第32話 王国騎士団――模擬戦、その極致
馬車に揺られながら、俺たちは王宮へと向かっていた。
窓の外に広がる景色は、次第に活気ある城下町から、重厚で荘厳な城壁へと姿を変えていく。
近づくにつれ、その巨大さと圧倒的な威圧感が肌を刺し、自然と背筋が伸びた。
――王宮。
本当に、ここまで来てしまったんだな。
胸の奥がざわつき、落ち着かない感覚が広がる。
馬車はゆっくりと最初の門をくぐり、中央の大通りから外れて、城の端にある門へと進んでいった。
おそらく、通常の来訪者では通れない経路なのだろう。
俺は無意識に周囲へ視線を巡らせた。
並ぶ近衛兵たちの装備はどれも整えられ、槍先ひとつ曇りがない。
――さすが王宮。警備の質が段違いだ。
「さぁ、着いたぞ。皆、降りよう」
ハルドランの声に促され、俺も馬車を降りた。
そこには、ハルドラン、オルディン、ダリオスだけでなく、バックスたちの姿もある。
近衛兵たちはハルドランを見るなり最敬礼し、丁重に案内してきた。
その視線が一瞬、俺へと向けられる。
敵意はない。だが、明確な警戒と品定めの色が混じっていた。
ここでは俺は完全な部外者――その事実に、わずかに緊張が走る。
そのまま王宮内へと足を踏み入れ、さらに奥へと進んでいく。
磨き上げられた床に靴音が反響するたび、胸の鼓動が一拍ずつ強くなるのがわかった。
やがて、広々とした一室に通される。
「ここが、王国騎士団用の大広間だ」
室内にはすでに数名の騎士たちがいて、ハルドランに挨拶をしていた。
――元隊長。
今もなお、尊敬を集めていることがはっきりと伝わってくる。
(ステラ、準備はいいか)
(マスター、すでにデータ収集を開始しています)
心の中で短くやり取りをしながら、俺は深く息を吸った。
落ち着こうとしているのに、心臓は逆に速く脈打っている。
しばらくして場が落ち着いた頃、オルディンが俺に声をかけてきた。
「テルトくん、さすがの君でも緊張しているようだね」
「ええ。田舎者の俺にとっては王都自体が初めてですし……ましてや王宮に入るなんて、想定外でしたから」
「ははは。気にしなくていい。君は父上の客人として扱うよう、王国騎士団には伝えてある。安心してくれ」
そう言われても、簡単に緊張が解けるはずもない。
周囲の騎士たちの視線は、まるで突きつけられた槍の穂先のようだった。
しかも――。
「あの冒険者、若いな。まぁ、副隊長の足元にも及ばないだろう」
「ふん。客人とはいえ、平民が貴族に勝てるわけがない」
……完全に見くびられている。
一瞬、胸の奥に悔しさが湧いたが、すぐにそれは静かな冷静さへと変わった。
こういうときは、言葉じゃない。
――結果で黙らせればいい。
その空気を察したのか、オルディンさんが一歩前に出て、声を張り上げた。
「王国騎士団の者たち、聞いてくれ。
ここにいる冒険者テルトは、私が直々に頼み込んで模擬戦を行う相手だ。
そして、元隊長である父上の客人でもある。くれぐれも失礼のないように」
その一言で、場の空気がはっきりと変わった。
冷ややかな視線は消え、今度は好奇心と探るような眼差しが向けられる。
「テルトくん、そろそろ準備をしよう。
装備用のアイテムバッグは持っていないようだが、バックスに預けているのか?」
「いえ、大丈夫です」
そう答えると同時に、俺はアイテムボックスから装備を取り出し、瞬時に装着した。
光とともに切り替わる装備。
一瞬の出来事に、周囲から驚きのどよめきが起こる。
「……アイテムボックス持ちか」
「おい、あの防具の色……アダマンタイト鋼じゃないか?」
さすがは王国騎士団。
見る目は確かだ。普通の冒険者相手なら、ここまで即座に気づかれはしない。
オルディンが、満足げに口元を緩めた。
「どうやら心配は無用のようだな。
それに――その武器は、刀か。珍しい。これは、ますます楽しみになってきた」
俺は無言で、刀の柄を軽く握り直した。
――さて。
ここからが、本番だ。
模擬戦の準備が整い、俺はオルディンと並んで訓練場に立った。
背後にはハルドラン、ダリオス、そしてバックスたちの姿がある。
皆、真剣な表情だ。
その視線を背中に感じ、俺の胸の鼓動も自然と早まっていく。
「テルトくん。ここは、ギガ級魔法でもびくともしない障壁が張られている。遠慮は無用だ」
言われて改めて訓練場を見渡す。
障壁は三重構造。冒険者ギルドのものとは比べものにならない堅牢さだ。
(……これは、本当に全力でやっていい場所だな)
「さあ、準備はいいかな?」
俺は静かに頷いた。
オルディンがコインを高く放り投げ、同時に構えを取る。
キィン——。
コインが床に落ちた瞬間、模擬戦が始まった。
(ステラ、先手必勝だ。お手並み拝見といこう)
(マスター、良い判断です)
「戦技《瞬地》!」
一気に間合いを詰め、《居合一閃》を放とうとした、その瞬間——。
「戦技《盾衝撃》!」
「くっ……速い! 戦技《無拍返》!」
想定外の一撃にも、反射的に身体が動く。
呼吸も鼓動も乱さず、自然体のまま刀で受け流す。
——ガキンッ!
