第51話 クラン設立に向けて
そして、ここからが本当の意味で忙しかった。
まずはSランク冒険者登録の正式申請、クラン設立に必要な各種許可書への署名。
目を通すだけでも骨が折れる量の書類に、ひたすらサインを重ねていく。
次に取りかかったのが――拠点となる土地選びだった。
カナンベールの街は王都とよく似た構造をしている。
中央に平民街、北にはカナンベール公の宮廷。
東は貴族街、西は商業街、南にはギルドや雑貨街が広がっている。
既存のクラン拠点は貴族街に集中しており、ヤナックたち《逆鱗の契り》は商業街を拠点にしている。
(ステラ、どの辺りにクランを構えるのがいいと思う?)
(マスター。この街の成り立ちやギルドとの関係性を考えると、平民街が最適ですが……居住区のため、広い土地が確保できません)
(だよな。となると……その奥のスラム街か。よし、一度見てみよう)
商業ギルドの紹介で、土地仲買人のもとを訪ねた。
「テルトさん、お待ちしておりました。この度はSランク昇格、誠におめでとうございます。クラン設立にあたり、土地選びはぜひ我々にお任せください」
「よろしくお願いします」
数枚の書類がテーブルに並べられ、それぞれの土地について説明を受けるが――
正直、どれもピンとこない。
「カーチスさんやヤナックさんたちと、拠点が被らない場所を希望します」
「承知しました。それでしたら……こちらはいかがでしょう」
提示された土地は、居住区のど真ん中だった。
「……ここだと、住民に迷惑がかかりそうだな」
そのとき、一枚の書類に目が留まる。
「ここはどうだ?」
「テルトさん、その土地はスラム街に近く、治安も良くありません。加えて、スラム側からの干渉を受ける可能性があります」
「干渉、か。でもその分、広くて安い。一度、実際に見せてもらえるかな」
(マスター、仲買人の顔色がかなり悪いです)
「は、はい……ですが、正直おすすめは……」
現地に足を運ぶと、確かに人通りは少ないが、立地も悪くなく、拠点としては十分な広さがある。
「――おい。ここで何をしている?」
見るからに柄の悪い男たちが声をかけてきた。
「土地を買うつもりで、下見してるだけだ」
「はぁ? 誰の許可を得て、テレロナさんの土地に手を出そうってんだ」
「許可なら、この仲介人からだ」
振り返ると、仲介人は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「なるほど、商業ギルドの紹介か。だがな、購入できてもテレロナさんの許可なしに、ここは使えねぇ」
俺は仲介人に小声で告げる。
「……もう帰っていい」
そして男たちに向き直った。
「なら、その許可をもらおう。テレロナに会わせろ」
「会わせろだぁ? 生意気な野郎だ。少し痛い目を見せてやる」
殴りかかってくるが、正直、相手にもならない。
軽く身をかわす。
「……俺たちを子供扱いか。ただ者じゃねぇな」
そのとき、一人が俺の胸元に目を留めた。
「……なに! ブラックプレートだと。そういえば、今朝、Sランクが二人誕生したって話が。一人はカーチス、もう一人が――テルトだ!」
男たちは一斉に顔色を変え、頭を下げる。
「す、すまねぇ! まさか、Sランクのテルトさんとは知らず……」
「その言い方だと、俺がSランクじゃなきゃ、そのまま殴ってたってことだよな?」
俺は拳を握る。
「テレロナに会わせろ。断るなら……わかってるよな?」
男たちは観念し、奥へと案内した。
扉を開けると、無数の視線がこちらを向く。
「……何しに来た」
「土地を買うためには、テレロナの許可が必要だと聞いた。話をしに来ただけだ。本人はいるか?」
「はぁ? 寝言は寝て言え」
男の拳を軽く受け流し、スキル《威圧》を解放する。
一瞬で、場の空気が凍りついた。
「……やめな。あんたたちじゃ、相手にならないよ」
そう言って、一人の女性が前に出てきた。
「いいね、その度胸。嫌いじゃない。部下が失礼したね。《威圧》を解いてくれ。――私がテレロナだ」
「わかった。俺はテルト。この一帯の土地が欲しい」
「なるほど。《威圧》だけで部下を黙らせるとは……流石はSランク。それで、なぜ土地を」
「ここに、俺のクランを設立する」
「……本気かい? ここはスラム街だ。近衛兵が出入りするようになれば、あたいらの居場所がなくなる」
彼女の右腕は義手。
顔には火傷の痕。
「気づいたかい。ここにいるのは、訳ありばかりさ。犯罪者、元奴隷、障害者…… スラムだが、皆必死に生きてる」
「だからこそ、だ」
俺は一歩前に出る。
