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「はぁ……。今日もお昼がこんな時間になっちゃったよー。ターラさん、何か残ってるー??」
私は王宮で秘書官補佐をしている、一応伯爵令嬢。
今日も午前中の仕事が押して、お昼を二時間ほど過ぎて、王宮にある職員専用食堂にやってきた。
「あんたも大変だねぇ。あんな男ばっかのところにずっと居て、お昼も遅くなって……。ほんとに可哀想だよ……」
食堂のターラさんとは10年来の付き合いで、私もここに来て12年のベテランだ。
だいたい女性は侍女になる人が多いなか、私は男ばかりの文官一筋。
最初は事務官補佐、試験に合格して、事務官になり8年後さらに昇進して秘書官補佐になった。
女性で秘書官補佐になったのは、私で二人目だ。
私が特別優秀……というわけではなく、ほとんどの女性は結婚して辞めてしまうからなのだ。
実家の伯爵家へ仕送りしながら、領地再建に向けて王立図書館で調べた事も、父に手紙で送っていた。
父の努力もあり、領地は再建し、屋敷の使用人も増やすことが出来た。
事務官の仕事も休まず、残業代欲しさに多くの仕事を買って出て、仕事の鬼とまで言われるようになった。
……と、無我夢中で走り抜けたら28歳になっていた……。
私の容姿はいたって平凡。少し変わっているとしたら、シルバーグレーの髪色くらいだ。この髪は母譲りで目立つため、仕事の時は茶色に染めている。瞳の色は父と同じ茶色だ。
忙しさをいいわけに容姿に気遣うこともなく、長いストレートの髪は伸び放題。化粧もほぼしていない。
服装も動きやすさ重視で、ズボンとブラウスで寒い時は黒いカーディガンを着て勤務している。
おかげで男性の同僚からも、ほぼ同性のように扱われている。
まぁ、私にはそのくらいが丁度いい。
今更、ドレスを着てお茶会や社交会など考えられない。
「はいよ。ありあわせだけど、栄養はあるから」
ターラさんがまかない丼を出してくれた。
お肉も野菜も入っていて、栄養満点だ。
おいしそうな香りに、自分がどれだけ空腹だったのか思い知らされた。
「わぁ、おいしそう!ありがとうターラさん。いただきます!」
あつあつのご飯と、ジューシーなお肉、野菜の甘味に身も心も癒されていく……。
「オリビアちゃん、あんたもいい加減結婚とか考えないのかい? もう実家の問題も解決したんだろ?」
私の食事の手が止まった。
そういえば、そんな話題最近振られなくなったな。
20代前半まではまだ紹介しようか?と声がかかったが、25歳を過ぎてからは1年ごとに声をかけられることもなくなり……。
最近では心配されることもなくなった。
……そう。もう完全に行き遅れ、【終わった令嬢】として烙印を押されたのだ。
こんな風に心配してくれるのも、ターラさんだけだ。
私は口元に笑みを浮かべた。
「もう、やだなぁターラさんたら。私みたいに女っぽくないし、年増の女なんて誰も結婚したがらないですよ。私はいいんです。今は仕事にやりがいも感じていますし。結婚は……、来世でしようかな」
私はわざと大きく笑ってみせた。
ターラさんの眉毛は八の字になり、笑ってはくれなかった。
「また、そんなこと言って……。あんたがこれまでどれほど頑張ってきたか……。私はそばで見てきたつもりだよ。誰かそばであんたを支えてくれる伴侶がいたって、バチは当たらないさ。あんたには苦労した分、幸せになる権利があるんだよ?」
思わず私は下を向いた。口の中のご飯がしょっぱく、鼻先がツンとした。ふいに頭に優しいぬくもりを感じた。
「あんたは私の娘みたいなもんさ。ここまでよく頑張ったね。ここからは、自分の幸せをみつけな? ね?」
ターラさんの手のぬくもりが、第二の母のように感じた。
「はい、ターラさん。ありがとうございます!」
私たちは微笑みあった。
その時、だれも来るはずのない食堂に足音が近づいてきた。
「何か面白い話でもしているのかな?私もまぜてくれるとうれしいな」
私は聞きなれた声にはっとして、急いで涙を拭いた。
「秘書官、お疲れ様です!」
私は立ち上がり、一礼した。
そこに立っていたのは、私が二年前から仕えている秘書官。公爵家のマティアス様だった。
年は私より3歳年下。18歳で王立学校を首席で卒業し、王族の秘書官として活躍している。
彼の事は入った頃から知っていて、見かけると目で追っていた。
金色でサラサラ髪の毛が美しく、文官なのに騎士団で稽古も怠らず、体も鍛え抜かれている。
スカイブルーの瞳の色は目が合ったものを虜にしていく。
フェイスラインも彫刻の様で、すべてのパーツが完璧だった。
男女問わず、皆彼に見とれてしまう。
私もすっかりマティアス様の虜になっていた。
辛い生活の中のオアシスといったところだ。
そんな彼の部下になる日が来るとは……。
私は二年たった今でも、目を合わすことができない。いい年をした行き遅れが、恥ずかしい限りだ。
彼への憧れや恋心は、部下になった日に宝箱にいれてカギをしめ、心の奥底に沈めた。
誰にも気づかれてはいけないから。
だから、仕事以外はなるべく避けるようにしている。そんな憧れの彼が今近くにいる。
私は仕事モードの仮面をかぶる。
「秘書官、何か不備でもありましたでしょうか……?一応休憩の許可は先輩に頂いております」
マティアス様は美しく微笑んだ。
「仕事のことではないよ。ただ、通りかかったら2人の楽しそうな声が聞こえたから」
「それで、何を話していたんですか?」
マティアス様がターラさんに尋ねた。
「マティアス様もなんとか言ってやって下さいよ。この子ったら、結婚はあきらめるなんて言うんですよ?誰か良い人紹介して頂けませんか?」
私はたまらず、ターラさんの腕を引いた。
「タ、ターラさん!秘書官に失礼ですよ!」
「秘書官……、忘れてください!それに、私は仕事に人生をささげる覚悟ですから!」
「……そう」
マティアス様は含みを持たせた笑みを浮かべた。なんだか、少し怒ってる?? 不真面目だと思われたかな……。
「ターラさん、私にも何か食べるものあるかな?」
「はいよ!今作るから待っていてくださいな」
ターラさんは急いで調理場に向かった。その後姿を、私たちは見つめ、見えなくなった所で目が合った。
そして、マティアス様が歩み寄ってきた。
一歩二歩と私たちの距離は近づき、私はその美しい瞳に囚われてしまった。




