第46話 王都へ向かう夜、揺れる想い
木漏れ日の宿の一室で、俺はロゼッタと王都へ行く話をしていた。
「テルトさん、少し困ったことがあるんです」
「どうしましたか、ロゼッタさん」
「昨日、洋服店に行ったのですが……もう予約でいっぱいで、ドレスを用意できないんです。お祝い向けや社交界向けの服は、全部貴族の方たちが押さえてしまっていて……どうしたらいいのか」
眉を下げ、心配そうに俺を見るロゼッタさん。
「それなら、冒険者ギルド経由で商業ギルドに頼んでもダメなのかな」
「私も試したけれど、無理だったの。カナンベールでは望みがなくて……残るは王都。でも、かなり高額になりそうで」
彼女に負担をかけるのは本意じゃないし、当日までに用意できるかも不安だ。
(マスター、提案があります。トロイダル商会とジメント商会なら、この件を解決できるのでは?)
(ステラ、それだ!)
俺はすぐに答えた。
「大丈夫、ロゼッタさん。王都に信頼できる商会の知り合いがいる。きっと何とかなるから、任せてください」
「……本当に?」
ぱっと表情が明るくなり、ロゼッタさんの瞳がきらめく。
「ああ、安心して」
「ありがとうございます……助かりました。では、明日は王都行きの馬車の前で待っていますね」
ほんのり赤い頬を見て、俺の胸がじんわりと温かくなった。
翌朝、馬車の前で待っていると、ロゼッタさんが姿を現した。
いつも受付で見る、きっちりとした制服姿しか知らなかったが、今日は淡い色合いのお出かけ用の服。
ふわりと風に揺れる布地と、落ち着いた立ち居振る舞いに自然な気品が漂っている。
――さすが元侯爵令嬢だと、改めて思わされた。
「おはようございます、テルトさん。どうかしら」
彼女は恥ずかしそうに微笑み、くるりと一回転してみせる。
「……すごく似合ってる。街にいたら、きっと皆が振り返る」
「ふふふ……ありがとう」
ほんのり頬を染める姿に、胸の鼓動が少し早まった。
そこへ、ダニエルとセシリアが現れる。
「おはよう、テルト。……おお、ロゼッタさん! 噂は本当だったんだな」
ダニエルがにやりと笑い、俺の胸を小突く。
「おはようございます、ロゼッタさん。少しだけ、女性同士でお話ししませんか?」
セシリアが柔らかく声をかけ、ロゼッタさんを連れて行った。
「テルトくん、聞いたぞ。ロゼッタさんをパートナーに選ぶとは、なかなかやるな」
後から来たカーチスたちも冷やかしてくる。
「いや、そんな……からかわないでくださいよ」
苦笑いで返すが、どこか誇らしい気持ちも隠せなかった。
そんな和やかな雰囲気の中――。
逆鱗の契りのリーダー、ヤナックが姿を現す。
挨拶もなく、不機嫌そうに馬車へ乗り込んでしまった。
「気にするな、テルトくん」
カーチスが肩をすくめる。
「どうやら、君が目立ったのが気に入らないらしい。俺たちが活躍して、向こうが陰に隠れた形だからな。八つ当たりみたいなもんだ」
(ステラ、逆鱗の契りについて詳しく)
(マスター、逆鱗の契りはカナンベールに二つあるクラウンの一つです。リーダーはヤナック。近頃はカーチスさんたちに押され、実績も低迷しています)
――なるほど。
俺がダンジョンラッシュで貢献したこと、そしてカーチスたちと親しくしていることが、彼らの焦りに拍車をかけているわけか。
やがてロゼッタさんが戻り、並んで馬車に乗り込む。
こうして俺たちは、王都へ向けて出発した。
その夜、馬車は順調に王都へ向かって走り続けていた。
さすがは貴族御用達の特別馬車だ。内装は魔道具で拡張され、ゆったりとしたソファーに、ふかふかのベッドまで備わっている。
(……参ったな)
御者は交代制で走り続けるらしく、途中で野営はしない。
つまり――このままロゼッタさんと同じ空間で夜を過ごすことになる。
「そろそろ休みましょうか」
ロゼッタさんが、柔らかな声で言った。
「そ、そうですね」
彼女は立ち上がり、控えめに背を向けて着替えを始める。
俺は慌てて視線を逸らし、ソファーに潜り込んだ。
「テルトさん、ベッドを使わないのですか?」
「い、いや……なんだか落ち着かなくて」
「ふふ……恥ずかしいのは、私の方ですよ」
頬を染めて小さく笑うロゼッタさん。
「……おやすみなさい」
「おやすみ」
胸が妙に騒がしく、なかなか眠れない。
つい気になってベッドの方を見ると、ロゼッタさんもこちらを見ていた。
慌てて目を逸らし、また気になって見てしまう。
視線が合っては、互いに小さく笑う――
