第38話 禁断の食材と書
宿に戻ろうとしたところ、ジメントに「ぜひ一度、我が商会にも寄ってほしい」と懇願され、結局断り切れず馬車に乗り込むことになった。
商会の前に着くと、トロイダル商会と並び立つほどの立派な建物が目に入る。
これが王都の二大商会か……と、思わず感心してしまう。
商会の正面では従業員たちがずらりと整列し、ジメント自らが先頭に立って店内を案内してくれた。
「私どもの商品は、一見するとトロイダル商会と似ております。しかし、決定的に違う点がありましてな。トロイダル商会は王都中心の商品が多いですが、我が商会では辺境の産物も積極的に扱っております。こちらが、その一例です」
ジメントが指し示した瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
「こ、これは……米か!?」
「おや、米をご存じとは。テルトさんは、なかなか博識ですな」
さらに周囲を見渡し、思わず声が漏れる。
「こっちは……味噌、それに……これは醤油……!」
「ええ。こちらはカプリアーナ産です。海沿いの町から運ばれてきた品になります」
陳列棚を順に眺めていくと、かつお節のような乾物、煮干し、干物まで揃っていた。
「ジメントさん、これ……買えるのか?」
「もちろんですとも。運搬費の分、多少割高にはなりますが、必要とあらば倉庫の在庫もすべてお譲りしましょう」
「本当にいいのか?」
「ええ。王都では、あまり需要のない品ですからな」
案内された倉庫には、調理器具まで一式揃っており、それらも譲ってもらえることになった。
(ステラ、やったぞ!これで和食が作れる!レシピは残ってるよな?)
(マスター、データベースに完全保存済みです。必要な調理手順を随時リンクします)
ジメントが、どこか楽しそうに笑う。
「しかしテルトさんは不思議な方ですな。権力や財貨には一切興味を示さないのに、こういった品には、目の色が変わるとは」
「ジメントさん、調理場を少し借りてもいいですか?
せっかく食材と器具が揃っているので、皆さんにも味見してもらいたい」
「それは面白い! ぜひお願いします。私も大いに興味がありますぞ」
調理場に案内されると、俺はすぐに手際よく準備を始めた。
まず米を研ぎ、かまどにかける。
同時に、昆布のような海藻とかつお節を削って出汁を取り、刻んだ野菜を鍋へ。
横では、網を組んで干物を焼き始める。
(ステラ、ペースを落とさず行くぞ)
(マスター、火加減を補助中。焦げ防止、問題ありません)
出汁を使って卵焼きを巻き、ご飯が炊き上がる頃には焼き魚も完成。
味噌を溶かし、味噌汁も仕上げる。
「よし、できたぞ!」
木の食器に盛り付け、ヨルダンとアルメントのもとへ運ぶ。
ヨルダンが目を見張った。
「なんという手際……。しかもこれは、カプリアーナでも滅多に口にできぬ料理では?
どこで習得されたのですか」
(ステラ、やばい……夢中でやりすぎた)
(マスター、回避案を提示します。“母から教わった”が最適です)
「母がよく作ってくれてたんだ。手伝っているうちに、自然と覚えた」
「なるほど……そういうことでしたか。では、いただきましょう」
炊き立てのご飯。
湯気を立てる味噌汁。
香ばしい焼き魚――。
「……うまい!!」
思わず声が出る。
周囲を見ると、ヨルダンたちは無言で箸を進めていた。
あっという間に、全員が完食。
「いやー、本当に旨かった!」
ヨルダンが満足げに言い、アルメントも続く。
「テルトさん、うますぎますよ!冒険者をやめて料理店を開いたら、間違いなく繁盛します!」
ジメントも、深く頷きながら笑った。
「この味は、ぜひ広めねばなりませんな。テルトさん、料理人たちに教えていただけませんか?」
「構わないぞ」
こうして、思いがけず“和の料理”を広める約束を交わし、満足した気分のまま、ヨルダンに紹介された宿へと向かうのだった。
宿で休みながら、俺は今日一日の出来事を思い返していた。
和食が作れたことも十分に衝撃だったが、それ以上に――この世界には、まだ俺の知らないことが山ほどある。
(ステラ、王都にも図書館はあるよな?)
