第45話 揺れる覚悟と、知らぬ間に踏み込んだ一線
「コンコン」
ロゼッタさんがドアを叩き、俺と一緒に部屋に入る。
「クリフトさん、折り入って話があります」
書類に目を通していたクリフトさんは、ロゼッタさんの様子を見て、静かに机の上に書類を置いた。
「ロゼッタ、どうした」
「クリフトさん、テルトさんのパートナーの件についてお話があります。私は――私が、テルトさんのパートナーになりたいと思います」
「本当か、テルトくん」
「はい、俺からロゼッタさんにお願いしました」
「なるほど。だが、ロゼッタ。君は本当にいいのか」
「はい。それで……私のことを、きちんとテルトさんに話しておきたくて、クリフトさんの許可を得にきました」
「そうか……そこまで覚悟していたのか」
クリフトさんはロゼッタさんに、小さく頷いた。
「テルトさん、私をパートナーに選んでくれてうれしいわ。だけど、社交界ではきっと私の過去が話題になると思うの。だから、今のうちに話しておくわね」
ロゼッタさんは小さく深呼吸してから、口を開いた。
「実は私、元は侯爵家の娘だったの」
「へぇ~、そうなんだ。ロゼッタさんはお嬢様育ちだったんだね」
俺があっけらかんと答えると、クリフトさんとロゼッタさんは、まるで示し合わせたかのように同時にポカンとした顔をした。
「テルトさん……私、元は侯爵家の娘だったのよ?」
「うん、それはさっき聞いたよ。俺にとって、ロゼッタさんが平民だろうと元貴族だろうと関係ない。ロゼッタさんは、ロゼッタさんだ」
その言葉に、ロゼッタさんはふっと笑った。
「ふふ……ありがとう。私が十四歳の時、王都からロンダリアに向かう途中で魔獣に襲われて家族は、皆亡くなったの。侯爵家を継ぐこともできたけれど、ひとりではとても無理で、あの時の恐怖は、今でも夢に見ることがあるわ。それで、遠縁のクリフトさんが親代わりになってくれて、ギルドで働くようになったの」
「そうか……大変だったんだね。でも、クリフトさんがそばにいてくれて本当によかった」
ロゼッタさんはクリフトさんを見て、静かに微笑んだ。
「はい」
そこで、クリフトさんが口を開く。
「私は以前から、ロゼッタが悩んでいることは知っていた。だが、それは本人の問題だ。私が口を挟むことはできない。テルトくん、君がロゼッタを受け入れてくれて、本当にうれしい。親代わりとして言わせてもらえば、君なら任せられる。それで――式はいつ挙げる? 王都から戻ってからか」
「えええっ!?」
ロゼッタさんは驚き、慌てて手を振った。
「クリフトさん、ち、違います! 私は謁見のパートナーになるだけで、人生のパートナーの話ではありません!」
「そうなのか? テルトくん」
「うーん……俺は、結婚でも謁見でも、どっちでもロゼッタさんなら嬉しいかな」
「も、もう……!」
顔を真っ赤にしたロゼッタさんは、逃げるように部屋を飛び出していった。
取り残された俺に、クリフトさんが真剣な表情で言う。
「テルトくん。私は冗談で言ったわけじゃない。親代わりとして、君がロゼッタをどう思っているのか、聞かせてほしい」
「俺は……パートナーに選んだ以上、責任を持ってロゼッタさんと向き合います」
「おお、いい答えだ。やはり君なら、ロゼッタを任せられる」
俺とクリフトさんは、無言のまま固い握手を交わした。
部屋を出てから冷静になり、心の中でステラに問いかける。
(ステラ、あれ? さっきの答えは、ロゼッタさんに恥をかかせないために言ったつもりだったんだけど……合ってるよな?)
(マスター、それは違います。クリフトさんには、「結婚を前提にした交際の許可」を求めたように聞こえました)
(えっ!? そんなに重い話になってたのか!?)
(はい。この世界は階級社会です。元貴族が平民と関わるのは大変なこと。それをマスターは、一切の迷いなく受け入れました。だからこそ、意味が大きいのです)
そうだったのか……。
だが、一度言葉にした以上、訂正は難しい。
むしろ撤回すれば、ロゼッタさんを深く傷つけてしまうだろう。
そう思いながら宿に戻り、今日の出来事を振り返りつつ、俺は眠りについた。
翌朝、冒険者ギルドに入ると、氷華の舞姫ことセリーナさんと出会った。
「おはよう、テルトくん」
「おはようございます、セリーナさん」
「ちょっと、いいかな」
そう言って、彼女は俺を席へと誘った。
「明日には王都へ向かうけど、パートナーは決まった? もし決まってないなら、私とどう?」
「誘ってくれて嬉しいですが……すみません。もう決まってるんです」
「えぇ……ショックだわ。それじゃ誰なの? お姉さんに、こっそり教えてごらん?」
「えーと……ロゼッタさんです」
「ええええっ!!!!!」
セリーナさんの大声がギルドに響き渡る。
一瞬で周囲が静まり返り、全員の視線が俺たちに突き刺さった。
視線を動かすと、カウンターにいるロゼッタさんと目が合う。
彼女は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。
「へぇー、あの鉄壁のロゼッタさんを落とすなんて、やるじゃないの!」
「ち、違いますって!」
「ふふ、でも意外と隅に置けないわね。……さて、困ったわ。私のパートナー、誰にしようかしら」
その時、俺は奥で心配そうにこちらを見ている男に気づいた。
「セリーナさんなら、同じパーティーのパウロさんが似合ってると思います。ダンジョンラッシュの戦いでも、いつもセリーナさんを気遣っていましたし……ほら、今もこっちを見てますよ」
「えっ!」
セリーナさんは俺の指差す先を見て、パウロさんを見つけた。
「……ほんとだ」
少し考え込んだあと、セリーナさんは立ち上がる。
「ふふっ、ありがと、テルトくん」
そう言ってパウロさんの方へ歩き、二言三言言葉を交わしたかと思うと、二人は自然に手をつないで外へ出ていった。
背中に向かって、周囲の冒険者たちから冷やかしの声が飛ぶ。
(ステラ、セリーナさんとパウロさん、お似合いだと思うけど、どうかな)
(マスター。ええ、とても良いご縁に見えます)
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