金属音が響き、火花が散った。
背後で、バックスたちが息を呑む気配が伝わってくる。
「なるほど……初見で私の《盾衝撃》を流すか。バックスたちが強くなった理由もわかる」
騎士団員たちがざわめき、すぐに静まり返った。
次の一手を、誰もが固唾を飲んで見守っている。
(ステラ、やはり速い……今までの相手とは格が違う)
(マスター、確かにですが、今のマスターも同等の速度を出せています。新装備後の実戦経験が少ないだけです。良い経験になります)
(そうだな……ありがとう。自信が持てた)
「さすがですね、オルディンさん。正直、驚きました」
「驚いただけか。では——さらに速くいこう」
オルディンさんが武器と防具に闘気を纏わせる。
俺も刀と防具に闘気と魔素を込めた。
淡い蒼色の光が装備を照らし、訓練場の空気が一段と張り詰める。
盾を前に構えたまま距離を詰め、剣が突き出される。
俺は身をよじり、刀で受け流すが、その剣と盾の連携は実に巧みだ。
盾で視界と軌道を隠し、じりじりと間合いを詰めてから、予測不能な角度で剣が飛んでくる。
(……やりにくい。盾の使い方が今までの相手と段違いだ)
(マスター、逆転の発想です。左手に盾を構えている以上、右側から攻め、盾を使わせ続けて隙を作るのです)
(なるほど)
俺はオルディンの左側へ刀を振る。
盾で受け流した瞬間、返す刀で右から斬り込む。
それを変則的に繰り返すうち、次第にオルディンさんの動きに余裕がなくなっていった。
(——今だ!)
俺は刀を地面に突き立て、至近距離で魔法を放つ。
「《ギガ・サンダーバースト》!」
蒼白い閃光がほとばしる。
これまでにない速度で発動された雷撃が、二人の均衡を直撃した。
「ぐぁああっ!」
オルディンが呻き声を上げる。
「テルトくん……相打ちとは、随分と大胆だな」
「大丈夫です。刀を避雷針にして、雷撃は逃がしましたから」
オルディンさんの動きが、痺れで鈍る。
俺はその好機を逃さない。
「戦技《修羅乱舞》!」
闘気を一点に集中させ、怒涛の連撃を叩き込む。
「くっ……戦技《瞬地》!」
距離を取り、即座に防御へ移行。
「戦技《鉄壁絶守》!」
強固な防護障壁が展開され、俺の連撃をすべて防ぎきった。
「……さすがに硬いな」
「流石だ、テルトくん。私の見立てに狂いはなかった。王国騎士団でも、《鉄壁絶守》を使わせる相手は数名しかいない」
オルディンの目が、楽しげに光る。
「ますます、君の実力を見たくなったぞ」
「では——これはどうでしょう。
《ギガ・ファイアバースト》×三、《ギガ・アイスストーム》×三!」
反属性魔法を、連続詠唱で解き放つ。
「……これは驚いた。戦技《絶対守護陣》!」
さらに上位の防御障壁が展開され、ギガ級魔法をすべて防ぎきる。
「ははは……まさか《絶対守護陣》まで使わされるとは。だが、この障壁はギガ級では破れないぞ」
「それなら——最大攻撃力ではどうですか?」
「面白い。私も最大防御で受けよう。《ギガ・フルプロテクション》、戦技《聖域》!」
物理・魔法防御が極限まで高まり、聖域の効果でさらに強化される。
訓練場の空気が張り詰め、誰もが息を止めた。
(マスター、いよいよ——あのスキルです)
(ああ……行くぞ!)
「エキストラスキル《限界突破》!」
闘気と魔素が一気に解放され、全身が灼けるように熱を帯びる。
オルディンさんも盾を構え、脚に力を込めた。
「魔法剣・戦技《斬極・紅雪嵐》!」
刀に闘気と魔素を極限まで込め、一気に振り抜く。
紅蓮の光球を纏った《紅蓮斬》が障壁を豪炎に包み、続く《氷結一閃》が炎を瞬時に凍結させる。
急激な温度差で空気が収縮し、そこへ《旋嵐翔刃》が叩き込まれた。
——砕け散る障壁。
紅と白の嵐が渦を巻き、紅雪の竜巻が訓練場を吹き荒れる。
「……くっ。ダメだった、か……」
オルディンが一瞬、笑みを浮かべた。
だが次の瞬間、障壁は音もなく崩れ落ちた。
「やった……! まだ終わりじゃない。エキストラスキル《起死回生》!」
枯渇した闘気と魔素が回復し、俺は再び構える。
「……信じられん。私の《絶対守護陣》を破る者がいるとは。王国騎士団でも隊長クラスの芸当だ」
「まだ、俺ならやれます」
「……だろうな。《起死回生》まで使えるとは。君は本当にBランクなのか?」
オルディンは深く息を吐き、静かに言った。
「私の見立てではAランク、それも上級者だ。……だが、これ以上は模擬戦ではなくなる。私の負けだ」
次の瞬間。
訓練場に、王国騎士団の拍手が響き渡った。
バックスたちも満面の笑みで親指を立てている。
取り敢えず、やれることやったぞ。
俺は胸の奥に、熱いものが込み上げるのを感じていた。
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