精霊付き遺産相続 10
〔リディア、次の休日にはぜひあなたのお屋敷を訪問させて。手紙で様子を知らせていただくだけでは、起こってもいないことを起こったことのように想像してしまって、いてもたってもいられないの〕
コニーは手紙でそのように懇願していた。次の休日というのも具体的にいつのことと日にちが記してあって、それを読んだわたしは慌てて立ち上がった。
わたしはその日、屋敷の掃除をするつもりでいた。埃を払い、床を掃き、必要な箇所を磨き上げる。これからいつも休日の半分を使って、屋敷の中の使っていない部屋も含め、少しずつでもいいから掃除をすると決心していたのだ。
精霊と約束をしたからだけではなかった。すっかり放り投げては居心地が悪いからだ。けれども今日は、彼との約束を破らなくてはならなくなった。なぜなら、コニーが伝えてきたその日にちというのが、
「まあ、いやだ。今日じゃない!」
三文小説では、なんてまあよくこんなにタイミングもぴったりとそろって出来事が都合よく起こること! と物語を楽しんだりするものだけれど、人生の中でも本当に、一度か二度、運がよければ三度くらい、三文小説並に「ちょうどその時」な出来事が起こるもののようだった。
ちょうどその時、クラクションが空に向かって高らかにその音を響かせた。
そうに違いないとほとんど決めつけて窓から外をのぞくと、門のところにジョージ・バンクスさんのタックスメーター・キャブ(タクシー)がゆっくりと止まったところだった。扉が開いて、あらわれたのは、
「コニー!」
もちろん、コニーだった。グレッグソン家の女性家庭教師がわたしの屋敷の門の前に立ち、こちらを見上げていた。
わたしがエントランスから前庭に出ると、気がついた彼女は弾むように手を振った。
「ああ、お元気そうでよかったわ。おひとりでは心細いのではと心配していましたの」
その場が華やぐような喜びを振りまいて、コニーはわたしに抱きつくほど再会の歓喜を表現してくれた。
「ありがとうございます、奥様」
わたしはかしこまって応えていた。
「鉄道の旅で、お疲れではありません?」
「まあ、リディア。あなたはもうメイドではないのよ? このお屋敷の女主人。そんなあらたまった口調はやめましょう? 友人同士なんだから、対等に」
わたしはしばし口をつぐんだ。コニーの瞳は本当にわたしと再会できたことを喜んで輝いている。
マーム、という呼びかけは、召使が女性上位者にかける言葉だ。夫人や女性客にわたしはこれまでそう呼びかけてきた。「マダム」のくだけた言い方で、女王陛下も「マーム」と呼びかけられている。彼女を見たら、反射的に気持ちがグレッグソン家のメイドだった頃に戻ってしまったんだわ。
「習慣かしら。対等にって言われると、どういう風に話しかけたらいいのか、わからなくなっちゃったわ」
わたしたちは突然、ずっと昔からの知り合いででもあるかのような親しみを覚え、声を上げてくすくすと笑いあった。
わたしは同じお願いをあの精霊にもしたことを思い出していた。「対等に接して」とわたしは彼に言ったのだ。彼がその時見せた戸惑いが、今、少しわかった気がした。
そしてコニーのことも。
彼女はわたしがグレッグソン家でメイドをやっていた頃にこうだと思っていた、陰気で不幸ぶった女性ではまったくなかったのだ。彼女は前世紀のお嬢様なんかじゃない。ちゃんと今を生きている女性だ。女性家庭教師をご主人様に都合のよいステレオタイプな前世紀のお嬢様に描いているのは三文小説の中でのこと。わたしったら彼女のことを何も知りもしないで、見た目やいつの間にかすり込まれていた思い込みに騙されて勝手な判定を下したりして、なんて思い違いをしていたんでしょう。
電話交換手の仕事を教えてくれたのは彼女だった。彼女には本当に感謝しているし、電話交換手になれたのは、わたしがこれまでちゃんとメイドの仕事をして上流階級のアクセントをとにもかくにも身につけていたからだと思うと、自分にも誇りがわいた。仕事を持ち、自分で自分の暮らしを成り立たせていることが、わたしをどれほど救ってくれたか。
「コニー。来てくれて嬉しいわ。さあ、いらして」
わたしは心から明るく言った。
コニーに見せたいものがたくさんある。館の隅々まで案内し、この館での楽しみを共有したい。わたしはコニーの手を取り、館へ歩いていった。
そういえば。
わたしたちが再会を喜び合っている間ずっと、自分のタックスメーター・キャブ(タクシー)の脇に降りたジョージ・バンクスさんが、胸の前に持った帽子を両手でぐちゃぐちゃにしながらぼーっと突っ立っていたと思い出したのは、屋敷に入った後だった。
※英国では、階級が違うと発音もあからさまに違います。




