第18話 感謝の証と禁書庫の扉
(マスター、これからどちらへ向かわれますか?)
「金の工面はできた。――恩を返しに行く」
(了解しました。教会までのルートを表示します)
ステラの案内に従い、俺は教会へと足を向けた。
堂内に入ると、ちょうどカトリーナの姿が目に入る。
「カトリーナさん。お久しぶりです」
「えっ……テルトさん!? わあ、本当にお久しぶりですね。お元気にしておられましたか?」
「はい。少し……お話があって」
「わかりました。こちらへどうぞ」
彼女に導かれ、静かな奥の部屋へ通された。
椅子に腰を下ろし、これまでの出来事――冒険者としての日々、蒼晶の洞での戦いについて話すと、彼女は穏やかな微笑みを浮かべた。
「テルトさん……どうか、無理だけはなさらないでくださいね」
「はい。ありがとうございます」
「ふふ……冒険者になっても、礼儀正しいところは変わりませんね」
「いやー……参ります。照れますよ」
しばし談笑したのち、俺は意を決して切り出した。
その気配を察したのか、カトリーナは表情を引き締め、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「カトリーナさん。あの時は、本当にお世話になりました。今日は……そのお礼に参りました。どうか、これを――何も言わずに受け取ってください」
俺は静かに、小さな袋を差し出す。
「テルトさん……これは……?」
「中に、金貨が三十枚入っています」
「えっ……!? こんな大金、受け取れません!」
「助けてもらった、お礼です。それに――俺は、もうあの頃とは違います。今は……Bランクの冒険者なんです」
そう言ってギルドプレートを見せると、カトリーナは目を見開いた。
「本当に……Bランクに……。でも、それでも……」
「ここは……神の思し召し、ってことで……どうですか?」
しばしの沈黙。
やがて彼女は、小さく息を吐き、柔らかく微笑んで頷いた。
「そこまで仰ってくださるのなら……きっと、神の思し召しなのでしょう。ありがたく、使わせていただきます」
そう言って、両手で袋を受け取る仕草に、胸の奥がじんわりと温まった。
帰り際。
彼女は、そっと声をかけてくれる。
「テルトさん……どうか無理をなさらずに。神のご加護がありますように」
「ありがとうございます、カトリーナさん」
……やっとだ。ようやく、借りを返すことができた。
胸のつかえが取れたように軽くなった足取りで、俺は教会を後にした。
(マスター、よろしいでしょうか)
「どうした、ステラ?」
(ここ数日、宿で本を読んでごろごろしているのは良いのですが……)
「ん? 何か問題でもあるのか?」
(図書館で書物を調べ、戦技・魔法・スキル……それから、錬金術や鍛冶に関するデータを蓄積することを提案します)
「……そうだな。行ってみるか」
(マスター、ありがとうございます)
図書館へ着くと、その外観は予想以上に大きく、思わず感嘆の息が漏れそうになった。
(マスター。この図書館は、王都テンゼンハイムのものよりも大きく、蔵書も豊富です)
中へ入り、目当ての書物を探し始める。
だが、目に入る本は、すでに知っているような内容ばかりだった。
新しい刺激を求めて書架の間を歩いていると、背後から女性の声がかかる。
「あれ? あなた……Bランクの冒険者?」
「そうだけど?」
「やっぱり。シルバープレートだったから、そうじゃないかって思ってたんだけど……ずいぶん若いのね。何か探してるの?」
声の主を見ると、紅い鎧に身を包んだ、可愛らしい女性が立っていた。
「探し物ってほどじゃないけど……ギガ級の魔法が載ってる本を探してて。でも、どこにもなくてさ」
「ああ……それは当然ね。ここにあるのは、Cランクまでの書物しか置いていないの」
「えっ……そうだったのか」
「Bランク以上用の書物は……こっちよ」
彼女に導かれて奥へ進むと、厳つい扉の前に監視員が立っていた。
ギルドプレートを提示すると、入室の許可が下りる。
「……ありがとうございます」
「ふふ。若いのに礼儀正しいのね。私の鎧を見ても、何も言わないし……ちょっと面白いわ。
私の名はリサベル。縁があったら、また会いましょう」
「俺はテルト。また会おう」
俺が言い終わるより早く、彼女は軽やかに手を振り、その場を立ち去っていった。
その背中を見送り、俺は扉の内へ足を踏み入れる。
(……思ったよりも広いな)
(はい、マスター)
(とりあえず……案内板を見ながら回ってみるか)
――それから、三日が過ぎた。
(ステラ……今日も図書館か)
(マスター。本日で主要書籍の読了は完了予定です。もう少し、お付き合いください)
(……わかった)
さすがに三日目ともなると、集中力も落ちてくる。
それに、俺の読書スピードは常識外れらしく、図書館職員の視線を頻繁に感じるようになっていた。
午後。
机で本を読んでいると、ひとりの女性職員が声をかけてくる。
「……少し、よろしいですか?」
「どうぞ」
「とても熱心に読んでくださっていましたが……この図書館のご利用はいかがでしょうか?」
「いいですね。資料が揃っていて助かります。……できれば、不思議な本なんかがあれば、なお嬉しいんですが」
その言葉に、彼女の眼鏡が一瞬――きらりと光ったように見えた。
眼鏡を軽く押し上げながら、小さく囁く。
「……やはり。あなたは、お見込み通りの方のようですね。
あまり知られていませんが、閲覧時間に制限はあるものの、Aランク以上の方のみが入れる書庫が存在します」
「……知らなかった。ぜひ、入ってみたい」
「そう仰ると思っていました。こちらへ」
彼女は奥の扉を鍵で開けた。
「閲覧は週に一度、一時間までです。ご注意ください。では、この水晶玉にギルドプレートをかざしてください」
言われた通り操作し、部屋の中へ足を踏み入れる。
独特の匂いのこもる空間。
本棚を見渡しながら、片端から手に取って読み進めていく。
――そして。一冊の本に視線が止まった。
「ステラ……これ……日本語で書かれてるぞ」
(マスター、今は時間に余裕がありません。先を急ぎましょう)
周囲には、英語表記のものや、判別できない言語の本が並んでいる。促されるまま、それらを貪るように読み漁る。気づけば、一時間はあっという間に過ぎ去っていた。
職員に声をかけられ、名残惜しくも部屋を後にする。
なぜ、日本語の本がここにあったのか――。それは、まだわからない。
だが、とりあえず今は宿へ戻ることにした。
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