表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風のアモール~氷雪の大陸にて~  作者: 葉月奈津・男


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/23

第13話 愛あるゆえに ①

絶望の中に現れたのは、操られた《感情》と、囚われたシレーネ。

女神の記憶が語る“母の声”が、彼女の心に火を灯す。

今回は、愛ゆえに選ばれた者たちが、それでも自分を貫こうとする物語です。

 


「・・・」


 《記憶》の映像が消えたあと、部屋には長い沈黙が流れた。


 アモールの中で組み立てかけていた希望の糸が、音もなく霧散していく。

 ゼナを正気に戻す方法も、シレーネを救う手段も、すべてが意味を失った。


「・・・これでいくと、俺はゼナだけじゃなく、ダルトンや女神スラインローゼまで相手にしなきゃなんねぇってことか」


 ゼナの暴走を誘発し、シレーネをさらったのはダルトン。

 そのゼナを止めるには、女神スラインローゼの覚醒が必要。

 だが、その《力》はダルトンの手にある。


 つまり、ダルトンと戦うしかない。

 そして、彼が操る《力》も敵に回る。


 ただの狩人に過ぎないアモールには、あまりにも荷が重い話だった。


 しかも——ゼナの暴走が限界に達する前に、シレーネが《器》として完全に取り込まれる前に、すべてを終わらせなければならない。


 時間さえも、敵だった。


「奇跡でも起きない限り、勝ち目はねぇな・・・」

 部屋の空気が重くなり、音が消えた。

 希望の糸が、静かに切れた音がした気がした。


 弱気になったその瞬間——最も見たくなかった光景が、目の前に現れた。


「キーヒッヒッヒッ・・・奇跡など起こりはしませんよ」


 黒づくめの小柄な男が、長いマントを引きずりながら現れる。

 その傍らには、一人の少女が立っていた。


 白磁のような肌、幼さを残した顔。

 だが、瞳には光がなく、身体には力がなかった。


 まるで糸の切れたマリオネット。

 それが——女神スラインローゼの《感情》だった。


「・・・!! あれは、まさかっ!」


 彼女の左手には、短い錫杖。

 それは、ダルトンが《力》を封じた道具だった。


「貴様、何しに来た!!」


 アモールの怒声を、ダルトンは軽く受け流す。


「ゼナの暴走は、もうすぐ限界。わたくしの魔術も、八割方完成しております。


 つきましては、最終段階に入るまで、あなた方にはここで遊んでいただこうかと。


 もちろん、この娘を殺していただいても構いませんよ。


 ただし、女神スラインローゼの覚醒は不可能になりますがね。クックックッ」


 含み笑いを残し、ダルトンは音もなく姿を消した。


「メモリー、下がってろ。邪魔だ」


 ダルトンが消えた途端、少女の瞳に生気が戻る。

 だが、その表情は——敵意に満ちていた。


 アモールはメモリーを手で押し退けながら、剣を抜く。


「で、でも・・・殺してしまったら・・・」


「わかってる。だから離れてろ。俺は、誰かをかばいながら戦えるほど器用じゃねぇんだよ」


 この時、アモールには何の策もなかった。

 覚醒の方法も不明。

 封印され、操られた《感情》をどうすればいいのか——


 それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。



「ゼナ・・・暴走・・・止める・・・邪魔・・・奴・・・殺す」


 娘が途切れ途切れに呟く。

 どうやら、彼女の思考は封印される直前で止まってしまっているようだった。


「殺す!!」


 叫びと同時に、娘は錫杖を振り下ろす。

 その動きは鈍く、格闘の心得があるとは思えない。

 だが——


「クッ!」


 赤い炎のような魔力が錫杖から放たれ、アモールの肩口を切り裂いた。

 紙一重でかわしたつもりだったが、炎は物をすり抜け、肉体だけを傷つける。


 服は無傷。

 だが、内側から染み出す血が、傷の深さを物語っていた。


「こいつぁ・・・ちーとヤバイかな?」


 ヤバイどころではなかった。

 この魔力は剣で受けることができない。

 完全に足さばきだけで避け続けるしかない。


 それは、肉体にも精神にも、極限の負担を強いる戦い方だった。


「・・・こりゃ、駄目かな・・・」



 でも、あいつが待ってる。

 俺が倒れたら、誰が守る?


