第40話 空より降る裁き、そして帰るべき場所
急げ――とにかく、早く飛ぶんだ。
胸の奥から、焼けつくような焦燥がせり上がる。
それを必死に押し殺し、俺はただ風を切って飛び続けた。
やがて、地平線の向こうに土煙が立ち上るのが見えた。
濁流のように広がり、地面を揺らすその影。
――間違いない。ダンジョンラッシュによる魔獣の群れだ。
(もう少し……!)
『翠光の迷窟』が視界に入った瞬間、予感は確信に変わった。
地上には、数えきれない魔獣の影が、波のように押し寄せている。
(ステラ、まだダンジョン付近か?)
(マスター、宿場町はほぼ壊滅状態です。魔獣たちは街道沿いに進軍を開始しています)
上空から見下ろすと、避難した痕跡は無数に残っているが、人影はもうない。
さらに遠くにある中間地点では、冒険者や兵士たちが必死に防衛線を張っているのがかすかに見えた。
だが、ダンジョンからは止まることなく魔獣が湧き続けている。
地鳴りのような咆哮が空気を震わせ、終わりは見えない。
(……あの数じゃ、中間地点ももたないな)
(はい。質より量――物量で突破される可能性が高いです)
下級魔獣とはいえ、数が多すぎる。
しかも、今は密集して移動している。
――今しかない。
だが、これだけの範囲を覆う魔法は――禁書にあったオメガ級でも足りないかもしれない。
……待て。
(ステラ、禁書にあった素材融合を用いたエターナル級魔法。あれなら、まとめて消し飛ばせるか?)
(マスター、的確な判断です。周囲に味方はいません。今が最適と判断します)
(……よし、やるぞ)
さらに高度を上げる。
耳を打つ風切り音が鋭くなり、眼下には魔獣の海。
俺はアイテムボックスから巨大な岩石を取り出した。
岩の表面に魔素がにじみ、指先が熱を帯びる。
「――行くぞ」
両手をかざし、魔素を一点に集中させる。
視界が赤く染まり、岩が灼熱の魔力に包まれた。
「《エターナル・メテオフレア》!!」
次の瞬間、岩石は真紅に輝き、雷鳴のような轟音とともに急加速する。
隕石となって落下する光跡。
――ドゴォォォォォォン!!!
大地を貫いた瞬間、閃光が走り、巨大な火柱と爆炎が天を突いた。
焼けつく熱波が大気をねじ曲げ、衝撃波が空を裂く。
俺の体すら、大きく揺さぶられる。
炎は嵐となり、魔獣たちの悲鳴混じりの咆哮は、すべて掻き消えた。
視界が白く染まり、音が一瞬、消える。
――やがて。
炎と煙が晴れると、そこには巨大なクレーターが口を開けていた。
魔獣の群れは、影も形もない。
(……よし。うまくいった)
(……いや、ちょっとやり過ぎたか?)
生き残ったわずかな魔獣たちは恐怖に駆られ、悲鳴を上げながらダンジョンへと逃げ帰っていく。
(マスター、想定通りの威力です。データ取得も完了。十分な時間稼ぎになります)
(上出来だ。防衛線も立て直せるだろう。急いで、カナンベールへ向かうぞ)
風の翼が再び羽ばたき、俺はクレーターの上空を一閃して飛び去った。
カナンベールに到着すると、街は完全にざわついていた。
荷物を抱えて走る人々。
泣き叫ぶ子供を連れ、街門へ急ぐ親たち。
商人は必死に商品をまとめ、叫び声と怒号が飛び交う。
――いつもの穏やかな街の面影は、どこにもない。
(……やはり、知らせは届いているか)
俺は真っ直ぐ、木漏れ日の宿へ向かった。
女将を見つけ、声をかける。
「女将さん、ダンジョンラッシュが来る。ここは大丈夫か?」
女将は一瞬目を丸くしたが、すぐに腕を組み、苦笑した。
「いきなり来て、なんだいテルト。王都から戻ってきたって聞いてなかったよ?」
「……女将さんと、シーナのことが心配で」
「まったく、あんたって子は……」
そう言って、女将は少しだけ目を細めた。
「大丈夫さ。シーナは王都に避難させたし、宿泊客もいない。ここは今のところ平和だよ」
一拍置き、静かに続ける。
「私の居場所は、ここなんだ。ここを離れたら、亡くなった旦那に申し訳が立たないからね」
女将の目が遠くを見つめ、かすかに潤んでいた。
「……そうか」
「なに暗い顔してんのさ。私だって、昔は冒険者だったんだ。いざとなったら、戦う覚悟くらいあるよ」
「さすがは女将さんだ。必ず戻ってくる……頼んだぜ」
女将は一瞬息を呑み、やがて優しく微笑んだ。
「あの人もね、そう言って出て行ったっけ……でも、帰ってこなかった」
声が、わずかに震える。
「だからね、テルト。同じ思いは、もうごめんだよ。どんなことがあっても、自分の命を大事にするんだよ」
胸が締め付けられる。
「……ああ、約束する」
強く頷き、宿を後にする。
