第37話 反属性治療、そして影の実力者となる?
トロイダル商会に駆け込むと、騒ぎを聞きつけたトロイダルが自ら出迎えた。
「テルトさん、それに、そちらはジメントさんではないか!」
「トロイダルさん、済まない。ベッドを借りたい」
トロイダルは一瞬で状況を理解し、従業員たちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。
ジメントはすぐに奥の部屋へ運ばれ、俺たちは案内されるまま部屋へ入った。
ベッドの上ではジメントが静かに眠っていた。
呼吸は安定しているが、顔色はまだ悪い。
「薬を飲ませて落ち着きましたが、油断はできません。一体何があったのです?」
これまでの経緯を、アルメント、ヨルダン、テンザンとともに説明する。
話を聞き終えたトロイダルは、これまで見せたことのない厳しい表情を浮かべ、アルメントを睨んだ。
「事情は理解しました。アルメント、自分が何をしでかしたか、分かっておりますな?」
アルメントは唇を噛みしめ、苦しげに言った。
「わかっている。まさか、療養中のおやじが、あの場に現れるなんて、俺はなんということを本当に申し訳ない」
深々と頭を下げるアルメント。
テンザンが重々しい声を響かせる。
「謝る相手が違うだろう。わしがヨルダンの装備を作らなかったのは、ジメントさんからの頼みだった。病気になってからも、あの人はお前のことを気にかけていた。『いつかは商会の力に頼らず、己の力で信頼を勝ち取ってほしい』と願っていたんだぞ」
その言葉に、アルメントは堪えきれず泣き崩れる。
「おやじ、本当にすまなかった。だから、元気になってくれ。そして、俺に一から商魂を叩き込んでくれ」
部屋の空気が重苦しく沈黙する。
(マスター、ここはやるしかありません)
(ああ、ステラ。俺たちならできる)
俺は立ち上がり、全員を見回した。
「これから俺がすることは他言無用だ。約束を守れない者は、ここから出て行ってくれ」
驚いたようにトロイダルが声を上げる。
「テルトさん、一体何を?」
「ジメントさんを治療する」
アルメントが目を見開く。
「無茶だ。王都中の治癒士や教会でさえ無理だったんだぞ」
「それでも、俺に任せろ」
止めに入ろうとするアルメントを、ヨルダンが片手で制した。
「アルメント、落ち着け。俺の鑑定眼は誤魔化せん。テルトは、必ずやり遂げる男だ」
(ステラ、サポートを頼む)
(マスター、全力で補助します)
深く息を吸い、両手に魔素を集中させる。
室内の空気が軋むように震え、全員の顔が強張った。
「《ギガ・ダークボール》 《ギガ・ヒール》!」
闇と光――相反する二つの属性が同時に発動し、部屋は黒と白の光に包まれる。
ヨルダンが思わず息を呑んだ。
「ば、馬鹿な、反属性を同時に、しかも闇属性と光属性を同時制御だと!?」
俺は鑑定を使い、ジメントの体内に巣食う病巣を一つ残らず視認する。
闇でそれを焼き、光で即座に修復する――常識外れの治療行為を、限界まで繰り返した。
額から大粒の汗が落ち、視界が滲む。
それでも、手は止めなかった。
やがて、最後の病巣が消え去り、魔素が一気に抜け落ちる感覚とともに、俺は膝をついた。
「アルメント、やったぞ!」
その言葉を最後に、俺の意識は闇へと沈んでいった。
気が付くと、柔らかなシーツに包まれている感触があった。
どうやらベッドに横たわっているらしい。
視線を横に向けると、椅子に座ったまま居眠りしていたアルメントの姿があったが、
俺の気配に気付いたのか、すぐに目を覚ます。
「テルトさん、気が付きましたか。体は大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「よかった。皆に知らせてきます。少し待っていてください!」
そう言って、アルメントは慌ただしく駆け出していった。
(ステラ、今の俺の状態はどうなってる?)
(マスター、ジメントさんの治療後、魔素を限界まで使用したことによる魔素切れです。
現在は十分に回復しており、身体的な異常は確認されません)
(そうか、治療の方は?)
(完了しています。ジメントさんの病巣は、完全に消滅しました)
(よし!)
