第49話 星降る大広間、白百合の舞
宮殿でもっとも広い大広間。
磨き上げられた白い大理石の床には、無数の燭台の灯が反射し、天井に吊るされたシャンデリアが、まるで夜空の星々のように煌めいている。
長く並べられたテーブルには豪奢な料理がずらりと並び、芳ばしい香りが大広間全体を包み込んでいた。
「これは……見事だな」
「本当に……まるで宝石箱みたいですね」
ロゼッタが小さく息をのむように微笑む。その笑顔を見た瞬間、周囲のざわめきが不思議と遠くに感じられた。
俺たちは差し出されたワインを手に取り、穏やかな談笑を交わしながら料理を味わう。
やがて、楽団の演奏が始まった。
弦の音が柔らかく空気を震わせ、ざわめいていた会場が、潮が引くように静まっていく。
社交界の華――舞踏の時間が訪れたのだ。
ロゼッタが、そっと俺の方を見上げる。
「テルトさん……よろしければ、踊っていただけますか?」
「もちろん」
俺が差し出した手を、ロゼッタが静かに取る。
その瞬間、周囲の視線が一斉に集まるのを肌で感じた。
優雅な旋律に合わせて、二人で一歩、また一歩と床を滑るように進む。
ロゼッタのドレスがふわりと舞い、白百合の花弁のように大きく広がった。
その美しさに、貴族たちの間から思わず感嘆の声が漏れる。
「あの女性はどなたでしょうか……」
「まるで月の女神のようだ。我が息子とも、一曲お願いしたいものだな」
視線と囁きが交錯する中、俺たちは互いの呼吸を合わせ、音楽に身を委ねる。
最後の音が鳴り響いた瞬間――
一拍の静寂のあと、大きな拍手が大広間を包み込んだ。
ロゼッタは軽く会釈し、凛と微笑む。
その気品ある佇まいに、俺の胸が熱を帯びる。
――その時だった。
拍手の波を割るように、一人の人物がゆっくりと近づいてくる。
「ほう……見事な舞だった」
その声に、会場の空気が一変する。
振り向くと、王の一団がこちらへと歩み寄ってきていた。
グランバール国王――陛下自らが、こちらへ足を運ばれるとは。
場の空気が張りつめ、俺は思わず背筋を正す。
ロゼッタも静かに礼をとった。
王の鋭い眼差しが、まっすぐ俺たちを見据える。
「まことに見事である。――テルトよ、其方のパートナーを紹介してもらえるか」
「はい、陛下」
俺はロゼッタに小さく視線を送り、頷いた。
ロゼッタは一歩前へ進み、ドレスの裾を軽く持ち上げ、優雅に一礼する。
「グランバール国王陛下。お久しぶりでございます。ロゼッタ・ワグナートと申します」
その名を聞いた瞬間、陛下の目がわずかに見開かれた。
驚きが走り、周囲の貴族たちも静かにざわめく。
「……もしや、ワグナート侯爵のご令嬢、ロゼッタ譲か」
「はい。その節は、大変お世話になりました」
陛下は深く頷き、穏やかな笑みを浮かべる。
その表情には、過去の悲劇を思い起こすかのような、わずかな哀惜が滲んでいた。
「うむ。我もあの出来事には心を痛めておった。だが――こうして再び、健やかな姿でロゼッタ譲に会えるとは、実に喜ばしい。しかも、その相手がテルトとはな。亡き父上も、きっと天でお悦びであろう」
ロゼッタは静かに微笑み、深く頭を下げる。
「ありがとうございます、陛下」
陛下は満足げに頷き、今度は俺へと視線を向けた。
「そうか、そうか……テルトのパートナーがロゼッタ譲とは。実に良い――この二人、まるで運命に導かれたかのようだな」
その言葉に、会場の空気がさらに和らぐ。
貴族たちの視線にも、いつしか敬意と祝福の色が宿っていた。
俺は思わず、ロゼッタの横顔を見る。
柔らかく微笑むその姿は――どんな宝石よりも、はるかに美しかった。
翌朝。
俺たちは再び王城へと向かい、陛下との謁見の間へ通された。
前夜の華やかで賑やかな空気とは打って変わり、室内にはどこか張り詰めた緊張感が漂っている。
陛下が玉座から立ち上がり、朗らかな声を響かせた。
「皆の者、よくぞ参った。昨日の社交界は、ずいぶんと楽しんでおったようだな。さて――本日は、カナンベールのダンジョンラッシュにおける功績に対する報酬を与える。報酬の授与は、カナンベール領主ブリグラン公に任せよう」
現れたのは、穏やかな笑みを浮かべた恰幅のよい紳士――ブリグラン公。
威圧感よりも、人を包み込むような温かさを感じさせる人物だった。
「冒険者ギルド長、カーチス。其方にはギルドの改築費として、白金貨五十枚を授ける。これからも優秀な冒険者を育て、街を守ってくれ」
「ありがたき幸せにございます」
カーチスが深々と頭を下げる。
「次に――氷華の舞姫のリーダー、セリーナ。その功績を讃え、白金貨十五枚を授ける」
「ありがとうございます」
セリーナは凛とした微笑みを浮かべ、静かに礼をした。
「逆鱗の契りのリーダー、ヤナック。その功績を讃え、白金貨二十枚を授ける」
「恐縮です」
そして――ブリグラン公の視線が、ゆっくりと俺へ向けられた。
「冒険者、テルト。其方の功績を讃え、白金貨十枚を授ける。また、其方は単独でファイアドラゴンを討伐したと聞いている――何か望みはあるか」
「はい。冒険者としてクラウン設立の許可を頂きたく思います」
陛下が、わずかに驚いたように目を細める。
「ほう……其方は、目立つことを好まぬと聞いておったが。何故だ?」
「はい。昨日の件で、決めました。私は渡り人ですが――この世界で、自分の意思で生きていきたいと思ったんです」
自分でも不思議なくらい、言葉は自然と口からこぼれ出た。
陛下は少しの間、遠い記憶を辿るように沈黙した後、穏やかに頷いた。
「うむ……よかろう。ならば、ドラゴン討伐の功績を考慮し――カーチスとテルトをSランク、セリーナとヤナックをAランクに昇格させる。また、テルトにはクラウン設立の権利を与えよう。ブリグラン公、それで良いな」
「御意にございます、陛下」
謁見の間に、控えめながらも確かな拍手が広がった。
俺たちは揃って深く頭を下げる。
こうして、長く続いた謁見の一幕は、静かに幕を下ろした。
だが同時に――俺の冒険者としての新たな章が、確かに始まったのだ。
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