第58話 語られる裏切り
数日間、山のような書類を整理していると、突然、扉が勢いよく開いた。
テレロナが、ひとりの男を連れて入ってくる。
「テルト、待たせたな。かなり金はかかったけど――こいつが、黒頭巾の一味の一人だよ」
その言葉に、部屋の空気が一気に張りつめる。
皆が息を呑む中、ネクロスが目を見開いて声を上げた。
「そ、そんな……! あなたは、旦那様に仕えていたキグナスではないか!」
その男――キグナスは、わずかに顔を歪めながらゆっくりと頷いた。
「やはり……キグナス。いったい、何が――」
「ぐ、ぐぐぐ……」
苦しげなうめき声。
声にならないその音は、必死に何かを訴えようとしているように聞こえた。
テレロナが目隠しを外す。
その瞬間、俺は思わず息をのんだ。
男の両眼は焼けただれて塞がり、視力を完全に失っている。
さらに、喉元にも痛々しいほど深い火傷の跡が残っていた。
「こいつは駄目さ」
テレロナが低く言う。
「両目も喉も潰されてる。見ることも話すこともできやしない。
借金奴隷として馬番をしてたけど、従魔使いとしての経験がなけりゃ、とっくに野垂れ死にだ」
ロゼッタが、胸を押さえながら一歩前へ出る。
「テルトさん……なんとかしてあげられないかしら?
かつては、お父様に仕えていた従者なのです」
テレロナも続けて言った。
「テルト、あたいからも頼むよ。奴隷の主人に聞いても、何も話してくれなくてさ。“話がしたきゃキグナスに聞け”って、それだけだった」
「……わかった。俺に任せてくれ」
その言葉に、キグナスが信じられないというように顔を上げる。
俺は静かに手をかざし、詠唱した。
「――《オメガ・パーフェクトヒール》」
神々しい光が部屋中を満たす。
暖かく、柔らかな輝きがキグナスを包み込み、焼け爛れていた皮膚が、音もなく元へと戻っていった。
「そ……そんな……光が……見える……それに、声が……出る……!」
「落ち着け。ゆっくりでいい」
キグナスは震える手で自分の顔を確かめ、そして俺たちを順に見渡す。
その視線がロゼッタで止まった瞬間――彼は床に膝をつき、深く頭を下げた。
「お嬢様……! お会いしたかった……どうしても、お伝えしなければならないことがございます」
「よかった……もう、見えるのですね」
ロゼッタは涙をこらえながら微笑む。
「さぁ、落ち着いて。椅子に座って、ゆっくり話してちょうだい」
彼女は優しく手を取り、キグナスを椅子へと導いた。
キグナスは深く息を吐き、覚悟を決めたように語り始める。
「……私はノックス様に仕えていた従者、キグナスです。王都の厩舎で、コカトリスの世話を任されておりました。――襲撃の前日、カナンベール公爵が突然厩舎に現れたのです」
セリーナが眉をひそめる。
「ちょっと待って。護衛にコカトリスを連れていくなんて聞いたことないわ。邪眼が発動したら、護衛対象まで危険にさらされるでしょう?」
「私もそう思いました。ですが、公爵の命令には逆らえません。それに――公爵ご自身が、コカトリスの輸送に同行されたのです」
「それで……どうなった?」
俺の問いに、キグナスは重く頷いた。
「私は世話係として馬車に乗せられ、街道のキャンプ地で他の馬車と合流しました。その時です。黒頭巾の男たちに襲われました。彼らは“従魔の魔道具”を使い、コカトリスを無理やり従わせたのです」
「従魔の魔道具……?」
「はい。一時的に従魔を支配できる禁制の道具です。ですが、効果が切れれば暴走し、従魔使いでも制御できません。男たちはその道具で邪眼を発動させ、ノックス様たちを襲わせました」
キグナスは唇を噛みしめ、続ける。
「私は……石化を防ぐため、焚き火の炎で、自らの目と喉を焼いたのです」
部屋が、完全に静まり返った。
誰もが、息をすることさえ忘れている。
「……どうして、助かった?」
「目が見えぬまま、ただ夢中で逃げました。気づけば落とし穴のような場所に落ち、身を隠すことができたのです。その後、親友に託していた“従魔の印”が反応し、救出されました」
キグナスは静かに頭を下げる。
「いつか、この真実をお嬢様にお伝えするため……親友と奴隷契約を結び、機会をうかがっていました。そこへ、テレロナさんが現れたのです」
「なるほど……」
俺は深く息を吐き、静かにうなずいた。
長く閉ざされていた真実の扉が、今、確かに開かれた。
ロゼッタはキグナスの手を握りしめ、静かに言った。
「キグナスさん……よくぞ話してくれました。これで、お父様とお母様も浮かばれます。さぞ、お辛かったでしょう……本当に、ありがとうございます」
「お嬢様……。あの時、私がカナンベール公爵の命に背いていれば、ノックス様や奥様が犠牲にならずに済みました。本当に……悔やんでも、悔やみきれません」
ロゼッタは首を横に振り、優しく微笑んだ。
「よいのです。貴方はこうして、真実を私のもとへ届けてくれました。それだけで、十分です」
そして、そっと背中に手を添える。
「さぁ……疲れたでしょう。今日はもう休んでください。部屋を用意しています」
「お嬢様……ありがとうございます」
キグナスは深く頭を下げ、ネクロスに案内されて客室へと入っていった。
扉が閉まると、皆が自然と俺の周りに集まってくる。
張り詰めていた空気の中で、テレロナが口を開いた。
「テルト……これで、証拠はすべて揃ったね。カナンベール公爵のアリバイ。コカトリスの使用と処分記録。襲撃現場に残された紋章と、“記憶の旋律”の映像。そして――生きた証人」
「ああ……」
俺はゆっくりとうなずいた。
「これで、言い逃れはできない。すべてのピースが、はっきりと噛み合った」
その言葉に、皆が静かに、しかし力強く頷いた。
――長く闇に埋もれていた真実は、もう覆い隠せないところまで姿を現していた。
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