胸の奥で、ほっと息をつく。
しばらくすると、従業員の女性が現れ、
俺を奥の部屋へと案内した。
そこには、ジメント、トロイダル、テンザン、ヨルダン、そしてアルメントの姿が揃っていた。
俺の姿を認めるなり、ジメントがまっすぐこちらへ歩み寄ってくる。
「テルトさん、本当にありがとうございます。体力こそ落ちていますが、まるで病気が嘘だったかのようです!」
「ジメントさん、落ち着いて。まだ無理はしない方がいい」
「ああ……これは失礼しました」
俺は念のため鑑定を発動する。
病気の反応は、どこにも残っていなかった。
「完治している。もう心配ない」
ジメントは深々と頭を下げた。
「これも全て、テルトさんのおかげです。私は、どうすれば、この恩を返せますでしょうか」
「皆が黙っていてくれれば、それでいい。これが王都の治癒士や教会に知られたら、間違いなく俺は目を付けられる。それに、俺は目立ちたくないんだ」
ジメントは皆の方へ向き直り、その場に膝をついた。
「皆さん、息子のこれまでの無礼、心よりお詫び申し上げます」
その言葉に、アルメントも慌てて土下座する。
「この度は本当に申し訳ありません」
そこで、トロイダルが穏やかな声で口を開いた。
「ジメントさん、どうぞお座りください。今回の件は、決して口外いたしません。昨夜のうちに、テンザンさんとヨルダンさんには念書も書いていただいております」
ヨルダンが苦笑しながら念書を見せる。
「今回の件は――我々が用意した薬と、アルメントさんの薬が偶然同時に効き、治癒した。そういうことにしておきましょう。テルトくんの名前は、一切出しません」
全員がうなずく中、アルメントが俯いたまま呟く。
「俺は、これまで酷いことをしてきた。どう償えばいいんだ」
ヨルダンが静かに言った。
「実は昨夜、テンザンと話してな。オリハルコンを使った装備を、改めて作ってもらうことにした。俺たちのことは気にしなくていい」
「それでも……」
そこで、俺が口を挟む。
「なら、皆が納得できる方法が一つある。アルメント、お前はトロイダルさんのところで、一から商人として修業しろ」
トロイダルが大きく頷いた。
「それは良い案ですな。実は私の息子も、現在ロンダリアの商会で修業中です。アルメントさんの面倒は、私が見ましょう」
「い、いや……それではご迷惑では……」
「迷惑ではありませんぞ。ちょうど来月、息子が帰ってくる予定でしてな。彼をジメント商会へ修行に出すつもりでした。これを機に、両商会で支援し合えば、王都でもさらに発展できるでしょう」
ジメントは深く頭を下げた。
「……わかりました。トロイダルさん、テルトさん。そのようにさせていただきます」
場の空気が、ふっと和らぐ。
アルメントの肩からも、明らかに力が抜けていた。
その後、雑談が続き、完全に緊張が解けた頃――席を外していたジメントが戻ってきた。
「テルトさん、こちらをお受け取りください」
差し出されたのは、一枚の手形だった。
「これは?」
「ジメント商会の手形です。今回の件、これだけでは到底恩返しになりません。王都滞在中の費用や手配は、ぜひ我々にお任せください」
それを聞いて、トロイダルが苦笑する。
「ははは、それは難しいですぞ。テルトさんは“普通がいい”と仰る方。王都一と名高い宿を用意しましたが、落ち着かないと断られましたからな」
ジメントが目を丸くする。
「おお……あの宿を落ち着かないとは……」
「ジメントさん、テルトさんはそういうお方です。きっと、皆が集まって笑顔で話せている――それこそが一番の恩返しなのでしょう」
俺は、小さく頷いた。
「ところで、トロイダルさん、ジメントさん。俺、両方の商会の手形を持つことになるわけだが。これって、商業ギルドから“裏で二大商会を牛耳る影の実力者”とか噂されたりしないよな?」
一瞬、場がしんと静まり返る。
「……おい、誰か否定してくれ」
トロイダルが真剣な顔で頷いた。
「確かに……そう見えなくもありませんな」
ジメントも顎に手を当てる。
「影の実力者……ふむ、言われてみれば……」
「おいおい、本当に困るんだが……」
俺が真顔で頭を抱えた瞬間、二人は同時に吹き出した。
「ははは、ジメントさん。やはり面白いお方でしょう」
「ふふふ、確かに、これは笑わずにはいられませんな」
「あっ、俺を担いだな」
その瞬間、場にいた全員が堪えきれず笑い声を上げた。
張り詰めていた空気は完全に消え去り、部屋には、久しぶりに心からの笑いが響き渡った。
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