第29話 飛び級昇格
二か月ぶりだろうか。
俺が冒険者ギルドの扉をくぐるのは。
扉を開けた瞬間、バックスは一直線に受付へと駆け出した。
向かった先は――ロゼッタのいるカウンター。
その勢いに気づき、ロゼッタは半身を引いて身構える。
「おはよう、ロゼッタさん! 俺たち、やりました!テルトのおかげで『翠光の迷窟』を攻略しました!」
以前とは別人のように明るく、まっすぐな口調。
その変化にロゼッタは、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「お、おはようございます……バックスさん……」
戸惑いながらも冒険者プレートを受け取ると、ロゼッタは奥の部屋へと駆け込む。
討伐履歴を確認し、顔色を変えたまま、慌てて戻ってきた。
そして、俺だけを手招きし、声を潜めて囁く。
「テルトさん……いったい、バックスさんたちに何をしたんですか?こんな討伐記録……信じられません。ギルドマスター室へ来てください」
ただ事ではないと悟ったバックスたちは、緊張した表情のまま、ギルドマスター室へと入っていった。
部屋の奥で、豪快な笑い声がカウンター越しに響く。
「ははは! こりゃあすごいことになってる! テルトくん、君はいつも私の想像の斜め上を行くな。本当に想定外だ。まさかバックスくんたちが、エルダートレントを討伐するとは!」
ロゼッタは腕を組み、真剣な表情で言葉を重ねる。
「もう、クリフトさん……しっかりしてください! あの問題児だったバックスさんたちが、トレントどころかエルダートレントまで討伐するなんて……。
しかも――
Bランクのミノタウロス十体、
バジリスク十二体、
スモールワイバーン十体、
トレント六体……
そして、Aランク相当のエルダートレントです!
これはもう、Bランクでも上位冒険者の戦績です!」
クリフトは腕を組み、ふいに真顔になる。
「信じる信じないは自由だ。だが、討伐記録の改ざんは不可能だし、重罪でもある。……バックスくん、『霊樹の魔結晶』は持っているか?」
バックスは静かにうなずき、アイテムバッグから結晶を取り出し、差し出した。
「……うん。確かに本物の霊樹の魔結晶だな。これでも、信じられないか?」
「……いえ。問題ありません」
論より証拠。
ロゼッタも、ようやく納得したように息を吐いた。
「さて――これだけの戦績だ。冒険者ギルドとしては、Cランク……いや、Bランクに昇格だ。
『深緑の牙』の諸君――おめでとう!!」
バックスが思わず叫ぶ。
「本当に……俺たちがBランク冒険者に……? やったぜ!」
仲間たちは抱き合い、肩を叩き合い、喜びを分かち合った。
クリフトは、今度は俺に視線を向けてくる。
「それと――今回の依頼を完遂したテルトくんだが、君には冒険者育成の才能があるようだ。ぜひ、これからもギルドに力を貸してほしい。君をAランク冒険者に昇格させよう」
「えーと……謹んで、お断りします」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
バックスが慌てて叫ぶ。
「おいテルト! 断るだと!? 冒険者なら誰もが目指すAランクだぞ! 支援も特権も山ほどあるんだぞ!」
俺は肩をすくめる。
「いいんだ、バックス。Aランクになると特権は増えるが、その代わり王国からの直接指名が来るようになる。そんなの……面倒くさくてやってられない」
クリフトは、腹を抱えて笑い出した。
「はははは! やっぱり断るか! ……まあいい、無理強いはしないさ。君の機嫌を損ねて、よその街でギルド登録されちゃ困るからな。さあ皆、受付で報酬と新しいプレートを受け取ってくれ!」
俺たちは受付へと戻り、しばらく待機する。
やがて――ロゼッタの声が響いた。
「『深緑の牙』の皆さん、テルトさん。受付へどうぞ!」
カウンターへと進むと、ロゼッタは大きく息を吸い込み、ギルド内に響く声で宣言した。
「『深緑の牙』の皆さん――Bランク昇格、おめでとうございます!」
ざわ、と空気が揺れる。
「おい……『深緑の牙』ってDランクじゃなかったか?」
「飛び級でBランクだと!?」
「なにがあった……情報集めろ!」
「――おめでとう!!」
視線と声が一斉に集まり、やがて拍手へと変わっていく。
それを見て、バックスが高らかに叫んだ。
「みんな、ありがとう!これも日頃から気にかけてくれたロゼッタさん、そして――今回の護衛を引き受けてくれた、テルトのおかげだ!」
ロゼッタは目を見開き、少し頬を染めて微笑んだ。
だが、それ以上に冒険者たちの視線は俺へと集まっていく。
「おい……テルトだってよ!」
「この前、カーチスに勝ったやつだろ!」
「今度はDランクをBランクに飛び級させたって!? ……化け物かよ!」
(ステラ……俺、バックスたちより目立っていないか?)
(マスター……かなり、目立っています)
嫌な予感しかしない。
「ロゼッタさん……すみません。奥の部屋、少し借りてもいいですか?」
「はい。どうぞ」
俺はそそくさと奥の部屋へと避難した。
しばらくして、騒ぎが落ち着いたころ。
扉をノックする音。
入ってきたのは、バックスたちだった。
「テルト……これ、見てくれ」
バックスは誇らしげに、Bランクの証――シルバープレートを差し出す。
「似合ってるじゃないか。……お揃いだな」
バックスは少し照れたように笑い、やがて真剣な顔で腰を下ろす。
「……本当にありがとう、テルト。俺たちがBランクになれたのも、全部お前のおかげだ」
全員が、静かに頭を下げた。
さらに、バックスはアイテムバッグに手を伸ばす。
「それと――これが報酬の金貨四十枚だ。……それから、これも受け取ってほしい」
取り出したのは、深緑色の外套。
「エルダートレントのレア防具、『生命樹の外套』だ。耐物理、耐魔法の防御力に加えて、外気温の影響を受けない。耐熱・耐寒。さらに自己修復機能付きだ。
きっと、役に立つはずだ」
真剣な視線を受け、俺は小さくうなずく。
「……こんな貴重なもの、ありがたく使わせてもらう」
それから、固い握手を交わした。
そして――バックスが、少し言いにくそうに切り出す。
「……それと、頼みづらいんだが……俺たちと一緒に、家に来てほしい」
「家に?」
「ああ……頼む」
その気配に、ただならぬものを感じ取る。
(ステラ、どう思う?)
(マスター……訳ありの可能性が高いです。ですが、ここは“乗りかかった舟”でしょう)
(だよな)
「水臭いこと言うなよ。行くに決まってるだろ」
バックスは、少し嬉しそうに笑った。
「さすがテルトだ。我が家は王都――テイゼンハイムにある。ここから馬車で十日だ。準備、忘れるなよ」
「……はぁっ!? 王都!?」
「ああ。出発は明日の昼だ。ここで集合な。……じゃあ、俺たちは準備があるから」
そう言って、バックスたちは足早に部屋を後にした。
残された俺は、頭を抱えた。
「……やっぱり、嵐の予感しかしないんだが」
もし少しでも楽しんでいただけたら、リアクションや★、ブックマークで
応援してもらえると励みになります。
皆さんの反応が、次話を書く原動力です。