 ◇シレーネ視点◇


『シレーネ・・・シレーネ。起きなさい、シレーネ』


 頭の中に、聞き覚えのある声が響く。


「ん・・・う〜ん・・・」


 心地よい眠りを妨げられ、不機嫌そうに目を開けるシレーネ。

 腕を伸ばそうとしたが——肩より上に上がらない。


 ガシャッ、ガシャッ。


 重い金属音と、異様な感覚。

 寝ぼけ眼で腕を見たシレーネは、思わず叫んだ。


「なによ! これ!!」


 腕には、重そうな手枷。

 鎖は石の台に埋め込まれていて、ちょっとやそっとでは外れそうにない。


 鎖の長さは二十センチほど。

 窮屈すぎず、自由すぎず——精神を逆撫でする絶妙な制限。


「なんで、こんな・・・」


『ことに?』と続けようとして、言葉が止まる。

 気を失う前の記憶が、よみがえってきた。


 アモールやマルコと引き離され、巨大な青いミミズに襲われたこと——


「・・・アモール」


 彼と再会したのも、気を失って目覚めたときだった。

 その記憶が、逆に目を覚まさせてくれた。


 一分も経たずに、シレーネは冷静さを取り戻していた。


「ここ・・・どこなのかしら?」


 辺りを見渡す。

 そして——見覚えのある人物の姿が目に入った。


 それは、彼女がこの地へ渡るきっかけをくれた女性。

『北へ』と告げた、あの声の主。


「・・・!!」


 声をかけようとした瞬間、シレーネは絶句する。



「・・・氷の柩」


 思わず、そんな言葉が口をついて出た。


 まるで死者の美しさを永遠に閉じ込めたような、透明な氷の中の女性。

 だが、シレーネは首を振る。

 この人は死んでなんかいない。

 そう信じたかった。


 ——だって、さっき確かに《声》が聞こえた。


『シレーネ・・・』


 再び、頭の中に響く声。

 凍ったままの女性の表情は変わらない。

 それでも、声は確かに届いていた。


 不思議と、シレーネはその声を自然に受け入れていた。

 まるで、ずっと前から知っていたような感覚で。


『シレーネ、我が娘よ』


「・・・え?」


 意味はわかっていた。

 でも、すぐには受け止めきれなかった。


『戸惑っているようですね。無理もありません。あなたが物心つく前に姿を消した母が、こんな姿で現れるなんて・・・でも、信じて。あなたを捨てたわけではないのです』


 氷の中にいるはずなのに、彼女の声には温もりがあった。

 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


「でも、あたしに『北へ』って言ったのは・・・あなたでしょう?」


 《声》が母のものだと、シレーネはもう疑っていなかった。

 それでも、『お母さん』とは、まだ呼べなかった。


『ええ。ダルトンに囚われる前に、自分の足でここへ来てほしかった。その方が、あなたのためになると思ったのです』


 その言葉とともに、氷の壁が光を放ち、映像が浮かび上がる。

 そこには、アモールの姿。

 彼が出会った人々、交わした言葉——だが、映像は途中で途切れた。


「あなたが・・・女神スラインローゼの実体、なのね?」


 尋ねるまでもない。

 そうとしか思えなかった。


「だから、その娘であるあたしが、《器》として選ばれたわけだ」


『そうです。あなたには、並の人間を超える生命力が宿っています。


 でも、あなたが『自分』であり続ける限り、ゼナの力は流れ込まない。


 ダルトンの思惑を打ち砕く唯一の方法は、あなたがあなたでいること。


 どうか、忘れないで。


 あなたがあなたでいる限り、私はいつでも、あなたの中にいます』


 その言葉を最後に、声は消えた。

 不思議な感覚も、すっと消えていった。


「・・・自分であり続けること。自分を見失わないこと・・・」


 呪文のように繰り返すたびに、心の中の弱さが薄れていく。

 代わりに、勇気と希望が満ちてきた。



「絶対、負けないんだから」



 その言葉は、空元気ではなかった。

 意志の強さが、すべてを決める。

 たとえ力では敵わなくても、心だけは折れない。


 恐怖はあった。

 だが、それ以上に、心の奥に灯った炎が、彼女を支えていた。



 ——その時。



「ホーホッホッ。お目覚めでしたか、ご気分は如何ですかな。お嬢さん」


 不快な笑い声とともに、黒づくめの男が現れる。


 ダルトン。

 シレーネは、すでにその名を知っていた。


「たった今、とても悪くなったわ」


 冷たく言い放ち、怒りと軽蔑、そしてわずかな恐れを込めた瞳で睨みつける。


「それは残念。ですが、すぐに気持ちよくして差し上げますよ」


「・・・っ!」


 その言葉に、シレーネの身体が無意識に強ばる。

 命の危険は覚悟していた。

 でも、それ以上の恐怖が、今ここにあった。


 だが——


「・・・自分を見失わないこと」


 その言葉を、心の中で強く繰り返す。


 鎖の音が響くたびに、彼女は心の中でその言葉を繰り返した。

 それが、彼女の剣だった。


 どんな状況でも、自分を保ち続ける。

 それが、母の願いであり、自分の誓いだった。


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

操られた《感情》との戦い、そしてシレーネと母との再会。

それぞれが“自分を見失わない”ために、心の剣を握りしめる姿が描かれました。

次回、アモールとシレーネ、それぞれの戦場が交差し、物語はさらなる転機を迎えます。

どうか、彼らの歩みを見守ってください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