第47話 王前にて示される疑念
翌朝――
俺とロゼッタさんは、王都から迎えに来た馬車に乗り込み、王宮へ向かっていた。
「久しぶりの王宮だわ」
窓の外を眺めながら、ロゼッタさんが懐かしむように言う。
馬車の中で彼女は、王宮での立ち居振る舞いや、注意すべき点をいくつか丁寧に教えてくれた。
一方の俺はというと――正装の窮屈さに少し辟易していた。
だが、不思議と体に馴染み、動きにくさは感じない。
さすがトロイダル商会が用意してくれた最高級品だと、内心感心する。
ふとロゼッタさんに目を向けると、そのドレス姿に思わず言葉を失った。
「……どうしたの? そんなに見つめて」
「いや……とても似合っている。ロゼッタさん、本当に綺麗だ」
「ふふ……ありがとう」
わずかに頬を染める彼女を見て、胸の奥がじんわりと熱くなる。
王宮に到着し、案内された部屋でカーチスたちと合流した。
だが、その空気を壊すように、ヤナックが不快な笑みを浮かべて声をかけてくる。
「テルト、ロゼッタさんに恥をかかせるなよ。お前みたいな田舎者、王宮の豪華さに腰が抜けてるんじゃないか?」
「確かに豪華だが……一度来ているから、もう慣れている」
「はぁ? 見栄を張るなよ。ロゼッタさんの前だからって、嘘までつくのか?」
(ステラ……こいつ、何なんだ)
(おそらく、ロゼッタさんに気があるか、マスターが貢献者に選ばれたことが気に入らないのでしょう。ここは大人の対応を)
「嘘じゃない。それに、初対面の人間に対しては、随分と無礼な物言いだな」
そう言い返した、その時だった。
扉が開き、一人の騎士が入ってくる。
「見ろよ、テルト!」
ヤナックが声を張り上げる。
「あれが王国騎士団副隊長のオルディン様だ。俺はカナンベールで一度、挨拶を交わしているから、お前に格の違いを見せてやる」
勢いよく駆け寄ったヤナックは、オルディンに手を差し出した。
「オルディンさん! お久しぶりです。カナンベールでお会いして以来ですね」
「……そうだったか」
オルディンは軽くうなずいただけだった。
次の瞬間――彼は俺の方へ歩み寄り、肩を叩いて朗らかに笑った。
「おお、久しぶりだな、テルトくん。貢献者の名簿に君の名を見たときは驚いたが……なるほど、君らしい」
「テルトさん……やはり、すごい方だ」
横でダリオスまで感嘆の声を漏らす。
その光景に、ヤナックは信じられないという顔をし、
カーチスたちも言葉を失っていた。
オルディンは一同を見渡し、改めて口を開く。
「名乗りが遅れたな。王国騎士団副隊長、オルディンだ。実はテルトくんは、我がブリジアント家の客人でね。今日はその挨拶に来たのだ」
「オルディンさん……その件は控えていただけると助かります」
「はは、そうだったな。君は目立つことを好まなかったか。だが――パートナーへの挨拶だけはさせてもらおう」
そう言われ、紹介しようとした瞬間――ロゼッタさんが俺の隣に立ち、優雅にドレスの裾を持ち上げて一礼した。
「お久しぶりです、オルディンさん」
「……まさか、ロゼッタさん!?」
「はい。その節は、大変お世話になりました」
「これは驚いた……まさか君がテルトくんのパートナーとは。ご家族の件、心よりお悔やみ申し上げる」
「お気遣い、ありがとうございます。けれど……今はテルトさんがそばにいてくれますから、私は大丈夫です」
その言葉に、思わず息を呑んだ。
だがオルディンは感嘆の声を上げ、俺の肩を強く叩く。
「ははっ、やるなテルトくん。『社交界の白百合』とまで称されたロゼッタさんを射止めるとはな。君には本当に驚かされる」
――社交界の白百合。
そんな呼び名があったのか。
「オルディンさんは、ロゼッタさんをご存じだったんですか?」
「もちろんだ。我がブリジアント家は代々、騎士団の任を担っている。そしてロゼッタさんのワグナート家は、王都の厩舎を預かり、馬や魔獣を育ててきた名家だ。戦場において馬は命を預ける存在。ゆえに、両家は長く友好関係を結んできた」
「……そういうことでしたか」
「さあ、立ち話も何だ。向こうで腰を落ち着けて話そう」
そう言って歩き出すオルディン。
その背後で――ヤナックが悔しさを押し殺し、顔を歪めながら部屋を後にする姿があった。
しばらくオルディンさんたちと話していると、王宮の案内役が静かに姿を現した。
いよいよ――謁見の間へ向かう時が来たのだ。
王宮の奥へと進むにつれ、空気が張り詰めていく。
高い天井には黄金の装飾が施され、床には深紅の絨毯が敷き詰められている。
足音すら吸い込まれるような静寂の中、俺たちは一歩ずつ進んでいった。
謁見の間には、すでにクリフトさんの姿があった。
そういえば、彼も王都へ来ると言っていたな。
やがて――壮大なファンファーレが鳴り響く。
その音に合わせて、グランバール国王が高座に姿を現した。
圧倒的な存在感に、思わず背筋が伸びる。