そんなやりとりを何度か繰り返すうち、いつのまにか緊張もほどけ、心地よい眠りに落ちていった。
馬車は順調に進み、予定よりも早く王都に到着した。
宿で一息ついた俺とロゼッタさんは、その足でトロイダル商会へ向かうことにする。
店先ではアルメントが元気いっぱいに商品を売り込んでいたが、俺の姿を見つけた瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「テルトさん! カナンベールのダンジョンラッシュは、大丈夫でしたか?」
「まあ、街に被害はなかったよ」
「それは何よりです! ここではなんですので……どうぞ奥へ。――おい、旦那様を呼んでくれ! テルトさんが戻って来られた! 私は父を呼んで参ります!」
慌ただしく駆けていくアルメント。
その背中を見ながら、(すっかり変わったな……)と、少し安心した。
これならジメントさんも、きっと喜ぶだろう。
従業員に案内され、俺とロゼッタさんは応接室へ通される。
「ここで少々お待ちくださいませ」
ロゼッタさんは落ち着かない様子で室内を見回している。
俺はこれまでの経緯を簡単に説明しておいた。
「なるほど……それで、テルトさんが来られただけで、これほど丁重な対応なんですね」
「まあ、そういうことだな。それで……ドレスの件だけど、この商会に任せようと思ってる」
「それなら安心ね」
そう話していると、やがてトロイダル、ジメント、そしてアルメントが揃って現れた。
俺は改めて、これまでの顛末を説明する。
「なるほど。それで、我が商会を訪ねてくださったわけですな」
「はい。トロイダルさん、何とかなりませんか」
「ふむ……。では、このトロイダルにお任せください」
すると隣にいたジメントが、身を乗り出してきた。
「恐縮ながら、私にもぜひお手伝いをさせてください。ここでテルトさんのお役に立てなければ、我が商会の恥。……そうだ、奥様にふさわしいアクセサリーをご用意いたしましょう!」
「い、いや……まだロゼッタさんは奥様というわけではなく……」
「あっ、そうでしたか! 失礼しました。てっきり社交界のパートナーと伺いましたので……。
ですが、実は謁見後の社交界では、パートナーと共にダンスを踊るのが慣例なのです。――お二人はダンスは?」
その一言に、思わず声が漏れた。
「え、ダンス!? そんな話、聞いてないぞ……!」
「テルトさん、大丈夫ですよ。私はダンスを踊れますから、サポートします」
(ステラ、困ったぞ。ダンスなんて一度も踊ったことがない。ロゼッタさんがサポートするとはいえ、大丈夫だろうか)
(マスター、ご心配なく。私のデータベースには多様なダンスがあります。これからマスターの意識にリンクし、ダウンロードします)
(ありがとう。これならいけそうだ)
「それなら、一度練習しておきたい。どこかダンスホールを借りられるかな?」
ジメントはにっこりと笑った。
「お任せください。すぐにご用意いたしましょう」
こうして衣装の心配は解消され、ダンスの練習もできることになった。
俺とロゼッタさんはトロイダルに連れられ、王都一と名高い洋服店で衣装を整え、そのままジメントが手配したダンスホールへ向かう。
音楽が流れると、ロゼッタさんが軽やかにステップを踏む。
「一、二、三」
リズムを口にしながら。
「テルトさん、最初は私に合わせてくださいね」
(マスター、リズムは掴めています。問題ありません)
ステラの声に背中を押され、俺はダウンロードされた動きをなぞるように足を運ぶ。
「えっ……テルトさん、本当に初めてですか? このステップ、かなり上級者向けですよ」
「大丈夫。次は俺がリードする」
思い切ってロゼッタさんの腰を引き寄せると、距離が一気に縮まった。
胸の鼓動が伝わってきそうで、息が詰まりそうになる。
「……っ」
ロゼッタさんの頬がほんのり赤く染まる。
けれど拒むことなく、俺に身を預けてくれた。
視線を交わしながら、音楽に合わせてホールを舞う。
そして最後のターンを決めた瞬間――静寂が訪れた。
「パチパチパチ!」
ジメントやスタッフから拍手が湧き起こる。
「素晴らしい……! このダンスにふさわしいアクセサリーを、必ずご用意いたします!」
興奮気味に去っていくジメントを見送り、俺とロゼッタさんは自然と腕を組み、顔を見合わせて笑った。
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