第52話 クラン誕生 ―スラム街からの希望―
商業ギルドの職人たちは、最初こそスラム街の人たちに懸念を抱いていた。
だが、皆が真剣に仕事に打ち込む姿を見て、今では仕事終わりに一緒に酒を酌み交わす仲になっている。
日に日に完成していく建物を眺めながら、インダクトが感慨深げに言った。
「テルトさん、やってみるものですな。私はスラム街と聞いて先入観を持っていました。確かに過去に問題を起こした者もいましたが、それはもう昔の話。今では皆“普通”だとわかりました」
「わかってもらえて、よかったです」
「それに――商業ギルド内からも、彼らを雇いたいという依頼が届いています。テレロナさんと直接交渉を進めていますよ」
「本当ですか? これで皆が仕事に就けるんですね。よかった」
「いえ、礼を言うのはこちらです。これほど腕の立つ人材がスラム街にいたとは……商業ギルドにとっても大きな収穫でした」
インダクトは深く頭を下げた。
建物の件は、これでひと段落だろう。
俺は久しぶりに、バイソンの工房へ向かうことにした。
店に入ると、カウンターにはテンザンとバイセンの姿があった。
「遅い! 何をしておったのだ」
「バイセンさん、遅いって何がですか」
俺が首をかしげていると、テンザンが腕を組んで言う。
「ドルガンから聞いたぞ。お前の装備が“共鳴進化”したそうじゃないか。それでここへ来たんだろう」
……さすがはテンザン。こっちの考えはお見通しらしい。
俺はアイテムボックスから装備と素材を取り出す。
「ファイアドラゴンから得た素材で、共鳴進化できるものはこれだ」
――エンバーオリハルコン。
竜の炎で変質したオリハルコン。炎属性魔具の専用金属。
――焔心臓核。
火竜が生涯燃やし続けた命火が結晶化したもの。
――マグマイト鉱。
火竜の巣周辺で見つかる高温耐性金属。防具や鍛冶素材。
――紅蓮竜鱗。
極めて高温にも耐える鱗。防具の外装素材として最高級。
テンザンとバイセンは顔を見合わせ、言葉を失う。
サブリナに至っては、完全に固まっていた。
やがてテンザンが我に返り、目を見開く。
「お、おい……お前、本当にファイアドラゴンを倒したのか。それにこの素材、どれも最上級……いや、伝説級だぞ!」
ライゼンがうなずきながら言う。
「テルト、お前さんには驚かされっぱなしだ。サブリナ、これが“共鳴進化”の証拠だ」
ライゼンが装備に素材を近づけると、
「キィィィィィン――!」と金属音が鳴り、装備がかすかに震えた。
まるで喜びを示すかのように、淡い光が脈打つ。
その光景を見て、テンザンが目を細める。
「共鳴進化……かつて師匠が見せてくれた奇跡が、今ここで再現されるとは。この装備はサブリナが打ったものだ。だから、お前が仕上げろ」
ライゼンがサブリナの肩に手を置く。
「恐れるな。お前ならできる。テンザンも、わしも一緒だ。皆でやるぞ」
「はい、師匠……全身全霊で打ち込みます!」
ライゼンは力強くうなずく。
「共鳴進化のことは、わしらに任せておけ。それと――金はいらん」
これまでの付き合いで、ライゼンの言葉の重みは十分に理解している。
「……わかった。頼んだぞ」
日に日に建物が出来上がっていく姿を見て、思わず感嘆の息がもれる。
「ロゼットさん、結構あっという間に出来上がっていきますね」
「そうですね。最初にクランク設立の計画を聞いた時は、“また無茶をする人だな”って思いました。でも……テルトさんなら、きっとやり遂げるだろうとも思っていました」
「ありがとう」
お互いに微笑み合うと、その様子を見ていたテレロナがにやりと笑う。
「いいねぇ。あたいも、テルトみたいな彼氏が欲しいもんだね。それで――あんたら、いつ結婚するの?」
「け、結婚!?」
思わず言葉を詰まらせる。
隣を見ると、ロゼットは顔を真っ赤にして俯いていた。
「おやおや、まんざらでもなさそうじゃないか。ま、決まったら教えな。みんなで盛大に祝ってやるから」