背後で、女将が小さく――「必ずだよ」と呟いた声が、いつまでも胸に残っていた。
俺はそのまま、冒険者ギルドへと足を向けた。
冒険者ギルドに着くと、内部は驚くほど閑散としていた。
普段の喧騒は影を潜め、代わりに重苦しい空気が漂っている。
カウンターに立っていたロゼットが、俺の姿を見て目を見開いた。
「テルトさん……来てくれたんですね」
「ああ。ロゼットさん、状況は?」
ロゼットは小さく息を整え、はっきりと告げる。
「ダンジョンラッシュが発生しました。応戦していた宿場町の第一防衛線は突破されています」
胸の奥が、ひりつく。
「現在、ギルド長のクリフトさん、ランバート教官、それに《氷炎の舞姫》のパーティー、《クラウン》《竜翼の盟約》などが、中間地点の第二防衛線に集結しています」
「……わかった。俺も向かう」
短く答えると、ロゼットは不安そうに眉を寄せた。
「テルトさん……絶対に、帰ってきてくださいね」
「ああ。もちろんだ」
そう言い残し、俺はギルドを飛び出した。
《ペガサスウィング》で移動し、第二防衛線に到着すると、広場にはすでに多くの冒険者たちが集まっていた。
全体にざわめきが走り、混乱と緊張が入り混じった空気が渦巻いている。
「おい、さっきの閃光と爆音。あの爆煙の方向、ダンジョン付近だったよな?」
「Sランク者の究極魔法じゃねぇのか?」
憶測が、あちこちから飛び交う。
そのとき、クリフトが前へ出て、声を張り上げた。
「落ち着け!」
一声で、ざわめきが静まる。
「先ほど、魔獣たちの群れに隕石のようなものが落ち、群れは壊滅し、撤退したとの報告があった」
どよめきが起こる。
「だが、あれが何だったのかは不明だ。王都の新兵器か、女神アフロディーテ様の奇跡か、それとも誰かの究極魔法か、わからない」
一拍置き、クリフトは続けた。
「いずれにせよ、時間稼ぎには成功した」
張り詰めていた空気が、わずかに緩む。
「前例から見て、第二波は三日後だ。次は量ではなく質――Bランク級の魔獣が多数出てくるだろう」
クリフトの目が鋭く光る。
「油断するな。協力して迎え撃つぞ!」
号令と同時に、冒険者たちは動き出した。
障害物の設置、罠の準備、テントの展開。
広場は一気に、臨戦態勢へと変わっていく。
そんな中、聞き覚えのある声が響いた。
「あっ、テルトくんだ! 久しぶり!」
振り向くと、《氷炎の舞姫》――セリーナが手を振っていた。
「セリーナさん、お久しぶりです」
「ふふ。あれからずいぶん経ったけど、相変わらずね――いえ、装備も雰囲気も、ずいぶん変わったわ」
じっと俺を見つめ、にやりと笑う。
「今、戦ったら……私、勝てるかしら?」
「そんなことはないですよ」
即答すると、横から別の声が割り込んできた。
「いいえ、そんなことはありますよ」
真紅の鎧を纏った女性だ。
どこかで会った気がするが、すぐには思い出せない。
(ステラ、この人は?)
(マスター、カナンベールの図書館で会った女性です)
(ああ……そうか)
「図書館ではお世話になりました」
「あら、うれしい。覚えていてくれたのね」
彼女――リザベルは、俺の手をぎゅっと握る。
「ちょっと、リザベル。私が先に話してるんだから、邪魔しないで」
セリーナが頬を膨らませると、氷炎の舞姫の他のメンバーたちは、呆れたように肩をすくめた。
周囲の冒険者たちが、ざわつき始める。
「おい……あいつ、氷炎の舞姫と顔なじみか?」
「一体、何者なんだ?」
そんな声が聞こえる中、さらに懐かしい声がした。
「テルトくん、久しぶりだな」
「ダニエルさん!」
白竜の翼のリーダー、ダニエルがにこやかに手を振る。
「おい、あれ、白竜の翼のダニエルじゃねぇか!」
「最近、Bランクになったって噂の!」
周囲のざわめきが、さらに大きくなる。
久しぶりの再会に話が弾み、しばらく語り合った――そのとき。
「やっぱり来てたか。遅いぞ、テルト!」
肩を叩いてきたのは、カーチスだった。
「すみません。王都でちょっと色々ありまして……」
「ははは。君のことだ、何かしらやらかしているとは思っていたが、まったく君らしいな」
そのやり取りを聞いた冒険者たちが、はっとしたように囁き合う。
「おい……テルトって、カーチスに勝った、あのテルトか?」
一斉に視線が集まり、居心地の悪さを感じる。
(……やれやれ)
俺はそっと、その場を離れた。
それを見ていたカーチスは、やれやれと肩をすくめ、逆方向へ歩いていった。
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