「皆の者。この度のカナンベールにおけるダンジョンラッシュにおいて、見事に魔獣を退け、街を守った功績――まことに見事である。グランバール・テイゼンハイムの名において、その働きを讃えよう」
最初に呼ばれたのは、クリフトさんだった。
「カナンベール冒険者ギルド長、クリフト。其方は一人の犠牲も出すことなく街を守った。その指揮と決断、大義であった」
陛下から表彰楯を受け取るクリフトさんの姿に、会場から拍手が沸き起こる。続いてカーチスが呼ばれ、同様に表彰を受けた。
(ステラ……なんだか、緊張してきた)
(マスター、深呼吸を。堂々と立っていれば大丈夫です)
ステラの声に背中を押され、ついに俺の名が呼ばれる。
胸の奥が高鳴る中、一歩前へ進み、陛下から表彰楯を受け取った。
――その瞬間だった。
後方から、小さく「チッ」という舌打ちの音が聞こえた。
国王の傍らに控えていた年配の貴族――宰相と思しき人物が、低い声で告げる。
「陛下の御前である。舌打ちをした無礼者がいる。名乗り出よ」
ざわめきが広がる中、後方から一人の男が一歩前へ出た。
ヤナックだ。顔を引きつらせている。
「し、失礼いたしました。……私です」
「ヤナック、と申したな。
其方、なぜそのような無礼を働いた。理由を述べよ」
陛下の声が、謁見の間に低く響く。
「……祝いの席であるゆえ、即座に咎めはせぬ。だが、その理由は聞かせてもらおう」
ヤナックは一度息をのみ、ゆっくりと口を開いた。
「恐れながら申し上げます。私は、テルトくんの功績に疑問を感じております。確かに彼は、最初のサイクロプス討伐で功を立てました。しかし――ファイアドラゴンとアースドラゴンが出現した際、彼の姿を見た者は一人もおりません」
「ふむ……。それゆえ、其方は彼の功績に疑念を抱いたということか」
「はい、陛下。その通りでございます」
謁見の間に、ぴんと張り詰めた空気が走る。
だが――クリフトさんが一歩前へ出て、深く頭を下げた。
「恐れながら、陛下。発言をお許しください」
「許す。申せ」
「確かにヤナックくんの言う通り、テルトくんはアースドラゴンとの戦いには加わっておりません。
しかし、彼は我々が戦闘に集中できるよう、森に潜む魔獣を殲滅しておりました。その証拠に、彼の装備は返り血に染まっていたのです」
「ほう……」
ざわめきが再び広がる。
しかしヤナックは、なおも食い下がった。
「そこなのです、クリフトさん!我々《逆鱗の契り》も森の援護を担当していました。ですが、誰ひとりテルトくんの姿を見ていないのです!」
国王の視線が、まっすぐ俺に向けられる。
「テルトよ。今の話、真であるか?」
(ステラ、どうする……?確かに誰にも見られていないが……)
(マスター、正直に。堂々と語る方が、結果的に信頼を得られます)
(……そうだな)
「はい。
私は、森に潜む魔獣を討伐しておりました」
「ならば、なぜ誰も其方の姿を見なかった。説明できるか?」
「はい。私はエキストラスキル《絶影》と《神速》を使用していました。そのため、視認されなかったのだと思われます」
「……なんと。エキストラスキル持ちか。それならば、確かに納得がいく」
ヤナックが歯噛みし、唇を強く噛み締める。その場の空気が、わずかに和らいだ――かに見えた、その時。
一人の大柄な騎士が、前へと進み出た。
「恐れながら陛下。このドルガン、発言をお許しいただきたい」
「許す。申せ」
「テルトくん、久しぶりだな。……君が貢献者名簿に名を連ねたと知った時、再び王国騎士団へ誘うつもりだった。だが残念だ。なぜ、嘘をつく?」
「嘘、ですか?」
「そうだ。アースドラゴンと戦っていた時、君の姿を見た者はいない――それは事実だ。そして、森で魔獣を討伐していたのも事実。だが問題は、“何を倒したか”だ。違うか?」
「それは……」
「ははっ。やはり君らしい。重要な場面で、嘘を突き通せない性格だな。ずばり言おう――君が倒したのは、ファイアドラゴンだな?」
その一言に、謁見の間がどよめいた。
無数の視線が、俺に突き刺さる。
「私は……魔獣を倒しました」
曖昧な返答に、ヤナックが食い気味に叫ぶ。
「そんな馬鹿な!たった一人でSランクのファイアドラゴンを倒せるはずがない!こいつは、冒険者になって一年も経っていないんだぞ!」
「控えよ、ヤナック!」
ドルガンの声が響く。
「陛下の御前で騒ぐな。王国騎士団隊長として、私の推測には明確な根拠がある」
国王が身を乗り出す。
「ドルガン殿。その根拠とは?」
「簡単なことです――テルトくん、装備を見せてもらえますかな?」
俺は困惑しつつも、アイテムボックスから装備を取り出した。
それを見つめるドルガンの瞳が、鋭い光を帯びる。
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