精霊付き遺産相続 1
「リディア・ダーバヴィル様でいらっしゃいますか」
「……はい」
わたしはいぶかしみつつ、うなずいた。
ある日突然わたしの勤めるグレッグソン家の屋敷を訪れ、主人やその家族ではなくただのメイドと面会を求めた紳士は、わたしが部屋に入ると即座に椅子から立ち上がり、時が止まったような眼でしばしわたしを見つめ、わたしの返事を聞くとゆっくりとうなずいた。
「悲しいお知らせを申し上げねばなりません。先日、あなたのお祖父様がお亡くなりになりました」
そして、わたしの人生は一変した。
説明したくない家庭の事情で、わたしはこれまで一度も父方の実の祖父に会ったことがなかった。名前だけは教えてもらっていたけれど、祖父がどういう社会的地位の人なのか、どのような人柄なのかは、まったく知らなかった。だから突然血はつながってはいても見ず知らずの他人に等しい人が亡くなったと言われても、正直すぐには特別な感情はわいてこなかった。こういう場合はきっと、孫娘らしくいたいけに「ああ、お祖父様、最後に一目だけでもお会いしとうございました」とか「この世に生きていてくださるだけでよかったのです、お祖父様」などと涙声で訴え、しおしおと悲しみにうちひしがれ、遠い空に向かって人生の無常に思いを馳せでもしなければ様にならないものだろうけれど。
まったくの他人であっても、せめてよく噂を聞いていた人の方が、まだしもなにかしら思いが湧いたかもしれない。なので、
「それは、お気の毒です……」
というくらいにしか、その時わたしは答えられずに内心途方に暮れたのだけど、今はもっと途方に暮れている。
「この屋敷が、ですか?」
「はい。このアドベリーハウスが、あなたが相続される遺産です」
わたしの祖父は、顔も知らない孫娘に大きなお屋敷を一つ残してくれていたというのだ。
弁護士立ち合いのもと、今度のことではじめて会うことになった親戚たちとそのお屋敷を見に来たわたしは、ただただ呆然とするばかりだった。屋敷の名前は、アドベリーハウスと言った。
アドベリーハウス!
アドベリーハウスは大きなお屋敷だった。
本来なら間違いなく執事や召使やシェフや庭師が総勢百人以上はいて、猟犬たちが飼い主の足もとに服従し、マントルピースの上には大きな角のある鹿の剥製がかかっていて、長い廊下にはご先祖様たちの肖像画が毎日毎晩当代の主を見下ろし、わたしは足のラインのきれいな従僕を後ろに乗せた六頭立て馬車で出かけなくては様にならないような、そんなお屋敷なのである。
聞けばそれは由緒正しい貴族の領地に建つお屋敷、領主様のお館だったのだとか。剣か何かのマークをつけて「ここでセント・ジョージ(イングランドの守護聖人)が恐ろしい火を吐くドラゴンを退治して不幸な乙女を救出した」と主張するような古地図にも、目をこらせば「アドベリーハウス」の文字が載っているのを発見できるんじゃないかしら。というくらい古いのだ。間違っても下級地主階級の家庭のメイドを勤める若い女性が相続するものではない。
それがわたしのものになる。そんなこと、信じられると思う?
祖父は英国でも有名なとある会社を経営するお金持ちの貿易商で、そんな人が亡くなるにあたってわたしに財産を残してくれたと聞いた時点で、──胸に手を当てて正直に言います。
これでメイドから解放される!
と、考えてしまったのだけれど。だけどその遺産が貴族のお屋敷って……。
幸運に有頂天になるどころか、事務所で弁護士にあれこれと説明されながら差し出された書類にサインする時も、わたしはまだ気が動転したままだった。落ち着いて状況を受け取れなくて、自分は自分でよく考えた末、自分の意思に従い正しいことをしているという確信がなかった。これは危険な運命への第一歩なんじゃないか、という内なる声を何度も聞いた。
けれども。えいっ、どうとでもして頂戴っ。
と、一つサインをしたら、あとは心の枷が取れたように順調にペンが進むようになった。
かくして、すべての手続きが終わった現在、アドベリーハウスは法的にも正式にわたしの所有物となったのだった。
この物語は、2000年代に個人サイトにアップしていたものを加筆修正し、PCを処分するにあたり個人的な保存も兼ねて、こちらに登録したものです。
これを書いている間、P.G.ウッドハウスやジェーン・オースティンの特に『傲慢と偏見』にはまっていて、原作はもちろんテレビドラマ化されたものやパロディにも手を出しまくりました。その他、さまざまな英国作品をオマージュとして作品内に楽しく取り込んだことを、付け加えておきます。