「ははっ、その時は頼むよ」
テレロナがからかうように笑いながら去っていく。
残された俺たちは、何とも言えない空気の中、顔を見合わせて苦笑した。
月日が流れ、クランクの全貌が徐々に見えてきた。
地上三階、地下一階の大きな建物。
メンバーが生活できる個室、応接室、会議室、医療室、食堂などが整っている。
別棟には訓練場と厩舎、そして使用人たちの住居も備えられていた。
完成が近づいたある日、商業ギルド長インダクトから呼び出しを受ける。
「お忙しいところすみません。実は、テルトさんが設置された設備についてお願いがありまして」
「設備ですか? どのようなものですか」
「はい。まず――トイレにある新たな魔道具“ウオシュレット”です。まさか、水でお尻を洗うとは……あれには衝撃を受けましたよ。しかも、気持ちがいい。ぜひ、商業ギルドで販売権を頂きたいのです」
(ステラ、来たな。想定どおりだ)
(ええ、マスター。この販売権があれば、スラム街の子どもたちに還元できます。教育、医療、食事……支援の礎になるでしょう)
「わかりました。ただし、条件があります」
俺はステラと練った“スラム街復興計画”を説明する。
インダクトはしばし沈黙した後、満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしい。実に素晴らしい計画です。早速、テレロナさんに説明し、準備に取りかかります。――おい、主任職員! 動け、今すぐだ!」
商業ギルドが慌ただしく動き出すのを横目に、俺はライゼンの工房へ向かった。
「テルト、できたぞ」
店の奥からライゼンが装備を抱えて出てくる。傍らにはテンザンとサブリナもいた。
「サブリナ。これはお前が打った、世界にひとつの装備だ。お前の手で渡してやれ」
「……はい。テルトさん、全身全霊で打ち込みました。受け取ってください」
手渡された瞬間、装備から微かな熱が伝わる。
刃が息づくように震え、竜の鼓動のような気配を放っていた。
俺は《神眼》を発動させる。
焔神刀・不知火
夜闇のように黒く光を吸い込む刀身。その縁だけが淡い蒼炎を揺らめかせる。
抜刀の瞬間、紅の文様が燃え立つように浮かび上がり、炎が花弁のように舞う。
鍔は炎を象る唐草模様、柄には焦げたような黒革が巻かれている。
効果:幽炎を放ち、消えぬ炎で敵を焼く。伝説級。
紅蓮胴具
竜鱗が鱗粉のように輝く軽装の胴具。
戦闘時には炎を纏い、竜が身を覆うように形を変える。
その姿は、炎を支配する“神獣の化身”そのもの。
効果:全身を炎から護る。朱塗りの胴丸風。
(ステラ、どうだ)
(完璧です。サブリナさんは、今この瞬間、伝説級鍛冶師に昇華しました。ファイアドラゴンからドロップした炎帝羽衣との共鳴率も極めて高いです)
「サブリナさん、これは……本物だ。伝説級の装備だ」
「い、いえ……まだ師匠には到底及びません」
テンザンが腕を組んで言う。
「サブリナ、自信を持て。この出来は、わしらでも到底及ばん」
ライゼンが頷く。
「テンザンの言う通りだ。――免許皆伝だ。これからはお前が“師”として、技を受け継がせていけ」
サブリナの目が潤む。
「……師匠、ありがとうございます」
「さぁ、テルト。装備してみろ」
俺は焔神刀・不知火と紅蓮胴具を装着し、さらに炎帝羽衣を纏う。
抜刀した瞬間、蒼炎と紅光が交わり、工房の空気が震える。
テンザンが静かに息を呑む。
「……見事だ。黒と朱の対比が美しい。紅蓮胴具の竜鱗が淡く光り、動きに合わせて火花が舞う。焔神刀・不知火が蒼炎を放つその姿……まるで炎神が降臨したかのようだ」
「サブリナ、これでまた皆を守れる。本当にありがとう」
「私の方こそ……ありがとうございました」
工房の中に、炎のように温かい空気が満ちていた。
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