(はい、あります。ただし――王都の図書館は秘匿性が高く、貴族、もしくはその関係者の紹介がなければ入館できません)
(紹介状か……いや、待てよ)
ふと、懐に入れていたものを思い出す。
(王国騎士団の手形がある。あれなら、すでに庇護下の身という扱いになるはずだ。入れる可能性はあるな)
(妙案です、マスター。ぜひ試してみましょう)
翌朝。
妙に張り切ったステラに起こされ、朝一番で王都の図書館へ向かった。
重厚な扉を押し開き、受付の女性に声をかける。
「図書館に入りたい」
「失礼ですが、貴族の方でしょうか? それとも紹介状を――」
言葉を遮るように、王国騎士団の手形を差し出す。
すると、女性の表情が一変した。
「こ、これは……! 確認いたしますので、少々お待ちください」
女性は手形を持って奥へと駆けていく。
しばらくして戻ってきたときには、すっかり落ち着いた様子だった。
「大変お待たせしました。王国騎士団の手形、本物と確認が取れました。どうぞご入館ください。案内役をお呼びいたします」
案内役の女性に導かれ、館内へ足を踏み入れた瞬間――俺は思わず息を呑んだ。
吹き抜け三層の巨大空間。
天井まで届く書架が壁一面に並び、圧倒的な威圧感と、張り詰めた静謐さが同居している。
(ステラ……すごいな)
(はい。まさに“知識の神殿”と呼ぶにふさわしい場所です)
案内役に礼を言い、スキル、戦技、魔法、魔道具、薬学――片っ端から目につく本を読み漁っていく。
(どうだ、ステラ)
(数は非常に豊富です。ですが――内容はカナンベールと同ランク。ギガ級以上の知識は、この区画には存在しません)
(やはり制限付きか……)
少し考え、覚悟を決める。
(……なら、踏み込むしかないな)
受付に戻り、声を落として告げた。
「ここにはない、閲覧制限の本を見たい」
女性の表情が一瞬だけ硬くなる。
「……申し訳ありませんが、閲覧制限書籍は冒険者の方には――」
「確かに俺は冒険者だ。だが、王国騎士団の庇護を受けている身でもある。それでも、信用に値しないと判断するのか?」
女性ははっとして姿勢を正す。
「い、いえ……決してそのような意図では。すぐにご案内いたします」
係員と短く言葉を交わした後、彼女は奥の扉を開いた。
「この先が閲覧制限室です。職員である私も、ここまでとなります。中には命に関わる禁書もございます。どうか、ご無理はなさらぬよう」
扉を抜けた瞬間、空気が変わった。
ひんやりと冷たく、肌にまとわりつく感覚。
並ぶ本のいくつかから、闘気や魔素が、まるで呼吸するかのように滲み出ている。
(ステラ、あの本……生きてるみたいだぞ)
(マスター、禁断の書です。表紙に魔道具が埋め込まれ、封印を維持しています)
一冊、手に取る。
表紙に記された文字。
――『究極大全集』
(……名前はやけに直球だな)
本を開いた瞬間、全身から力が抜けるような感覚に襲われた。
(マスター、注意してください。この本は、読者の闘気と魔素を吸収します)
ページは一枚ずつしかめくれない。
読むたびに、生命力がじわじわと削られていく。
だが――そこに記されていたのは、オメガ級以上の戦技、魔法、錬成技法。
これまで見たこともない、未知の知識の塊だった。
やめようと思っても、指が止まらない。
最後のページを閉じた瞬間――視界が暗転する。
「エキストラスキル《起死回生》!」
反射的に発動。
生命力が一気に戻り、意識が繋ぎ止められた。
(……危うく、本に殺されるところだったな)
(はい。ですが、得られた情報量は計り知れません)
その後、魔獣や薬草に関する書籍を読んでいると、一冊の本が目に留まった。
――表紙は、日本語。
(ステラ……これ、日本語だよな)
(はい。しかも魔道具付き。間違いなく禁書です)
表紙には、こう記されていた。
『異世界へようこそ。君が日本人なら、魔道具に血を垂らせ。日本人でなければ、決して開くな』
迷わず、指先を切り、血を垂らす。
すると、本がゆっくりと開いた。
『ここまで辿り着いたということは、君は相当な実力者だろう。次の段階へ進むための手助けとして、スキル・戦技・魔法の応用例をここに記す。――活用せよ』
ページをめくるごとに、刀術、鎧術、忍術、そしてイメージによる魔法拡張理論が次々と現れる。
(ステラ……これはやばい。発想そのものが、根本から違う)
(マスター、解析を開始します。これを取り入れれば、既存技術をさらに進化させられます)
本を閉じ、深く息を吐いて部屋を後にした。
受付に戻ると、女性が心配そうに駆け寄ってくる。
「ずいぶんお時間がかかりましたね。禁書を読んで、命を落とす方も少なくありませんので……」
「ああ……さっきの言葉は、その警告だったのか。きつく言って悪かった。ありがとう」
「とんでもありません。ご無事で何よりです」
図書館を出ると、すでに日は暮れていた。
だが――胸の奥は、これまでにない高揚感で満ちていた。
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