第44話 英雄の帰還と、ロゼットの決意
カナンベールに戻ると、街の人々が一斉にこちらを見て、歓声と拍手で迎えてくれた。
まるで英雄を讃えるかのような熱気に包まれ、俺は思わず足を止める。
ダンジョンラッシュを街に届く前に退けたことで、カナンベールに被害は一切なかったという。
それは実に――五十年ぶりの快挙だそうだ。
俺は歓喜に湧く人々の波を抜け、静かな木漏れ日の差す路地へと入った。
「女将さん、ただいまー」
声をかけると、厨房から女将さんが飛び出してきた。
驚いたように目を見開いたあと、すぐに笑顔になり、俺を力強く抱きしめる。
「……お帰り、テルト」
その温もりに、胸の奥がじんわり熱くなる。
「はい……」と答える声は、自分でもはっきりわかるほど震えていた。
その夜は女将さんの手料理を心ゆくまで味わい、ようやく訪れた安らぎの時間を噛みしめた。
ベッドに潜り込むと、張り詰めていた気が一気に抜け、俺は泥のように眠りに落ちていった。
翌朝。
冒険者ギルドに向かうと、すでに大勢の人でごった返していた。
「おはよう、ロゼットさん」
声をかけると、受付にいたロゼットさんがぱっと顔を上げ、飛び切りの笑顔を見せる。
「テルトさん! おはようございます」
その明るさに、俺も自然と肩の力が抜けた。
「早速だけど、状況はどうなっているのかな?」
「はい。王都から向かっていた討伐隊ですが、テルトさんたちがダンジョンラッシュを退けたことを知り、途中で引き返したそうです。もう王都に戻っているでしょう――それから、お昼頃にクリフトさんからお話があります。テルトさんも、地下の訓練場に集合してください」
「ありがとう」
礼を言い、俺は訓練場へと向かった。
正午。
訓練場に集まった冒険者たちの前に、クリフトとカーチスが姿を現す。
クリフトは手にした魔道具を使い、声を響かせた。
「まずは報告だ。今回のダンジョンラッシュは、犠牲者を出すことなく退けられた。……みんな、本当によくやってくれた」
静かな言葉だったが、胸に重く響く。
周囲から大きな拍手が一斉に湧き起こった。
「報酬は明日、受付で受け取れるようにしてある」
冒険者たちの顔に、安堵と満足の色が浮かぶ。
「さらに今回の功績を讃え、領主ブリグラン公爵より褒美が授けられることになった。それも報酬に上乗せしている」
「おおおお!」
歓声が訓練場を震わせた。
クリフトは一度声を落とし、そして大きく告げる。
「最後に――ブリグラン公爵のご厚意により、王都で陛下から直々にお言葉を賜ることになった。その場に参加する者を伝える。
白竜の翼のリーダー、ダニエル。
竜翼の盟約のリーダー、カーチス。
氷華の舞姫のリーダー、セリーナ。
逆鱗の契りのリーダー、ヤナック。
……そして――テルト」
自分の名が呼ばれた瞬間、思わず息を呑んだ。
ざわめきが広がり、冒険者たちの視線が一斉に俺へ向けられる。
(ステラ、なんだかみんなの視線が痛いな。これって……断れないのかな)
(マスター、残念ですが、こればかりは避けられないでしょう)
どうにか逃げ道はないかと考えていると、クリフトがさらりと、とんでもないことを口にした。
「それから――謁見のあとには社交界が開かれる。パートナーを同伴するように。詳細は受付で確認してくれ。本当にみんな、よくやってくれた。解散!」
「……えっ、パートナー!?」
一瞬、場の歓声が遠のき、頭の中が真っ白になる。
(ステラ……どうしよう)
(マスター。これは――ある意味、ドラゴンより難敵かもしれませんね)
一体、誰をパートナーにすればいいのか。
そんなことを考えながら受付に向かうと、ロゼットさんが俺を手招きしていた。
「テルトさん、こちらへ」
席に着くと、彼女は柔らかく微笑みながら言う。
「まずは冒険者ギルドから。この度のダンジョンラッシュでのご貢献、誠にありがとうございます。こちらが報酬になります」
ロゼットさんは小袋をカウンターに置いた。
「報酬は金貨五十枚です」
「えっ、そんなに?」
「ええ、そんなにです。もしSクラスの魔獣が街中で暴れれば、多額の損害と多くの命が失われていたでしょう。むしろ少ないくらいです」
「そうなのか……」
「それから、テルトさんは王都での謁見者に選抜されました。これから説明しますね」
出発は三日後。
パートナーを同伴し、社交界にふさわしいドレスコードを守ること。
宿や食事などはすべてギルドが用意するとのことだった。
説明が終わるころ、背後がざわめき始めた。
振り返ると大勢の女性がこちらを見ており、一人が前に出てきて声をかけてきた。
「テルトさん、突然すみません。王都での謁見にはパートナーが必要だと伺いました。私は元貴族ですから、きっとお役に立てます。ぜひ私を――」
その言葉を合図にするかのように、女性たちが一斉に押し寄せてくる。
(ステラ、どうする……?)
(マスター、ここは「もう決まっている」と言ってかわすのが得策です)
「待ってください。俺のパートナーは、すでに決まっています。どうかお引き取りを」
「えっ、もう決まっているの? それなら一体、誰なんですか?」
好奇と疑念の入り混じった視線が、一斉に俺に集まる。
「それは言えない。名前を出せば、その人に迷惑や危害が及ぶかもしれないからな」
「……そうですか。テルトさんは優しいのですね。わかりました」
女性たちは名残惜しそうにしながらも、小さくざわめきつつ散っていった。
再びロゼットさんを見ると、なぜか少し頬をふくらませている。
「ロゼットさん、他に注意事項は?」
「ありません。でも……もう、パートナーがいるんですね」
小声で俺は答えた。
「実は、まだいないんだ。さっきは女性たちをかわすための嘘さ。もし選ぶなら――ロゼットさんみたいに、誰にでも分け隔てなく優しい人がいい」
「えっ!? 本当にそう思っているんですか?」
「はい」
真顔で答えると、ロゼットさんはしばらく俺を見つめ、小さく息を整えてから、意を決したように立ち上がった。
「……わかりました、テルトさん。私と一緒に、ギルド長室へ来てください」
「えっ?」
(ステラ、これは一体どういうことだ?)
(マスター……私にも、さっぱりわかりません)
そう言いながら、ロゼットさんに手を引かれ、俺は状況を理解できないままギルド長室へ向かうことになった。
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