「俺のクランで働かないか。仕事を用意する。生活も、今より良くなる」
「はは……本気で言ってるのかい」
「ああ。本気だ。俺の計画を聞いてくれ」
クラン設立の構想。
スラム街を巻き込んだ雇用計画。
俺はすべてを話した。
「……本気で、ここまでの規模を?」
「本気だ」
「成功すれば、スラム街はクラン街になる。だが、皆まともに働ける身体じゃない」
「できることをやればいい。それに――皆をここに集めてくれ」
俺の目を見て、テレロナは頷いた。
「……集めな」
人が集まる。
「皆、聞いてくれ。これから起きることは、他言無用だ」
(ステラ、やるぞ)
(了解。全力でサポートします)
俺は魔素を限界まで高める。
「……異常な魔力だね。あんた、一体何を」
「《オメガ・エリア・パーフェクトヒール》」
神々しい光が、場を包み込む。
「……な…… 右腕が……戻ってる…… 顔の火傷まで……!」
「……成功だ。よかった……」
歓喜の声が上がる中、俺の意識は、静かに闇へ落ちていった。
――クラン誕生は、すでに始まっていた。
気がつくと、ベッドの上だった。
体が少し重い。だが、心地よい疲労感だ。
「テルトさん、気がついたようだな」
声の方を見ると、テレロナたちが床に正座していた。
皆の顔には、涙の跡が残っている。
「見てくれ。あたいの右腕と顔を。全部、元通りさ。それに部下たちも……」
皆がそれぞれ、自分の体の治った箇所を指さす。
火傷、傷跡、欠損――それらがすべて消え、健康な肌が戻っていた。
「よかった。これで普通に働けるだろう」
「そんな……“普通に働ける”なんて、夢みたいだよ」
テレロナが小さく笑う。その瞳は、うっすらと涙に濡れていた。
「テルトさん。あたいら、この礼をどうすればいい」
「さっき話しただろう。ここにクランを建てる。その手伝いをしてくれ」
「いいかい、あんたたち! これからボスはテルトさんだ。歯向かった奴は、あたいが許さないよ!」
「おおお!」
スラムに歓声が響き、皆が涙をぬぐいながら笑っていた。
その光景を見て、胸の奥がじんと熱くなる。
その後、仲買人のところへ行き、テレロナの了承を得たことで正式に契約が結ばれた。
こうして、俺は新しい仲間と、新しい拠点を手に入れた。
さて、ここからが本番だ。
俺が土地を手に入れたことで、商業ギルドから次々と紹介が入る。
「テルトさん、ぜひ我が商会にクラン設立のお手伝いを。材料、人員、資材の手配、すべてお任せください」
「ありがたいですが、あの土地は元スラム街でもあります。だからテレロナさんにも協力してもらう予定なんです。一緒に進めましょう」
その言葉を聞いた商人は、途端に顔を引きつらせた。
「い、いや……それなら、我々が出る幕では……」
「何を言ってるんですか。商業ギルドからの正式な紹介ですよね? 紹介しておいて断るなんて、筋が通らないでしょう。まさかSランクの俺を軽んじてるわけじゃないですよね?」
「め、滅相もございません! そんなことすれば不敬罪になってしまいます!」
「ですよね。それと――これを」
俺は懐から二枚の手形を取り出した。
「まさか、その印章……」
「そう。トロイダル商会とジメント商会の手形だ。もしカナンベールの商業ギルドが協力してくれないなら、王都の方に頼もうと思ってね」
その場の空気が一気に変わる。
後ろにいた男がゆっくりと前に出てきた。
「私は商業ギルド長のインダクトです。テルトさんもお人が悪い。こんな大仕事を王都に持っていかれては、こちらの立場がありません。ぜひ、我々にお任せください」
「そう言ってくれると助かる。それと、テレロナさんたちのことですが――安心してください、皆“普通”です」
「普通……ですか?」
「まぁ、会ってみればわかりますよ」
俺はインダクトをテレロナたちに引き合わせ、正式にクランの建設が始まった。
まず、ステラと一緒に描いた設計図をインダクトに見せる。
「こ、これは……す、すばらしい! ここまで細密で丁寧な図面は見たことがありません。しかし、これほどの施設を建てるとなると、費用が――」
「心配はいらない」
アイテムボックスから白金貨百枚を取り出し、テーブルに置く。
「これが頭金です。資材と魔道具の手配を頼みます。完成したら、さらに白金貨百枚を支払います」
「……まさか、ここまで本気とは。承知しました。商業ギルド、全力で協力いたします!」
俺とインダクトは固く握手を交わした。
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