い込まれていてわたしは一目で気に入った。気取りなく使えるところもいいんじゃないかしら。古物屋で手に入れたテーブルクロスやマトラッセ織りのクッションも、わたしが選べる範囲の中ではここに一番よくあうものだと思う。
とはいえこうしてお客様を迎えると、やはり見劣りがするようで内心がっかりしたのだけれど、コニーは素敵だと言ってくれた。
二人でお茶をいただきながら、コニーはグレッグソン家で最近起こったちょっとした事件について語ってくれた。つまり一家は召使たちも含めてみんな、元気だということ。
そしてわたしは電話交換手の仕事について、こんな大きなお屋敷に住む感想を語った。例えば、しばらく前に近くの小学校の教師と教区の 副牧師がいらして、小学校のお祭りのためにうちの庭を開放してほしいとやって来たことだとか。
「グレッグソン家でも、慈善バザーを開いていたでしょ? ああいうのね」
とわたしは説明した。
いろいろなゲーム、奇術やココナツ落としがあって、お茶(ここではお茶と軽食)のテントも出る。それと運動競技。伝統的にこういう催し物は、主催者たる領主が用意するものなのだ。それが領主というものだから。グレッグソン家が主催した時も、夫人はドレスを新調して人々を歓待し、メイドだったわたしは物売りや競技審判やお茶のウエイトレスや、あれこれと忙しく働かされたものだ。
つまり、お祭りのためにうちの庭を開放したならば、主催者として費用は全額わたしが負担しなければならない。と、まだ大学を出たてらしい若い 副牧師は慈しみ深い顔で、慇懃にわたしにほのめかしたのだ。
小学校の生徒とその両親や親戚全員および教師その他、すべてに行き渡るお茶──お茶だけではなく、もちろんさまざまな食事もだ──やゲーム、競技の会場設営、備品や景品の用意も全部、祭りが滞りなく行われるために必要な人員のすべてを、わたしが手配しなければならない。全部!
そのかわり、わたしには名誉ある演説者の役が割り振られるとも言われた。みんなの前でうやうやしく名を呼ばれ、優雅に舞台中央に立ったわたしは、子供たちやその両親、近所の住人や関係者に感銘を与え、子供たちのこれからの人生の指針となるような素晴らしい講演をしなければならないと言うのだ。メイドの裏心得以外にわたしには語ることなど何もないし、そんな話題は期待されていないだろう。
けれども彼らはそれがこのお祭りの中でももっとも誉れ高い役目であると、心から信じているようだった。それをいささか不似合いなお若いお嬢さんに譲るのは、紳士としては面目が潰れないとは言えないが、これも出資者たるお嬢さんへの敬意だと、副牧師のプレイフェア氏は尊大そうにわたしに言った。
不思議なことに、お屋敷の主人になったわたしの心には、それにふさわしい「よき領主」でありたい、「よき領主」らしく振る舞いたい、人々から「素晴らしき領主様」と讃えられたい、せめてこのお屋敷と釣り合いの取れた「よき主人」と思われたいという観念が芽生えていた。だからお断りを口にしなければならないのは、一種の屈辱感すらともなった。
「残念ですけれど、お受けできません」
わたしは「よき領主」への誘惑を断ち切り、丁寧に、でもはっきりとお断りを述べた。
「わかっております。品格のある淑女は紳士からの申し出を一度は断ることで、ご自分をより品格のある淑女に見せようとなさるものです」
副牧師はわたしの考えは何もかも承知だと、知的で慈悲深い満面の笑みでうなずいた。彼はその他にもわたしのことをあれこれと大げさに褒め称えたけれど、それは本当のところわたしのことなど取るに足りないとしか思っていないことを悟られまいと取り繕っているようにしか見えなかった。
「いいえ。わたしは心から、わたしの考えたとおりのことを申し上げているのです」
ここで折れるわけにはいかない。わたしはもう一度丁寧に、きっぱりと言った。そもそもイベントを主催できるようなお金などわたしには持ち合わせがないのだ。庭は一日開放してもよいが、それ以外はそちらで準備するという案ではどうかと申し出てみた。それは彼らの希望とはまったく違ったらしく、苦々しく首を横に振られただけだった。
副牧師や教師がわたしの状況を納得してくれたかどうかは、自信がない。一応その場は残念がりつつも引き下がってくれたけれど、わたしは吝嗇な女領主との烙印を押されたことだろう。
「わたしがもし本物の領主だったら、栄転でもかまわないからこの副牧師をわたしの領地の牧師館から追放するのが最初の仕事になっていたでしょうね」
領主にはその権限があるのだ。わたしはコニーにそんな冗談を言って笑いあった。
それからわたしはもちろん、精霊のこともコニーに語った。
「新しい主人を待ってずっとこのお屋敷に棲んでいたなんて、ロマンチックな精霊ね。彼って、どんな感じなの?」
コニーは精霊に会ってみたい好奇心を隠さない表情だった。グレッグソン家では陰気だったのではなく、ただ退屈していたんだわ、とこの時わたしは気がついた。
「そうね、ちょっと昔の貴族を見ている気がするわ」
わたしは答えた。
彼にハンサムという形容は正確ではないように思えた。残念が過ぎるほどの容姿ではないのだけれど、たぶん、残念ながら、彼はどんな女性でも絶賛する間違いのないハンサムとは言い切れないと思う。顎が割れているし。若い女性にとって、殿方の顎が割れているのは、残念な減点対象ではない?
けれども、その場に居るだけで、ちょっと違う、と目を引く人。大勢の中に紛れていたとしても、彼を見つけ出すのは難しくないような。本物の貴族の持つ空気を彼は存分にまとっている。お金では手に入らない、年月や歴史、そんな空気。それが彼を際立たせているように思うし、顎が割れていることなんてどうでもよい些細なことにしていた。派手なところはないけれど、長持ちする感じ、と言えばわかってもらえるかしら。
「誠実であろうと努力しているのはよくわかるわ。必要なことはじゅうぶんに話してくれる。けれど、よけいなことは口にしない習慣が身についている感じ、かしら。すぐにぎゅっと唇を結ぶわ。そのあたりはいかにも上流階級育ちの人らしいの。その努力を続けていれば、将来はきっと素敵なおじさまになるって信じられる」
半分は冗談、半分は本気でわたしは言った。
「精霊というくらいですもの。彼もこのお屋敷に棲んでいるのでしょう? どこかにわたしたちには入れない精霊だけの通路や部屋があるのかしら」
「まあ、それは考えたことがなかったわ」
「きっとあるんじゃない? これだけ大きなお屋敷ですもの」
「そうね。精霊といえども彼にだって一人で過ごす部屋は必要だわ」
わたしは今すぐにでも探しに行きたい気持ちに駆られた。
「彼はどういう風にあなたの前にあらわれたり消えたりするの?」
探しに行く前によく事前調査をするべくコニーがたずねた。わたしは思い返しながら説明した。
「いなくなる時はいつも同じかしら。きちんと挨拶をしていくの。とても丁寧に礼儀正しく。そうするとその日その後に彼があらわれることは二度とないわ。でも彼が姿を見せる条件は、あまり決まりはないように思う。まったく姿をあらわさない日もあったし、あらわれたのはわたしが仕事から帰ってきた後だったこともあったし、朝一番だったこともあったわ。いつも突然そこにいるの」
「朝一番?」
「ええ、朝一番」
「朝起きたら、精霊がいたの?」
「そうなのよ」




